第四話 私、魔法少女になるために家を出るわ
うっかりいつものくせで夕方寝してしまい約束の時間を目前にして目覚めて、中学の修学旅行で使ったキャリーケースに少ない衣服を詰め込んでいた。そうしていると家を離れるんだという実感が湧いてきて、胸がきゅっとすぼまった。
私が十七年間、過ごしてきた家。
まさかこんな、魔法少女になるためなんていうファンタジーな理由で出ることになるとは思ってもみなかった。それもこんな、夜逃げでもするみたいに。
まったく、人生何があるのかわからない。
そう言えば有名な魔女っ子アニメでは、旅立ちのときにラジオを流していた。私もそれにならって気分作りをしてみよう。
スマホでラジオアプリを起動しテキトウな番組を探す。音楽番組がやっていたのでそれにした。
ちょうど流れていたのは小さい頃にはるかと一緒に見ていた魔法少女アニメ『魔女っ子バディ ルルカ&バーニィ』、略してルルバニの主題歌。私もはるかもルルバニに大ハマリしていた。
ルルカとバーニィという二人の魔法少女がバディを組んで、怪人たちと戦う物語。笑いあり涙あり、手に汗握る闘いあり、熱い友情ありで私もはるかも全力で悪に立ち向かう魔法少女に憧れたものだった。
しばらくの間、はるかの魔法少女ゴッコに付き合わされた。はるかは純白の衣装のルルカで、私は漆黒の衣装のバーニィ。公園で架空の敵を作り出してそれ相手に戦うのはちょっと恥ずかしかったけど、全力で戦っているはるかを見ていると人の目なんてどうでもよくなった。
「そんなふうに遊んでいられたころも、あったっけ…」
ポツリとつぶやくと懐かしい歌が終わって時報が鳴り、約束の時が訪れたことを知らせた。
するとどこからともなくお正月番組のような和楽器の演奏が鳴り響いてきた。窓辺には青みを帯びた光が降り注ぎベランダをライブのステージみたいにキラキラと照らした。
よもやと思いベランダに出てみると、光は月から一筋の道のように降り注ぎ、月光の道を昔の偉い人が乗る豪華な屋根付きの車が飛んでくる。引いている馬や牛もいないのに、車はひとりでに車輪を回しながら優雅に夜空を舞い降りてくる。車の周りにはきらびやかな羽衣をヒラヒラと揺らす女の人たちが楽器を奏でながら付き従っている。
まるで日本昔話みたいな光景が目の前で繰り広げられていた。迎えってこんな、平安貴族のお出迎えみたいに来るものなんだ。
ふと気配を感じて見ると、ベランダの前の空中にひときわきらびやかな羽衣を身にまとった、絶世の美女がいた。アマテラスさまが浮いている。両手両足を広げて大の字で空中に仁王立ちしている。
「アマテラスさま…?」
アマテラスさまは横目で私を見てニヤリと笑うと正面を向いた。キリッとした横顔がどこか勇ましい。
するとふいに、緩やかな速度で空を飛んでいた車がギアチェンジしたかのように猛烈な勢いで車輪をギュンギュン回し、暴れ馬のようにアマテラスさまに向かって突っ込んできた。いつの間にか音楽が緊迫感を煽るものに変わっている。
アマテラスさまが危ない。このままじゃ空飛ぶ車に跳ね飛ばされてしまう。
「アマテラスさま逃げて!」
声を振り絞って叫ぶも、アマテラスさまは両手両足を広げたまま微動だにしない。速度を緩めず迫りくる空飛ぶ車。
あわや衝突と思い目を逸らしたその瞬間、キキーッと急ブレーキをかける音が聞こえた。
恐る恐る目を向けるとアマテラスさまの眼前で車が急停車していた。ほんの鼻先くらいの、ギリギリの距離で。急停車の風圧でアマテラスさまの髪と衣がふわりと揺れ、音楽が止まり、気がつくと車の御者席に座っていたおじさんが怒声を上げた。
「バカ野郎!死にてえのか!」
人を轢きそうになったときのテンプレセリフをまさか生で聞ける日がくるなんて、夢にも思わなかった。
アマテラスさまはなぜか自信満々の顔で私を向き、芝居がかった声で言った。
「僕は死にません!僕は死にましぇん!あなたを魔法少女にするから!」
パパの車で聞いたことがある昔の名作ドラマの主題歌を女の人たちが演奏し始め、ようやく何をしていたのか察しがついた。
「えっ、もしかしてパロディ的なやつ…?なんて人騒がせな…」
ふつふつと怒りが湧いてきて睨みつけるとアマテラスさまはあたふたとし、女の人たちは演奏を止めて気まずそうな顔になった。御者席に座ったおじさんもバツの悪そうな顔で頭をかいている。きっと乗り気じゃなかったんだろうな。
「あれ、おかしい、ウケてない…。どうしよう、笑いで緊張をほぐす作戦だったのに…」
アマテラスさまは全て口に出して腕組みをし考え込むように唸ると、パッと光を放って魔法みたいに姿を消した。
訝しく思っていると御者のおじさんの操る車がベランダに横付けされ、女の人たちが車の横に整列した。よく見るとみんな美人で壮観だ。しかし私が文句の言いたい相手、肝心のアマテラスさまはどこに消えたんだ。
まさか女の人たちに紛れてやしないかじっとり探していると、車の屋根から垂れる御簾が巻き上げられて中から煌々と後光が溢れ出した。
その中にはおしとやかな笑みを浮かべたアマテラスさまがいた。
「月の綺麗な夜ですね、尾崎カナタ。約束通りお迎えに上がりました」
「いや、なかったことにするのは無理があるでしょう」
おしとやかな笑みが秒で崩れて涙目になると、後光が豆電球くらいの明るさにしぼんだ。
「ごめんなさい…。ついひと笑い仕込んできてしまいました…」
夢の中での初対面といい、この神さまは出会い頭に一発かまさないと気が済まないのだろうか。
「いちおう知ってましたけど世代じゃないからよくわかんないし、無理に笑い取りにこなくていいですからね」
「セイイエス、反省しております…」
ほんとに反省しているのか疑わしい。
「まあ、気を遣ってくれたことは嬉しいですから、ありがとうございます」
アマテラスさまに笑顔が戻り、ぱあっと後光が明るくなった。なにこのシステム。
「それにしてもお迎えって、こんな豪華絢爛なのが来るなんて思っていませんでした」
「ふふっ、久しぶりの他出で気分タカマガハラなんです。カグヤから天の御車と天女を借りてしまいました」
アマテラスさまはなんとも嬉しそうに頬を紅潮させている。アマテラスさまみたいに偉い人って、たぶんおいそれと外出も出来ないんだろうな。
それにしてもどこかで見たことある光景だと思っていたら、昔見たアニメのかぐや姫のお迎えそっくりだったんだ。変なパロディはともかくとして、ヒラヒラの羽衣を着た天女とか空を飛ぶ車とか、言われてみればかぐや姫の世界観そのものだ。
「お荷物はそのキャレーケースだけですか?」
アマテラスさまの発音が独特過ぎてちょっと面食らう。
「キャリーケースです」
「そうとも言いますね」
そうとしか言わない。さすが日本神話の主神だ、我が強い。
「ペット不可なんですよね?」
「衛生管理のため致し方ありません」
好き嫌いではなくてそういう理由ならしょうがない。
「それならこれだけです」
「あら、お着物とかもっとあるかと思ったのにみすぼらしい。イダテン急便を呼ぶ必要もないですね」
口調に悪気はないから、ポロっと漏れ出た貴族様の素直な感想なのだろう。腹を立ててはなるまい。
それにしてもイダテン急便って神々の世界の宅急便だろうか。どうやって荷物を運ぶのか見てみたい。
「それでは参りましょう、カナタ。いざ月世界、じゃなくて魔法少女の園、タカマガハラへ」
アマテラスさまが差し出したお手を拝借し、空飛ぶ車に乗り込もうとすると、
「お姉ちゃん!?」
妹の声が私を呼び止めた。
振り向くとパジャマ姿のはるかがドアを開け放って目を丸くしていた。
「急に明るくなって変な音すると思ったら、なんなのこれ!?夢!?」
混乱した様子のはるかに向き合い、私は決別の言葉を探した。だけど気の利いたものは思いつけず、そのままを口にすることにした。
「はるか。私、魔法少女になるために家を出るわ。アカミーのお世話、お願いね」
「なに言ってるのお姉ちゃん!?それに誰なのその人たち!?」
うろたえるはるかに背を向けアマテラスさまの手を借りて空飛ぶ車、天の御車に乗り込んだ。内装も豪華絢爛で、やたらとふかふかした座布団があってとても座り心地がいい。尻が落ち着く。
「よいのですか、妹君とのお別れはそれだけで?」
「はい。今生の別れってわけでもないですし」
「それは…いえ、そうですね。それでは参りましょう。いざ鎌倉!」
「お姉ちゃん待って!」
アマテラスさまのテキトウ極まりない掛け声とともに音もなく車が宙を滑り、月光の道を進み始めた。
随伴する天女たちが和楽器を演奏する中、ベランダから身を乗り出して手を伸ばすはるかが遠ざかっていく。生まれ育った我が家が、小さくなっていく。
思わぬさみしさがさざ波のように胸に広がり、新しく始まる生活への期待と不安がそれに混じり合う。
アニメや漫画だけの存在だと思っていた魔法少女。かつて憧れていたものに、私なんかがなれるのだろうか。いつか堂々と胸を張って家に帰り、魔法少女になった自分を、はるかに見せられる日が来るのだろうか。
「ねえねえカナタ」
感傷に浸っていると正面に座っているアマテラスさまにちょいちょいと袖を引っ張られた。
アマテラスさまは左右をキョロキョロと見回し、天女たちの目がこっちを向いていないことを確かめると、隅っこに隠してあった重箱を取り出した。
「かまどの神に良いものをこしらえてもらったのです。一緒にいただきましょう」
ひそひそと言いながら重箱をパカリと開けると、中からあんこがこんもり乗った串団子が姿を現した。




