第三話 はい、あーん
「ええー、誠に残念なことですが寺島あげはさん。今回はご縁がなかったということで…」
魔法少女にしてと頼んでから三日後の放課後。尾崎さんからお誘いを受けたあたしはワクワクして放課後を待っていたのに、口頭で不採用を告げられた。
駅前の繁華街にできた、ラブリーな店構えのクレープ屋さんの行列に並びながら。
「えっ、う、うん。まあ、不採用はしょうがないと思うけど、なんでこのタイミングなの」
「このタイミングって?」
「いやだってさあ、うちらもう三十分は並んでたじゃん、列に」
その間に言うタイミングはいくらでもあったろうに、なんでもうすぐ順番なところで言うのか小一時間問いただしたい。
「新しく出来たお店だから盛況ですね。一週間経ってもこの行列は味も期待できそうです」
尾崎さんって実は食いしん坊なのだろうか、キラキラした目で看板のメニューを見つめている。その屈託のない顔に悪意は微塵も見えなくて、あたしは文句を飲み込んだ。
「あっ、うん。姫華たちも美味しいって言ってたから、味は期待できると思うよ」
姫華はクラスメイトでこの前尾崎さんのBL本を拾って、おそらくカバーを外したであろう犯人。机から落ちたくらいでちゃんと付けたブックカバーはそう簡単に外れない。好奇心の強い姫華のことだから我慢できなかったのだろう。
好奇心の強い姫華がカバーを外して驚いて、イタズラ好きな翠がそのまま置いといたらどんなリアクションするかなと悪ノリして、性欲大魔神の愛実は同士を見つけたことに歓喜したのだろう。
その後、尾崎さんと愛実は教室で堂々とBL 本の貸し借りをしている。女子校は治外法権だ。裸の男が表紙に書かれた本でもおならをしながら読める。
「実に楽しみです。いよいよ私たちの番ですよ。うわ、種類多い。ええどうしよ、選べない」
それはともかく、尾崎さんはすっかり目を輝かせてトッピング選びに夢中になっていた。
本来ならばそんな尾崎さんと肩を並べて、何食べる何食べるー?あたしこれ頼むから尾崎さんのもひとくちちょうだーい、いいですよ寺島さん、わけっこしましょう、わーいやったー、とかいちゃいちゃしたかったのに、頭は不採用のことでいっぱいだった。
もうすぐ注文だから軽く流したけど、やっぱり冷静に考えると不採用ってショックだ。脳にクレープのトッピングが入ってこない。ちくしょう、不採用ってボディブローみたいにジワジワと効いてきやがる。ボディにブローを受けたことないけど。
尾崎さん、マジでどうしてこのタイミングなんだ。並び始めた頃に言ってくれてれば、不採用の理由(教えてくれるのかわかんないけど)とかいろいろ聞いて、尾崎さんにグチったりして心の整理を付けられた。残念だなちくしょー!って気持ちでヤケクレープを味わえたのに。
それがいざ注文のこのタイミングでは、モヤモヤを抱えたままひょっとこみたいなおちょぼ口でクレープを食べるしかないではないか。
などと考えているうちに順番が来て、不意打ちを食らったあたしはいちごホイップという無難オブ無難な注文をせざるを得なかった。ずんだとかわらび餅とかういろうとか、こいつ一味違うなと思わせるちょっと冒険したトッピングを選びたかったのに。
この店は先遣隊の姫華たちの報告通りなぜか和風のトッピングが充実していて、すっごく楽しみにしていたのに。
「意外と正統派なんですね、寺島さん」
そう言う尾崎さんは桃のジェラートと桃のコンポートに桃ようかんという桃尽くしなクレープを注文していた。好きなんだね、桃。尾崎さんも桃みたいな匂いするし、食べ過ぎて移ったのかな。
「ま、まあね。シンプルなものを頼んでこそ、その店の実力がわかるって言うし」
「おお、なんだか通っぽいです」
誰のせいでこんな通っぽい注文になったと思ってんだ。しかし悪気がない尾崎さんを責めることはできない。
落ち着け、あたし。尾崎さんは友だちがいなかったせいでいろんな機微的なものががわからないだけなんだ。あたしもよくわかんないで中学のころは陰口言われたりしてきたけど、尾崎さんはそれ以上なんだ。
お店の前のベンチやパラソル付きの椅子は埋まっていたので、近くの公園で食べることにした。
ちょうど空いてた木陰のベンチに並んで座り、クレープにかぶりつく。その前に。
「いただきます」
と尾崎さんは丁寧にクレープに頭を下げている。なんかおしとやかに見えていいな。あたしも真似しよ。おしとやかさなんてなんぼあってもいい。
「いただきます」
すると不思議なもので、さっきまでは無難と思えていたいちごホイップが美味しそうに見えてきた。
いちごの赤と純白のホイップの描く、ハレの日みたいな美しき紅白のコントラスト。この二つだけのクレープに、いったいなんの不足があるだろう。これはもう他に入り込む余地なんてない、これだけで完成された世界なのだ。
決していちごならチーズケーキとかコーンフレークとかキャラメルナッツとか足したかったなと思ってはならない。
「あっ、美味しい…」
ジューシーで甘酸っぱいいちごがたっぷり入っていて、それをミルクが濃厚な口溶けのいいクリームがまろやかに包み込んでいる。周りの生地は薄いのにモチッとしていて、噛むとバターの甘さと香りがじゅんわり広がる。
これは行列も納得の味だ。
「うーん、最高ですね…」
尾崎さんは世にも幸せそうなハムスターみたいな顔をして、口いっぱいにクレープを頬張っていた。この顔だけでもう全てのモヤモヤ吹き飛ぶくらいかわいい。
いやウソ、不採用ブローはまだジワジワと内蔵を痛めつけている。くそう、尾崎さんめ。かわいいからって全て許されると思うなよ。
じっと見つめていたからか、尾崎さんはあたしを見て小首をかしげた。そして何か合点がいったのか、ああとうなずいて、
「はい、あーん」
とあたしの口元にクレープを近づけてきた。
あっ、キレイにぶっ飛んだわ。不採用ブロー。
「あーん」
遠慮なくかぶりついた桃クレープは、口の中が一瞬で桃になるほどジューシーでたまらなく美味しい。やっぱりトッピングって正義だ。
「うまっ…」
とろけるような桃の味わいと、かすかに感じる尾崎さんのフレーバーにヘブン状態になっていると、尾崎さんがソワソワとこっちを見ていた。正確に言うと、あたしの手にしたクレープを。
「はい、あーん」
「あ、あーん…」
尾崎さんははにかんだような顔で口を開けて、クレープにパクリとかじりついた。ほんとにね、したんですよ音が。パクリって、かわいらしく。
「うーん、いちごもおいしいですね」
おいしさに足をバタバタさせる尾崎さん、尊い。カップラーメンの蓋に置くやつにしたい。3Dプリンタとかあれば作れるのかな。
「あっ」
「んっ?」
小動物みたいに首をかしげる尾崎さんの口元に手を伸ばして、指先で拭った。
「クリーム、ついてるよ」
「あうわわわ…」
指先についたクリームを見せつけてから舐め取ると、尾崎さんは顔を真っ赤にしてちいかわみたいな声を発した。尾崎さんはどこまでもかわいくて、面白くて、あたしの期待を裏切らない。
たとえあたしは魔法少女になれなくても、それがなんだ。あたしが尾崎さんの友だちなことに変わりはないじゃないか。
どこかからトランペットを吹く音が聞こえてきて、有名な曲だったからつい口ずさんでいた。すると尾崎さんも一緒になって歌ってくれて、顔を見合わせて笑った。
今度は尾崎さんとどこに遊びに行こうかな。姫華たちも誘ってカラオケとかもいいな。考えているだけでワクワクしてきた。




