第五話 尾崎さんはチョウ子ちゃんの話ばかりしてたよ
あれから一週間、あたしは尾崎さんを避けてしまっていた。
まとわりつく疑念は服についたケチャップの染みのようにしつこく、消えてくれなかった。
あたしはいったい、尾崎さんの何を知っているのだろう。魔法少女の何を知っているのだろう。話をしなきゃその染みは消せないとわかっているのに、そのための勇気が出ない。
能天気に物怖じせず突っ込んでいけるのがあたしの唯一の長所なのに、怖気づいてしまっている。
もしも尾崎さんから、あたしにも魔法を使って認知をいじっていると言われるのが怖い。そう言われたという記憶すら消されてしまうんじゃないかと思うと、怖くて足が震えてくる。
その間にも尾崎さんは何度も授業中に抜け出し、人知れず魔物退治に向かっていった。
授業を抜け出した尾崎さんは次の授業までに戻ってくることもあれば、そのまま戻ってこない日もあった。
昨日も戻ってこない日で、今日は欠席だと朝の会で担任のマスオちゃんが言っていた。
尾崎さん、だいじょうぶかな。魔物退治で怪我とかしちゃったのかな。
そわそわと過ごしているとあっという間に昼休みになった。食欲もなくぼーっと机に頬杖をついて曇り空を見ていると、後ろからとんとんと肩をたたかれた。
「チョウ子ちゃん、よかったら一緒にごはん食べない?」
振り向くとリビドーの化身の愛実がランチボックスを揺らしていた。弁当箱も品の良い愛実が持つとランチボックスと言いたくなるから不思議だ。
「姫華と翠はいいの?」
「うん、今日は二人とも用事があるみたいだからわたし一人さみしくランチなの。だから付き合ってえ」
よよよと泣き崩れるマネがあまりにもわざとらしくて小さく笑ってしまった。なんだか久しぶりに笑ったな。尾崎さんと一緒にいたときには、毎日笑っていたのに。
胸にぽっかり空いた穴を塞ぐように、あたしはわざと明るい声を出した、
「しょうがない。たまには愛実と一緒に食べてやるか」
「わーい、やった」
愛実のお弁当はおしゃれにサンドイッチ。たまごサンドにツナサンドにハムサンド。手作りとかマジ女子力高い。天気の話題みたいに唐突に下ネタをぶっ込んでくることを除けばいいお嫁さんになれそうだ。
対するあたしのお弁当は鶏照り焼き。照りっ照りのタレをまとった鶏肉一枚がドーンとご飯の上に乗っている。まるで肉体労働者のようなお弁当。今日は切り分けられているだけまだマシだ。
「いつ見ても豪快だよね、チョウ子ちゃんのお弁当」
しげしげと見つめられてちょっと恥ずかしい。
「あー、うん。肉屋だからさ、うち」
「へえー、いいなあ。毎日おいしいお肉食べられるじゃん」
「まあね」
品質にはこだわっているから確かにおいしい。前にスーパーのお肉を買ってきて食べたときには味気のなさにびっくりした。特に内臓系は驚くほど味が違う。
「よかったら食う?」
「えっ、いいの!?わたしお肉大好きなんだよね!」
じっと照り焼きを見ていた愛実は目を輝かせた。性欲強くてお肉も大好きって、このナチュラルボーンエロスめ。
「あっ、よかったらわたしのサンドイッチも食べて」
「やった、茶色くない食べ物!」
肉屋の娘に生まれたがゆえに、茶色いおかずで育つ宿命を背負ったあたしは彩りの良い食べ物に目がない。
「なにこれ、うまっ!嫁にしたい!」
たまごサンドは不思議とまろやかでクリーミーで口当たりが軽い。ツナサンドはちょっとわさびの風味がして、シャキシャキの玉ねぎときゅうりの歯ざわりがいい。ハムサンドはレタスとチーズを挟んであって、辛子の効いた甘めのソースがむちゃくちゃ美味しい。
これを作れるなんて天才だろ、こいつ。
「うーん、チョウ子ちゃんの照り焼きも絶品だよ。甘じょっぱくてご飯が進む」
スリムな見かけに反して大食いなのか、あっという間に弁当箱が半分くらい空になってた。ご飯一合くらいあるのに。
お互いがお互いの弁当を大いに気に入ったので、もうそのまま全部食べてしまうことにした。
食べ終えて紙パックの飲み物を買ってきて一息つくと、愛実が何気ない様子で聞いてきた。
「そう言えばチョウ子ちゃん、尾崎さんと何かあったの?」
「えっ、いや別に、なんにも」
愛実はすっかり尾崎さんのBL仲間でちょくちょく話すようになっていた。だから気がつくわな、あたしと尾崎さんの仲がギクシャクしてるのに。
「ウソつきなさい。尾崎さんもチョウ子ちゃんも、どっちもお互いをさみしそうな顔しながらチラチラ見てるじゃん」
「えっ、尾崎さんも?」
それは気がつかなかった。あたしから声をかけなくなると、尾崎さんはこれまでみたいにむっつり自分の机で文学少女になっていたから。
あっ、BLがあれば尾崎さんは精神の平穏を保てるんだなと思ってスネていた。
でも尾崎さんも、あたしと同じように思ってくれてたのかな。あの子がいない毎日はつまらない、って。
「お見舞い行ってあげたら。きっと喜ぶよ、尾崎さん」
「でもあたし、尾崎さんち知らないし」
弱気が顔を出して尻込みしてしまう。
尾崎さんと関われない毎日はさみしいしつまらないけど、やっぱりまだちょっと、怖いと思ってしまう。
「放課後一緒に行こうよ。わたしこの前BLコレクション見せてもらいにお邪魔したし」
「お、おう…」
さすが愛実。性欲だけでなくコミュ力も強い。気がつくとぬらりひょんみたいに人の内側に入っている。
「わたしは案内するだけで、後はふたりのお楽しみ、ってことで」
しかも気遣いまでできる。完璧超人か、こいつ。
「う、うん。いやでも…」
尾崎さんと二人。これまではなんとも思わなかったのに、どうしても意識してしまう。
『魔法で皆さんの認知をいじらせてもらっています』
周りに人目のないところで尾崎さんと会って認知をいじられたら。そう思うと怖くてたまらない。誰もそこであったことを覚えていない。尾崎さんを除いて。
尾崎さんは魔法を悪用するようなやつじゃないとわかっていても、人知を超えた力への恐怖が足を止めさせる。
「チョウ子ちゃん」
葛藤するあたしを落ち着けるように、愛実はゆっくりとしゃべった。
「わたしが尾崎さんの家に遊びに行ったときね、尾崎さんチョウ子ちゃんの話ばかりしてたよ」
「あたしの話?」
「うん。この部屋にチョウ子ちゃんを呼んだらドン引きされないか、そっち系のは全部隠した方がいいか、そもそも友だちってどういう口実で家に呼ぶのか、自分から呼んでいいものなのか、いつから呼んでもオッケーなのか。そういうことばっかりで、わたしちょっと妬けちゃった」
「尾崎さん、またそんな変な心配を…」
でもその様子が頭に浮かんできて、ふっと笑えてきた。きっと尾崎さんは、真面目に一生懸命な感じで愛実に聞いたのだろう。
そんな心配をするやつが、いたずらに人の認知を操作するわけがない。やむにやまれず、必要なときだけそうしているだけだ。
もう、ほんとにバカなんだから。そんなの気にするようなことじゃないっつーの。たとえBLが床を埋め尽くしていても引かないし、半裸サラリーマンの抱き枕があっても愛でてあげるし、別に口実なんてなくてもあたしは喜んで尾崎さんの家に遊びに行くのに。
「案内してよ、愛実。尾崎さんちに」
「アイアイサー!」
わざとらしい敬礼に吹き出すと、愛実もちょっと恥ずかしそうに笑った。




