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尾崎さんは魔法少女  作者: みそ
第二部 新米魔法少女 尾崎かなた
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33/38

第一話 お腹痛いから学校休む…

 私には妹がいる。

 愛想がない上に何もできない私と違って、可愛くて聡明で愛される妹が。

 はるかが生まれたその日から、家の中に私の居場所はなくなった。

 両親の感心は生まれたばかりのはるかに向き、私のことは全て後回しになった。


『かなたはお姉ちゃんなんだから我慢できるよね』


 そういう言い回しでおざなりにされることが増えた。そのたびに私は自分の気持ちをぐっとこらえて、苦い薬を飲み込むように我慢した。


『うん、はるかのためだもんね』


 ウソをつくたびに私の心は削れていった。風や水で岩が削れるように、ゆっくりと長い時間をかけて小さくなっていった。

 成長するたびに口数が増えるはるかと反比例して、私が何かを話すことは段々と少なくなっていった。


『はるかちゃんはよく喋るけどかなたちゃんは大人しいねえ。まるでお人形さんみたい』


 たまに会う親戚のそういった言葉に口数はもっと減っていった。大人が思うよりも子どもは彼らの言うことを真摯に受け止めて、ほんの些細な言葉が深く突き刺さっている。

 小学校の中学年になると、与えられた自室にこもることがほとんどになった。

 両親と妹がいるリビングにいるのはご飯やおやつの時間だけになり、私は段々と家族から遠ざかっていった。

 そのころからこんな夢をよく見るようになった。


 岸が見えないほど広い湖に浮かぶボートに両親と妹が乗っている。両親は勢いよくボートを漕ぎ、妹がそれにはしゃいだ声を上げる。だけど私は一人で別のボートに乗り、漕ぎ方もわからず置いていかれてしまう。

 行かないで、置いてかないで。ひとりぼっちにしないで。

 私の声は届かず、両親と妹の乗るボートは次第に小さくなっていって、やがて見えなくなる。

 私は泣きじゃくり、気がつくと湖には深い霧が立ち込めている。

 すこし先も見えないくらいの、深いミルク色をした霧。その霧はひとの体温みたいにあたたかく、どこか懐かしい優しい匂いがして、不思議と落ち着いた。

 霧の向こうから柔らかな光が近づき、シャン、シャンと優雅な鈴の音が聞こえてくる。

 顔を上げて光の方を見ると、湖面をしゃなりしゃなりと歩いてくる人影が見える。水の上に浮いて、綺麗な波紋を広げながら、ゆっくりとこっちに向かってくる。

 古めかしくてとても綺麗な衣装に身を包み、優しい微笑みを浮かべた女の人。

 後光に照らされて顔は見えないのに、微笑んでいることはわかり、私はそれにひどく安堵して目が覚める。


 私はその夢を誰にも話さず、大切な宝物を隠すようにそっと胸にしまっていた。


 ♡


 時は流れて高校に入学した私は、夏休み明けから不登校になっていた。

 中学の頃からハマっていたゴスロリを着て、ネットで知り合ったゴスロリ仲間とカラオケオフ会をしていたところを、偶然クラスメイトに見られてしまった。

 話が背びれ尾びれを付けて広まってからかわれるようになり、何も言い返したりやり返したりできない私への仕打ちは次第にエスカレートしていった。庇ってくれる友だちなんていう存在は『倒木』というあだ名を付けられ、クラスの誰とも関わりを持てないでいた私にはいなかった。

 引っ込み思案なのを高校ではなんとか変えたいと思っていた。今度こそ友だちを作りたいって思っていた。その勢いをつけるための第一歩としてのオフ会参加だった。

 それがとんでもない裏目に出るなんて、なんという皮肉だろう。

 夏休みまではなんとか耐えられた。

 無くなったり落書きされたり切り裂かれたりする教科書。ゴミの詰まった下駄箱。机に刻まれたありがたいお言葉の数々。消しゴムのカスがふりかけみたいにかかったお弁当。聞こえるように言われる陰口。さり気なく振るわれる暴力。

 私なんて存在しないかのように振る舞うくせに、粘着質につきまとって離れてくれない悪意。

 またそんな日々が待っていると思うと、体が拒絶反応を起こした。

 長い夏休みを終えた私には、再びあの地獄の日々に立ち向かう気力はなかった。


「お腹痛いから学校休む…」


「うん、それはいいんだけど…。ねえ、ほんとに大丈夫なの、かなた。顔色悪いし心配だよ。カウンセリングとか受けてみたらどう。ほら、会社に行けなくなったママの友だちも、受けたら楽になったって言ってたし…」


「ごめん、ほんとお腹痛いだけだから。大丈夫…」


「そう…。そういうのが必要だって思ったら、いつでも言ってね…」


「うん。ありがとう、ママ」


 ママもパパも、不登校になって家から一歩も出なくなった私のことを心配してくれた。それが痛くて、申し訳ない気持ちになって、一緒にいるのが辛かった。

 小学六年生になっていろいろわかるようになってきた妹にも気を遣われていた。

 

「ねえお姉ちゃん。学校の宿題でわからないところあるから教えて。考えても考えても解けなくって」


「ねえお姉ちゃん。ゲームでクリアできないところあるから一緒にやって。これ超難しいの」


「ねえお姉ちゃん。ツルってどうやって折るんだっけ。クラスメイトが入院しちゃって千羽ヅル折るんだ」


 はるかは何かと理由をつけて、自分一人で解決できることでも私を頼ってくれた。

 はるかと一緒にいられる時間は楽しいのに、こんな私でも一緒にいてくれるのが嬉しいのに、情けなくて、惨めで、苦しかった。

 私はお姉ちゃんなのに、妹に勝っているところがひとつもないと突きつけられているようで、黒くてドロドロしたものが胸の奥底に溜まっていった。

 私もはるかみたいになれたなら。

 醜く汚い思いを抱えたまま、私ははるかの前で笑顔を作り続けていた。そのせいか、はるかと楽しいひとときを過ごした後は、プールで泳いだ後みたいにひどく疲れた。

 私が一緒にいてゆいいつ心安らげる相手は、ミシシッピアカミミガメのアカミーだけだった。

 縁日の亀すくいで明らかに一匹だけどん臭い動きをしているやつがいて、運動神経の鈍い私でもあっさりとすくうことができた不幸なカメ。

 アカミーは最初は手のひらにちょこんと乗るくらいのサイズだったのに順調に成長している。彼には大き過ぎると思っていた水槽が、手狭に見えるくらいに。

 だけどはるかと違って大きくなっても口は達者にならず、気を遣う知恵も身に付けず、ただ毎日甲羅干しをして餌を待つだけの日々。

 それが私に似ているように思えて、アカミーを見ていると心が安らいだ。


「ねえアカミー、人はどうして愚かなんでしょうね。ちょっと変わった趣味嗜好があるからって、それがなんだって言うのよ。ゴスロリが大好きでいったいなにが悪いって言うの。あんたらの似合わないハデな化粧とか、分不相応なブランド物の方がよっぽどキモいっていうのに。どうせパパ活とかで稼いでるくせして、なんであんなに偉そうなんだよ。あー、あいつらマジで突然死とかしないかな」


 アカミーのカメ臭い甲羅をつんつんしながら呪詛を吐き散らす。

 我ながら最低なルーティンだと思うけどやめられない。

 だって私は何にも悪くなんかないのに、どうしていじめられなきゃならないんだ。理不尽にもほどがある。

 

「あいつらを私と同じ目に遭わせてやりたい。誰からも無視されて、教科書とか靴とかむちゃくちゃにされて、ずっとみんなから陰口叩かれて。あいつらもそうなればいいんだ。あんなクソみたいなやつら、報いを受けるのが当然なんだ。呪われろ呪われろ呪われろ」


 茜色の夕陽が差し込む部屋で呪詛を連ねていると、自分が醜い化け物になったように思えて悲しくなった。

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