第五話 ようこそ魔法少女の園、タカマガハラへ
「お近づきの印です。甘いものは心をほぐしてくれます」
「アマテラスさま…」
感傷に浸る暇もあったものじゃない。
「この時間に食べる甘いものは格別ですよ。まさに背徳の味です」
イタズラっぽく笑うアマテラスさまに自然とほほが緩んだ。
「これってきび団子じゃないですよね。食べたら家来になってしまう系のお団子なんじゃ」
「違いますう。わたくしはそんな桃太郎みたいなこと致しません。夢でリクルートするタイプです」
冷静に考えると夢って逃げ場がなくてちょっと怖い。リクルートに来てくれたのがアマテラスさまだったからよかったけど、ゴツいおじさんとかだったら恐怖でしかない。
「それならいただきます。私甘い物大好きなんです」
「それは重畳です。あっ、ひとり二本ですからね」
「わかってますよ。四本あるんだから」
「そう、それならいいんですけど」
そんなことを気にするなんてアマテラスさまは食いしん坊のようだ。
「うーん、美味しい。滑らかなこしあんがたまりません」
はぐっと食べてほっぺたを押さえている。オフになっていた後光が差すくらい嬉しいんだろうな。なんていい笑顔でお団子を食べるんだろう。守りたい、この笑顔。
「ほんとだ、美味しい。お団子がモチモチでちょっと香ばしい」
食べてみるとそんな顔になるのも納得の美味しさだった。やさしい甘味にほっぺが落ちてしまいそうだ。
「ですねえ。ふふっ、誰かとおやつをいただくなんて久しぶりです」
「あっ、私もそうかも」
「カナタは高校中退のヒキニートでしたもんね」
「そんな歯に絹も着せずに言わないでください」
事実とはいえグサッと胸に突き刺さる。
「あっ、失礼いたしました。まさにその術はオレに効く、ですね」
「わかってるなら言葉を選んでください」
「わたくしも引きこもり経験があるのについつい忘れてしまいました。喉元過ぎれば熱さ忘れる、ですね」
「アマテラスさまの引きこもりって…」
「故あって天の岩戸に少々引きこもらせていただいておりました。お恥ずかしい」
「それを引きこもりというのも規模が違いすぎるような…」
世界が闇に閉ざされるのと、小娘ひとりの人生が闇に閉ざされるのとでは訳が違いすぎて比較するのも失礼だ。
「あの可愛かったスサノオが、よもや和製ゴットファーザーみたいなことをするだなんて。胸が痛んで張り裂けそうで、引きこもるよりほかに道はありませんでした」
「和製ゴットファーザー…」
アマテラスさまは遠い目をしてスサノオの蛮行を思い出しているみたいだ。
確か田んぼのあぜを壊して、糞尿を撒き散らして、しまいには皮を剥いだ馬を機織り小屋に投げ込んだんだっけ。最後の行いは確かに和製ゴットファーザーだ。
「あんな蛮行をされて、もう二度と岩戸から出るもんか!とやさぐれておりました。ですがウズメの楽しげな歌と踊りに誘われて岩戸を開けてしまい、まんまと外へと連れ出されたのです」
ウズメってまさかアメノウズメのことだろうか。アマテラスさまがいらっしゃるのだから、アメノウズメがいても不思議じゃないか。
芸能の神さまで、天の岩戸の前で文字通り一肌脱いでアマテラスさまを脱ヒッキーさせた立役者。日本最初の露出狂だと私は思っている。
「あの子に手を引かれて、久しぶりに飛び出した外の世界は輝いて見えました。そう、まるで今宵の月のように」
アマテラスさまが両手を広げて仰ぎ見る夜空を、私も見上げた。
「うわあ…」
満天の星星が煌めく夜空に浮かんでいるのは欠けたところのないまん丸のお月さま。クレーターのへこみも、濡れたように滑らかな白銀の質感も間近に見える。
夜空に煌々と輝いて物言わず、冴え冴えとしているのに身にまとう光はどこか優しい。
吸い込まれてしまいそうなくらいに近くて大きくて、手を伸ばせば触れてしまえそうなお月さま。
「せっかくだし満月がいいかと思って、お迎えを今日にしたんです」
「最高です。お餅をついてるうさぎまで見えそう」
写真に撮ろうとしてやめた。
今この瞬間の輝きをそのまんま写真に収めるのは、不可能だってわかったから。
これは写真に撮ったその瞬間に、輝きを失ってしまうものだってわかったから。
この目に焼き付けて、大切に心の中にしまっておこう。何かあったときに取り出して眺めて、心を支えてくれる。
これはきっと、そういうものなんだ。
「さあ、カナタ。タカマガハラに着きますよ」
アマテラスさまの呼びかけに我に返り、夜空を見回すも何も見えない。お月さまとお星さま、下には遠くなった町並みの灯り。
「えっ、着くってなにも…」
言葉の途中で感嘆の吐息を吐き出していた。
何もない夜空がいきなりぐにゃりと歪んだと思うと、巨大な島が姿を現した。まるで最初からそこに存在したかのように。
端が見えないほど巨大な島が当然のように空に浮かんでいる。
「なにこれ、ラピュタ…?」
「ふふふ、残念ながらラピュタではありません。ついでに動力も飛行石ではなくてマナです。なんせこれこそが魔法少女の園、タカマガハラなのですから」
「これが、タカマガハラ…」
巨人が地面から引っこ抜いたような島の全体像はラピュタみたいだったけど、確かに全然違う。
島に乗っているのはお城ではなくて巨大な学園を中心とした施設の数々。校舎や施設は近代的なデザインでおしゃれ。校舎の横には体育館らしき建物にグラウンドにプールと、陰キャにとっての処刑場まで併設されている。
建造物を覆う石造りの外壁の四隅には尖塔が立っており、それぞれの頂点に蒼く輝く巨大なクリスタルが付いている。何か魔法的な意味でもあるのだろうか。校舎のど真ん中にはひときわ背の高い尖塔がそびえ立ち、時計の文字盤と月光を受けて銀色に光る大きな鐘が付いている。時計塔、クロックタワーだ。
「こんな目立つのが空に浮いているのに、誰も気がつかないなんて…」
「ふふふ、説明いたしましょう」
アマテラスさまが嬉しそうな顔をして人差し指を立てている。説明するのが好きなのかもしれない。
「四方に立つ尖塔に付いているクリスタルをご覧ください。あれが強力な結界の発生装置となっておりまして、常に景色に溶け込む魔法を発動させているのです。なので関係者以外にタカマガハラが察知されることはありません」
「へえ、なんて便利な」
などと言っているそばから再び景色がぐにゃりと歪み、島全体が半透明の膜で包まれた。
私たちを招き入れるために解除されていた結界が再び張られた、のだと思う。
「タカマガハラの魔法力は世界一です。さあ、着陸しますよ」
車は時計塔の足元の屋上へと音もなく近づき、ふわりとなんの衝撃もなく着陸した。
先に降りたアマテラスさまが手を差し伸べてくれる。
お礼を言ってひんやりした手を掴み、私はタカマガハラへの最初の一歩を踏み出した。
「ようこそ魔法少女の園、タカマガハラへ。カナタ、あなたの行く末に幸多からんことを」
私を迎えるアマテラスさまの微笑みは太陽のように輝いて、まるでこの先に待ち受けている生活の素晴らしさを現しているかのようだった。
などと思っていた私は、大うつけだった。




