第一話 ピースメイカーハルカ、ラブっと参上!
私立ハルモニア女学園二年C組、出席番号三番、尾崎はるかは魔法少女だ。
あたしがその現場を目撃してしまったのは偶然の賜物だった。
日曜日の夕方、たまたまお母さんにお使いをお願いされて、たまたま近道をしようと普段はあまり通らない薄暗く人のよりつかないトンネルを通って、たまたまこの世のものとは思えない化け物に遭遇して、そこを助けられた。
いや、あれはほんとうにびっくりした。
筆舌に尽くしがたい形状をした触手ウネウネのクトゥルフ的な化け物もそうだったけど、そこに現れた尾崎さんにはもっとびっくりした。
普段の尾崎さんは真面目で大人しい、品行方正な眼鏡キャラで制服をマネキンみたいにきっちり着ている。化粧もしていない。有り体に言ってしまえば地味子。でもおっぱいは大きい。隠れ巨乳をあたしは見逃さない。
だけどトンネルで見た、魔法少女モードの尾崎さんはまるで違った。
なんと言うか、すっごく輝いていた。教室にいるときの尾崎さんがサナギだとしたら、魔法少女モードの尾崎さんは輝く鱗粉を身に纏う美しい蝶だった。
襲いかかってくる触手に悲鳴を上げた私の前に矢のように飛んできて、ポッと手のひらに浮かんだ輝く輪っかを投げて触手をスパスパとぶった切った。八つ裂き光輪みたいな感じで。
そのかっこよさったらなかった。でも振り向いた顔はむちゃくちゃかわいくて、胸が高鳴るのを感じた。マジで恋する五秒前くらいのトゥンク。
眼鏡を外した目はアイドルのように大きくパッチリしていて、蒼白な頬は赤みがかってイキイキとしていた。無造作に首の後ろで束ねていた地味な黒髪は解き放たれ、ゆるやかに波打つ桃色のイケイケヘアーに。毛先に行くほど色が濃くなるグラデーションがまたかわいい。
もちろん服装だって豪華絢爛。アニメで見る魔法少女そのもの。フリルで甘くデコレーションされたドレスはミニスカで露出が多く、真っ白でむちっとした絶対領域が眩しかった。胸の谷間だって見せてゆっさゆっさと夏祭りの神輿くらい揺れていた。なぜ私はあの姿を激写しなかったのだろう。またの機会があったらスマホが熱暴走するくらい超連写してやる。
そうそう、尾崎さんはなんと魔法少女に付き物の、きっちりポーズをキメた名乗りだってしてくれたのだ。
「あなたのピンチに遥か彼方からでも駆けつける、愛と秩序の魔法少女!ピースメイカーハルカ、ラブっと参上!」
ピースメイカーハルカのところで謎の風が吹いてミニスカの裾をはためかせ、横ピースとウインクをキメてくれたときにはもうね、感無量でした。心のYouTubeで何度も何度もリピート再生して、しっかりと脳に焼き付けました。
クトゥルフ的な化け物は偉いもんで、尾崎さん、おっと失礼、ピースメイカーハルカの登場から名乗りまでその間なんの手出しもしていない。まあ、ご自慢の触手を引き裂かれて痛みに蠢いていただけなんだけど。
そこからは特に見せ場もなく、あっさりとクトゥルフ的な化け物をピースメイカーハルカが焼き払った。手にしたステッキから魔法的なビームを発射して、一瞬で焼滅。情け容赦一切無し。ただの蹂躙。
ステッキから立ち上る煙を西部劇みたいにふっと吹いて飛ばして、振り向いた彼女の笑顔は獲物を仕留めた興奮に赤らんでいた。
「あなただいじょうぶ?怪我はない?」
それをちょっと怖いと思いつつ、無様に尻もちをついていたあたしは彼女の手を取って立たせてもらった。
ピースメイカーハルカの正体に気がついたのは、その瞬間だった。
左目の下に運命の双子のように二つ並んだ泣きぼくろ。眼鏡の影に隠れて気がついている人は少ないだろうけど、泣きぼくろフェチのあたしの目はごまかせない。
尾崎さんと話をするたびに密かに凝視していたのだから、特徴的なその泣きぼくろを間違えるはずがない。
「えっ、尾崎さん?」
ああ、言い当てられたときの尾崎さんの顔を忘れられない。
凛々しい魔法少女の顔が一転して、さっと青ざめて死んでいく表情筋。
ピースメイカーハルカとして接するか、それとも尾崎はるかとして接するか、葛藤がせめぎ合ったあの顔。あの顔だけであたしは炊飯器を空にできる。
「えっ、あなた何を言っているんですか。私は魔法少女ピースメイカーハルカです」
苦し紛れに魔法少女スマイルを浮かべて表情だけは取り繕っていたけど、その話し方はもう教室にいるときの尾崎さんとほぼ同じだった。クラスメイトにも基本敬語な尾崎さん。ごまかせないのをなんとなく悟っていたのだろう。
「うん。そうでもあるかもしれないけど、尾崎さんだよね。だってその泣きぼくろは他に見たことないし」
「泣きぼくろかあ…唯一のチャームポイントだからって残すんじゃなかったあ…」
尾崎さんはその場にしなしなと座り込んだ。ぺたんと女の子座り。見えそうで見えないパンツがもどかしい。
というか尾崎さん、泣きぼくろをチャームポイントだと自覚してたんだ。なにそれ、超かわいい。
「まあまあ、誰にも言わないからさあ。あっ、変なのから助けてくれてありがとね」
「いえ、それは魔法少女の義務というか使命ですから。というかほんとにほんとに、誰にも言わないでくださいよ」
「ええー、どうしよっかなあ」
「そんな、寺島さん一瞬で言ってることが裏返っています!あなたはオセロですか!」
目に溜まった涙が宝石みたいにキラキラと輝いていた。魔法少女補正なのだろうか。いちいち演出がかわいい。
「うーん、あたしも魔法少女にしてくれたら黙っててあげるよ」
「うえぇぇー!?」
クトゥルフ的な化け物と遭遇したときのあたしと同じような悲鳴を上げている。そこまで驚くような交換条件かなあ。
「いやいやいや、魔法少女ですよ。このAI全盛期の科学の時代に得体のしれない力を使う」
「だからこそおもしろそうじゃん」
謎に満ちた魔法パワー。プリキュアとハリポタが大好きなあたしはワクワクが止まらなかった。だって魔法ってロマンじゃん。
「う、うーん、というかそれは私の一存で決められることではないんで、この案件は一旦持ち帰らせてください」
「おっけー」
こいつ人生二周目みたいな言い回しするなと思いつつ、その日はそれでお開きになった。
持ち帰った案件のお返事はまだいただけていない。
いつになったらお返事をいただけるのか、あたしは事あるごとに尾崎さんにプレッシャーをかけ続けていた。




