第三話 こんや、12じ、むかえにいく
「そういうわけでして尾崎カナタ。あなたには素質があってお時間も融通が利くようなので、是非とも魔法少女になっていただきたいとリクルートにきたのです」
「はあ、なるほど…」
アマテラスさまの説明によるとこの世界には人に害をなす魔物という存在が密かにはびこっていて、それを秘密裏に倒して回っているのが魔法少女。
アマテラスさまと契約を交わすことで、実は世界中に溢れているマナという莫大なエネルギーを秘めた粒子を扱えるようになり、それで魔物と戦うのが魔法少女。
アマテラスさまは魔法少女に関連するあらゆる物事を統括する政府公認の秘密機関、タカマガハラの司令官。日本神話になぞらえたネーミング、そそられる。
魔法少女の数は増え続ける魔物の数と比べて常に不足しがちで、タカマガハラに所属する神々はこうして夢の中で素質ある少女をリクルートして回っているのだと言う。慢性的な人手不足はどの業界も同じらしい。ニートだからよくわかんないけど、そんな話はニュースサイトとかでよく目にする。
「タカマガハラには魔法少女のための寮が完備されていて、専任魔法少女になっていただけるのならなんと無料でご利用いただけます。食事はかまどの神が作る美味しいご飯が三食出ておやつ付き。スポーツジムとプール、さらには漫画喫茶やカラオケなどの娯楽施設も完備で使い放題。これはお得ですよ」
「それは、魅力的かも…」
寮を完備ってことは家を出られる。何もせずに家にいる肩身の狭さから解放される。
部屋の前にご飯を届けてもらわなくていいし、家族の視線に怯えながらトイレやお風呂を使わなくていいし、深夜にアカミーの水換えをして妹にチクリとやられることもなくなる。
おまけにあの憧れの地、漫画喫茶までついているなんて。タカマガハラは桃源郷なのか。
「さらにさらに、大きい声では言えませんが魔法少女って高給取りなんですよ。金は命よりも重い」
「えっ、お給料までもらえるんですか?」
「はい、ちょっとお耳を拝借…」
アマテラスさまが音もなく近づいてくると、ふわりとお日様をたっぷり浴びたお布団のようないいにおいが鼻をくすぐった。
しかし耳元でささやかれた金額はずしりと重たく、目を見張るものだった。ざわ…ざわ…と心が震えた。
「なん、だと…!?」
「さらに強力な魔物を退治したあかつきには賞与も出ますし、魔法少女で一生遊んで暮らせるくらいの額を稼いだ猛者も過去にはいたものです」
「なんて夢のような…」
ここで一念発起して魔法少女をすれば、もう一生働かなくて済むかもしれない。
ブラック企業に入社して社会の荒波に揉まれ、満員電車に押し潰され、上司のパワハラに心をすり減らされ、同僚からは人付き合いも仕事もできない使えないやつと陰口たたかれ、毎日のストレスをストロング缶をあおって飲み下して、ストレスで胃とか壊して早死しないでいられる。
人付き合いが不得手で学歴もなんのスキルもない私には、そんな暗い未来しか見えていなかった。
それが魔法少女なんていう華やかなお仕事をして、さらには一生分の生活費まで稼げるなんて、夢とは言えなんと甘美な誘いをしてくれるのだろう、アマテラスさま。
「しかし専任だと家を出てご家族と離れてしまうことになりますからね。あと魔物退治は命の危険もありますし、よく考えてからご決断いただければと」
「やります」
「そんな二つ返事で!?」
「ここで働かせてください!」
アマテラスさまの手を握りながら熱烈にお願いしていた。魔法少女で一生遊んで暮らせるくらいのお金を稼いでFIREしてやるんだ。FXとか投資とかやって億万長者になってやるんだ。掴もうぜ、魔法少女ドリーム。
それにしてもアマテラスさまの手、ひんやりスベスベでしっとり吸い付くようで気持ちいい。ハンドクリームでも塗っているのか、ほのかに甘い香りがする。
「はっ、はいいいぃぃ!わわわ、わっかりましたあ!ごご、後日、むむむ迎えのものをよこしますねえ!」
アマテラスさまはなぜか顔を真っ赤にして私の手を振り払い、ミルクみたいな霧に溶けていくように姿を消していった。なんてシャイなお方だ。
気がつくと暗い部屋で、楽しい夢を見られたなと久しぶりに頬がゆるんだ。手を鼻の前にかざすとほんのりと夢の残り香がした。
お祭りのあとのようなさみしさが広がって、ツンと鼻の奥が熱くなった。
そして後日、私が部屋で魔法少女もののアニメを見てイメージトレーニングをして虚しくなっていると、ヒュンと空気を切り裂く音がした。目の前を何かがかすめて髪を揺らす。タンと小気味良い音がしてそちらを見ると、壁に矢が突き刺さっていた。
「ひいっ…!?」
思わず座っていたイスから転げ落ちてしまい大きな音が響く。
「かなたー、どうしたの?大丈夫?」
ママが慌てた様子で扉をノックしてくる。この家で私を気にかけてくれるのは今やママだけだ。
「だ、だいじょぶ。ちょっと黒いあれが出て、びっくりしただけ」
「そう。ならいいんだけど」
ママの足音が遠ざかっていくのをドアに耳をぺったりつけて確認してから、壁に突き刺さった矢をしげしげと眺めた。
いったいどうなっているんだ、この矢。窓は閉じているのにいきなり部屋の中に入ってきて壁にタンと突き刺さった。
矢の尾の部分にはみくじ掛けに結んだおみくじみたいなのがついている。これはもしや、矢文というものでは。
矢文なんて古風なことをしてきそうな相手は一人、いや、一柱しか思いつかない。
アマテラスさま。
まさかあれはただの夢ではなくて、本当に予知夢とか夢のお告げとか、そういうものだったのか。
胸をドキドキさせていると、矢だけがキラキラと光を放つ粒子になって大気に溶けるように消えていった。壁には突き刺さった痕跡が残っていない。
後に残ったのは、カサリと乾いた音を立てて床に落ちた紙片のみ。拾い上げて広げると、そこにはやけに達筆な筆文字で最小限のことだけが書かれていた。
『こんや、12じ、むかえにいく』
「そんなかまいたちの夜みたいな…」
名作サウンドノベルネタを使われて呆れたものの、そのおかげでアマテラスさまの犯行だと確信できた。
夢だけど、夢じゃなかった。
それにしても今夜って、えらく急だ。もうちょっと準備とか心構えとか、って別にするほどのこともないか。
服を買いに行くための服もないくらいの衣類をまとめて、積んでたラノベとお気に入りの漫画を数冊と、家族以外登録されていないスマホと安物のタブレットを持っていくくらいだ。
「あっ、アカミー…」
水槽の中のつぶらな瞳と目が合った。できればアカミーも連れて行きたいけど、どうやって持っていこう。
水槽ごと持っていく、にはさすがに大きすぎる気がする。というか迎えってそもそもなにで来るんだろう。謎が多すぎる。
「ひっ…」
アカミーの処遇に頭を悩ませていると再び矢文が壁に突き刺さり、紙片を残して消えていった。矢文以外の連絡手段ってないのかな、心臓に悪すぎる。
『ペット激しくおことわり』
「ご親切にどうも」
アマテラスさま動物嫌いなのかな。太陽神のくせに。しょうがない、アカミーは置いていこう。彼はこの闘いにはついていけない。きっとママかはるかがお世話してくれるだろう。
「元気でね、アカミー…」
しんみりした気持ちでアカミーの甲羅をなでると口をパクパクさせた。餌をもらえると勘違いしたのだろう。ああ、なんておバカで可愛いアカミー。
魔法少女になってがっぽり稼いで帰ってきたら、ジャグジー付きの広い水槽に住まわせてあげるからね。




