第六話 カチカチ山じゃん
長い座学と情け容赦のない訓練を除けば、タカマガハラは私にとって天国のような場所だった。
魔法少女候補生として集められたのは私以外に七人。一人を除いて程度の差はあれどみんな陰キャ。雰囲気や立ち居振る舞いでそういうのはわかる。
チラチラと様子を伺いつつも目が合うとさり気なくそらし、再びソロリソロリと見やると相手もこっちを見ていてはにかむ。陰キャは陰キャにひかれ合う。
同年代の女子の集まりであっても最初はみんな敬語混じりでそれが心地良かった。誰も無遠慮に踏み込まず、距離を探ってる感がとても落ち着いた。
そしてうっすらそんな気はしていたが、みんなネットやサブカルに染まっていた。自分の好きな漫画やアニメを挙げると必ず知っている人がいて、話が盛り上がる。地上の学校では大っぴらにはできない話を堂々と出来て、訓練期間がずっと終わらなければいいのにと思うほど楽しい毎日。
しかし現実は厳しく、最初の三ヶ月の訓練期間を終えると適性試験が待ち受けていて、合格したものだけが候補生から見習い魔法少女へと駒を進められる。
そこで躓いたものが魔法少女になれることはないと言われている、いきなりの登竜門。
見習い試験に落ちたものはオペレーターや食堂等の仕事に従事するか、記憶を消されてタカマガハラを後にするかを選択することになる。なので絶対にみんなで合格しようねと、私たちは励ましあっていた。
一人を除いて。
「………」
黒髪陰キャの園にあって、いつも不機嫌そうな顔をして窓の外を眺めている、文字通り毛色の違う候補生がひとり。
キャラメルのような褐色の肌に、赤茶けた髪をショートカットにした相田ホノカ。
白地に青い線の入ったタカマガハラの制服を着崩し、耳には赤いガラス石のピアスを付けたTHEヤンキー。座学では堂々と居眠りをし、訓練では気だるさを隠そうともせずにしょっちょう教官から怒られている。
困ったことにこの相田ホノカは私のバディだった。
魔物との戦いには常に危険がつきまとうため、魔法少女は相性のいい相手とバディを組む。候補生の時分からバディの大切さを叩き込むため、暫定的ではあるが組まされる。
ここでいう相性というのは性格的なものではなくて、得意とする魔法の傾向のこと。
魔法は大別して遠距離魔法と近距離魔法に分けられる。
遠距離魔法は火球を発射したり氷の刃を飛ばしたりだとか、魔法と聞いて最初にイメージが浮かんできそうなもの。近距離魔法は武器を強化したり変化させたり、マナを体に巡らせて身体能力を向上させる魔法のこと。これに加えて回復魔法や防御魔法や補助魔法といったものも存在するが、とりあえずは置いておく。だいたい名前通りの効果だ。
基本的にバディは遠距離と近距離で組まれる。近距離が魔物を足止めし、その隙に遠距離が強力な魔法でとどめを刺すのがセオリーになっている。
私は遠距離魔法への適性が高く、狙った的に百発百中。遠距離魔法の教官であるカグヤ先生に褒められてちょっと鼻が高くなった。思わぬ才能を発見してしまった。
だけど近距離魔法にはとことん向いていない。運動音痴なのは嫌というほど自覚していたが、ここでもそれを示す結果になってへこんだ。
相田は私と正反対。近距離魔法は頑丈なデク(カカシのような形をしたサンドバッグ的存在)を粉砕するくらいに強力。身体能力が異様に高い野生児。近距離魔法の教官であるタケミカヅチ先生の度肝を抜いていた。
だけど遠距離魔法にはてんで向いておらず、相田の放った火球は隣で鮮やかに的を撃ち抜いて鼻高々になっていた私の尻を燃やした。尻を押さえて飛び回る私を指差して、相田は高々と笑った。
『あはは!カチカチ山じゃん!』
それが私が最初に目撃した、相田の邪悪な笑顔だった。
その場にいた全員が失笑し、顔からも火が吹き出そうな思いだった。火はカグヤ先生がすぐに消してくれたのでおしりは灰にならずにすんだが制服のスカートは燃えてしまい、しばらくの間ジャージ生活を余儀なくされた。
これはそのまんまカチカチ山事件と名付けられ、しばしの間どこに行っても私は尻を指さされることになった。
あれからひと月ほどが経った今でも、私はあのことを許していない。心配するでも謝るでもなく、高々と笑っていた相田ほのかに仕返ししてやれないかずっと企み続けていた。
そう、私は根に持つ女なのだ。
♡
タカマガハラは大きく分けて四つの区画に分かれている。
まず中央にそびえる時計塔付近は学術エリア。座学の行われる教室や講堂、図書館なんかの設備もここにある。このあたりは普通の学校の校舎とあまり変わらない。
学術エリアを挟んで西側が訓練エリア、東側が居住エリアになっている。北側には魔法少女を補佐するための作戦司令部と地上へと繋がる転移装置、通称ポータルがあるものの魔法少女になるまでは立入禁止。
訓練エリアにはグラウンドと体育館とプールの運動音痴にとっての三大忌み地が存在する。身体能力はある程度マナの操作でカバーできるものの、基礎体力は重要らしくみっちりと体力づくりをさせられている。ほんとうんざり。
それと魔法少女の園らしく魔法の訓練場が建っている。魔法を使用していいのは基本的にこの訓練場内のみ。日常的に使用を許されている魔法は移動のための飛行魔法くらいなもの。
訓練場は射撃場のような遠距離訓練場、武道場のような近距離訓練場、それと試験などの特殊な用途にも使われる実践訓練場に分かれている。救護室が訓練場のすぐ側に設置されていることからも、いかに過酷な訓練が行われているのかがわかろうものだ。
居住エリアには私たちが暮らす寮と食堂と大浴場、それに様々な娯楽施設が集められている。寮の部屋はチームワークを高めるためにバディと同室。ベッドと学習机とクローゼットが置かれ、トイレと風呂が一緒になったユニットバス付きの二人一部屋。
家具の隙間を縫うように歩く狭い部屋で相田と寝泊まり。朝起きて一番に見るのはよだれを垂らした相田の寝顔で、寝る前に見るのは相田の無愛想な横顔。日中の座学も訓練もバディである相田と一緒。相田漬けの日々。
最近では夢にまで相田が出てくるようになった。よく見るのはあのカチカチ山事件。私の燃えるおしりを指差して哄笑を響かせる相田。
そんな悪夢を見て、相田のイビキに起こされた今朝みたいな日には、その寝顔に火球を放って起こしてやろうかと本気で思ってしまう。
怒りを抑えて二度寝しようとベッドに潜り込むと、嫌がらせのようにアラームが鳴った。不機嫌にうなってアラームを止めるも、隣のアラームがいっこうに鳴り止まない。
相田はおそろしく目覚めが悪かった。おそらく暴力的なイビキにアラームがかき消されているのだろう。
枕元のカーテンを開いてさんさんと輝く朝日を部屋に取り入れる。日差しに照らされて朝露のように輝く相田のよだれ。
相田は寝返りを打って朝日に背を向け、そういう性質の虫みたいに暗い方へ這いずるだけで目覚める気配がない。うにゃうにゃと意味不明な寝言を言っているのがちょっとかわいい。でも憎らしい。
「相田さん、起きて。遅刻しちゃう」
乱暴に肩を揺するも、うなあと謎の言語で抗議されて豪快に手で振り払われた。この前はこのときの裏拳で鼻をやられて、朝っぱらから鼻血を噴き出してしまった。そのおかげで警戒していたので、今回はすぐに危険を察知して逃げられた。
ちなみに私の悲鳴で目覚めた相田の第一声は「血やないけえ!?」だった。相田を驚かせることができたのでプラマイゼロだったと思っている。
それはともかく、本当にクマみたいに寝起きが悪いんだこいつは。だけど私はこの眠れる獣を起こさなければならない。
タカマガハラはバディとの協調を重視していて、やたらと連帯責任にさせたがる。
このねぼすけが遅刻しようが一日中寝こけていようが私の知ったことではないのに、こいつの遅刻も怠惰も連帯責任としてバディの私まで罰を課されてしまう。
なので私はなんとしてもこのねぼすけを叩き起こさなければならない。
「ふふふ…」
私が取り出したのは秘密兵器、猫じゃらし。グラウンドのそばに生えているのを見つけて、なんとなく取っておいた。ここにはじゃらす猫なんて一匹たりともいないのに、猫じゃらしなんて皮肉だなと思って。
相田はショートカットだからお布団をちょっとずらすときれいなうなじがよく見えた。キャラメルのように艶めく褐色のうなじが、無防備に朝日にさらされる。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、思わずゴクリとツバを飲み込んだ。なんでこんなにドキドキしているんだろう。落ち着け、私は相田を起こすだけだ。他意なんてないんだ。
まるでじゃらしてくれてと言わんばかりのそこに、そっと猫じゃらしを這わせた。
「んぅっ…」
すると相田はこれまで聞いたこともないような甘い声を上げて、肩を震わせた。




