第二話 尾崎さんがBL好きなこと誰にも言わないよ
基本的に悩みはなく、毎日を面白おかしく無敵の女子高生として過ごしているあたし、寺島あげは。
そんなあたしにも最近悩みができた。
「うーん…フライハイアゲハ…最弱プロレスラーみたいな名前だな…」
ノートの端っこに書き連ねているのは、もしもあたしが魔法少女になったときの名前。こういうのはたぶんいざというときにいい名前が出てこないから、後悔しないように最高の名前をつけたい。
だけど考え出すとなかなかこれといったものが浮かんでこない。
あげはという名前に引っ張られ過ぎているのか、蝶からイメージする単語ばかりが浮かんでくる。それらを組み合わせてカッコかわいい名前にしようと思っているのに、これだ!ってのが出てこない。
うっすらわかっていたが、どうやらあたしにはネーミングセンスというものがないらしい。
SNSの登録名とかテキトウに調味料から取ってしまうし、たぶんそういう感性が死んでいる。
尾崎さんはどうやって自分の魔法少女名をつけたんだろ。
ピースメイカーハルカ。
ピースサインをイメージさせてかわいいし、秩序という意味は尾崎さんのイメージにもぴったり合ってるし、なにより中二病的なかっこよさがある。
ピースメイカー。ラフメイカーみたいでカッコいい。あたしもそういう名前を付けたい。
よし、ここはピースメイカーハルカ先輩にアドバイスをもらおう。
輝かしき秩序の魔法少女、ピースメイカーハルカは教室ではその正体をひた隠しにしている。隠しすぎて教室に古くからある備品みたいな存在感になっている。
黒髪、分厚い眼鏡、膝丈よりちょっと下のスカート。友だちと呼べるほど親しい相手はあたしの知る限り存在しない。たぶん魔法少女強度が下がるからあえて作っていない。孤独が強い魔法を育てる。そういう設定にしておこう。
ピースメイカーハルカは教室ではいつもひっそりとしている。誰に需要があるのかわからないところに置いてある自販機くらい人が寄り付かない。
そしてだいたいカバーをかけた新書サイズの本を読んでいる。文学少女が実は魔法少女って、推せる。
今日も猫背になって熱心に本を読んでいる。いったいどんな文学作品を読んでいるんだろう。気になったのと、ちょっとイタズラしてやろうという気持ちで覗き込むと、得も言われぬ一枚絵がページの半分を埋めていた。
場所は会社のオフィスらしきところ。デスクに女みたいな顔をした美男子が座っている。ワイシャツをはだけ、スラックスは半脱ぎで、股をおっぴろげた状態で。フルオープンの股の前に跪いているのはきっちりしたスーツ姿のイケオジ。顎髭が阿部寛みたいでダンディーだ。
どちらの頬も紅潮していて、跪いたイケオジの手にはシルエットになった美男子の尊厳が握られている。上目遣いで見上げるイケオジは余裕の笑みで、その背徳的な状況を心の底から愉しんでいるのが伝わってくる。まさに愉悦。
「ひっ…!?寺島さん…!?」
背中越しに凝視していたのがバレてピースメイカーハルカがガタッと音を立てて椅子から腰を浮かせた。まるで白昼に幽霊にでも出くわしたかのような青ざめた顔をしている。そんなに驚くかな。
大きな音に賑やかだった教室の喧騒が静まり、なんだなんだと興味深げな目が集まってやいのやいの言われる。
「尾崎さんが驚くなんて珍しい」
「チョウ子、お前変なちょっかいでも出したんだろ」
チョウ子というのはあたしのあだ名。あげは→アゲハチョウ→チョウ子。なんて安易な。
「いじめちゃだめだよ、チョウ子ちゃん」
寄ってたかってたしなめられている。みんなのあたしのイメージってどうなってるんだ。
「違うって。ピースメイカーハルカが何読んでるのかな、ってちょっと気になったらビーエ」
「寺島さん!ちょっと来てください!」
頭の上にはてなマークを浮かべるみんなから逃げるように、ピースメイカーハルカに手を掴まれて教室から連れ出された。意外と力が強く、爆走するLUUPのような勢いに抗えず、人のいない踊り場まで連れ出された。
ピースメイカーハルカ、勢いよすぎて教室を出るときに思いっ切り机に足ぶつけてたけど痛くないのかな。
「みんなの前でなに言ってるんですか!?私の正体と愛読書を暴露しようとするなんて、あなた正気じゃないです!」
尾崎さんの頬が赤くなって涙目になっている。正気じゃないって、尾崎さんって実はちょっと口悪いな。
「いやごめんごめん。頭の中でピースメイカーハルカって呼んでたからつい口に出ちゃった」
「ほんとに勘弁してください!その名は名前を呼んではいけないあの人並みの禁句です!」
「マジごめんって」
「あとその、見ましたよね…?」
「『羞恥の顔とは裏腹にリョウジのそれは猛々しくいきり立っていた。快楽の予感に震える愛しん棒をタケルは熟練の業で手懐ける』」
「やめてください。秘匿文章を諳んじないでください」
耳まで真っ赤にした尾崎さんはしゃがみ込んで顔を覆い、「ああもう、死にたい死にたい死にたい…」とつぶやいている。
「そんなに恥ずかしがることかな。BL読んでる子けっこういるじゃん。あたしも読んだことあるし」
「そうですけど、でも嫌なんです。BL読んでるんだ、って思われるのが恥ずかしいんです」
潤んだ目で上目遣いしてくる尾崎さん。これはけっこう、いや、反則的なまでにかわいい。
思わず抱きしめてよしよししたくなるのを抑え込んで、尾崎さんのとなりにしゃがみ込んで肩に手を置いた。
「うん、わかった。長尾さんがBL読んでること誰にも言わないよ。あたしたちだけの秘密ね」
「………も」
「えっ?」
小声で何か言っているのが聞き取りづらくて顔を寄せると、ふんわりと桃のような香りが漂った。あっ、尾崎さん、めっちゃいいにおいする。
「私が魔法少女なことも、二人だけの秘密ですからね…」
スネたような口調で言う尾崎さんは、魔法少女モードじゃないくせに萌えの臨界点を軽々と突破してきた。こやつ、天井知らずか。
「うん、どっちもあたしたちだけの秘密だ」
「指切り…」
スッと差し出した小指の先が滑らかに光り、吸い寄せられるように小指を絡めていた。
ちょっと痛いくらいきゅっと絞られ、小指を離すと尾崎さんははにかんだように笑った。
「えへへ、ちょっと夢だったんです。友だちと小指絡めて約束するの」
「尾崎さん…」
なんだよ、キュンとしちゃうじゃんかよ。
「あっ、ごめんなさい。友だちなんて調子に乗って。寺島さんに失礼ですよね」
キュンとさせたかと思うとそんな切ないことを言ってくる。ほんとにこの子はなんなんだろう。
あたしは尾崎さんのやわらかいほっぺをむにゅっとつまみ、軽く左右に引っ張った。
「ふぇっ?」
「なに言ってるの尾崎さん。あたしはとっくに尾崎さんと友だちになったと思ってたから、友だちじゃないって言う方が失礼だからね」
尾崎さんはほっぺを引っ張られた間抜けな顔のまま目を見開き、うるうると涙が溜まっていった。魔法少女のときみたいに涙が輝く演出はないが、その顔に広がった笑みは何倍も輝いていた。
教室に戻ると生暖かい空気が広がっていてなんだろうと思うと、尾崎さんの野太い絶叫でそのわけがわかった。
「ぬああああ!?カバーがああああ!?」
尾崎さんの机の上に置かれていたBL本。そのカバーが取れていて、赤裸々なタイトルと半裸サラリーマンが衆目のもとに晒されていた。
『限界オフィスラブ〜イケオジ上司は小悪魔デビル〜』
「ごめん、尾崎さん。尾崎さんが教室を出るときの勢いで本が落ちて、拾ったらカバー取れちゃって…」
「尾崎さんってこういうの読むんだな。ちょっと意外だ」
「ねえねえ尾崎さん!わたしもこういうのけっこう嗜んでるから今度おすすめの教えっこしない!?」
やったね尾崎さん!友だちが増えるよ!と肩を叩いたらじろりとにらまれた。
たぶんあたしのせいじゃないのに、尾崎さんは放課後になるまで口をきいててくれなかった。なんて理不尽な。




