第三十二話 みんなを守りたいから、私は魔法少女になったんです!
「ところがどっこい!そうはさせないよお!」
「くっ!おのれチョコザイな!」
だっちゃの手のひらから放たれた紫電が、間一髪のところでメメントモリの軌道を逸らす。だっちゃはその隙を逃さず、チョップで豪快に十字架を破壊した。
沈んでいた気持ちが一気にハイになり、思わずむしゃぶりつくようにだっちゃに抱きついていた。
「ありがとうだっちゃ!助けてくれるって信じてたよ!」
ああ、やわらかくてあったかいこの感触。猫のときにはないスベスベ肌と弾力がたまんねえぜ。感情を殺されないで済んでほんとうによかった。まさに生きてるって感じがする。
「えへへー、間一髪だったねえ」
だっちゃはあたしを華麗にお姫さまだっこして朗らかに笑いつつ、速やかにブラックメシアから離れた。
「おのれよくも…!」
歯噛みするブラックメシアに、地を蹴り金棒を振りかざした尾崎さんが迫っていたから。あんなとんでもバトルを間近でされてはたまったものではない。命がいくつあっても足りない。
「はあああぁぁぁ!」
「ちいっ!宵闇のカーテン!」
裂帛の気合いとともに振り下ろされた金棒を、ブラックメシアがマントを壁のように張り巡らせて防ぐ。
悲鳴のように鳴り響く甲高い音。血しぶきのように激しく飛び散る火花。
ブラックメシアのマント、宵闇のカーテンはガリガリとカンナで削り取られていくように刻一刻と縮んでいく。尾崎さんの金棒もミシミシと音を立てて、ゆっくりとヒビが刻まれていく。
「ええい、根性見せんかブラックメシア!お主のシメイはどうするのじゃ!」
「うるさい!そんなのわかってる!」
ダンタリオンに発破をかけられたブラックメシアが、両手をかざして金棒を受け止めて踏ん張る。
「尾崎さん!そんなカーテン引き剥がしちゃえ!」
「任せてください!寺島さん!」
尾崎さんはあたしに不敵な笑みを向け、ブラックメシアを凛とした眼差しで射抜いた。その周囲に雷光がスパークし、ブラックメシアの顔が苦痛にゆがむ。
「お姉ちゃん!今すぐそんなカーテンから引きずり出してあげます!」
「はるか!あなたが相手だからって負けられないの!ワタシはシメイを果たすのだから!」
「いい加減にしなさい!そんな悲しいシメイを果たしても、誰も幸せになんかなれません!」
「うるさいうるさいうるさい!ワタシは、ワタシは…!」
空間を覆う闇を吹き飛ばす純粋な力の波が吹き荒れ、天を覆うほど巨大なシンバルが叩かれたかのような、耳を揺さぶる大きな音が響き渡った。
その音とともに宵闇のカーテンは大気に溶けるように消え去り、金棒はキラキラと輝きながら砕け散っていく。
天蓋のように空を閉ざしていた黒雲も、足元にまとわりついていた陰気な霧もすべて取っ払われた。頭上に広がる蒼い空からは祝福のように太陽の光が降り注いで、手びさしを作ってしまうほどまぶしい。久しぶりの太陽だ。
ブラックメシアの姿はゴスロリ闇魔法少女に戻り、露わになった乾いた地面に膝をついていた。そのそばに立つ尾崎さんの体が柔らかな光に包まれて、鬼猫娘から正統派魔法少女に戻った。もう少し堪能したかったのに、残念。
蒼い空をバックに尾崎さんが手を差し出して、それをブラックメシアが見上げる。
長い戦いの決着がついて大団円。ゲームとかアニメならエンドロールが流れていそうないい景色。
だけどブラックメシアは、鋭い音を立ててその手を弾いた。
「お姉ちゃん…」
悲しそうな顔をする尾崎さんの前で、ブラックメシアは獣のような唸り声を上げながら膝に手をついて立ち上がった。そして大鎌、メメントモリを血走った目で構えた。
その姿からは悲壮感すら漂い、胸がきゅっとすぼまった。
まるでこの世界に、たったひとりで立っているように見えて。
「まだ。まだよ、ハルカ。ワタシはまだ、戦える」
「もうやめよう、ブラックメシア。それ以上戦ったら、ほんとうに…」
「黙りなさい。魔法少女でもないただの人間ふぜいが。口を挟まないで」
鬼気迫る表情と口調にひっと喉の奥から声が漏れ出た。
「どうしちゃったのお姉ちゃん。私もうこれ以上、お姉ちゃんと戦いたくないよ」
涙目で訴えかける尾崎さんにも、ブラックメシアは揺るがない。強い意志のこもった眼差しで妹を見据えて、弱々しい勢いで地を蹴りメメントモリを振り下ろす。
「ワタシは負けられない!眠り続けているあの子のために!」
「お姉ちゃんのわからず屋!思わせぶりなことばかり言って、ちょっとくらい事情を説明してよ!」
鈍器ステッキで受け止めながら尾崎さんが言い返すと、お姉ちゃんはさらにメメントモリを振るった。
「あなたは何も知らなくていいの!魔法少女になんかならないで、何も知らないまま生きてほしかった!」
駄々っ子の拳のようにデタラメに振るわれる鎌を尾崎さんは紙一重のところでかわして、狙いすました一撃を放った。
「私が魔法少女になったのは私の意思です!みんなを守りたいから、私は魔法少女になったんです!」
渾身の鈍器ステッキが、メメントモリを粉々に打ち砕いた。
シャアンと透明なガラスが割れたような澄んだ音を立てて、メメントモリの欠片が地面に落ちていく。ひとつひとつが太陽を反射して地面に落ちて、散らばった欠片の上に涙がポタポタと落ちて宝石のように輝いた。
「ごめん、ごめんなさい、ほのか…。あなたとの約束、果たせなくて…」
力なく座り込んで泣きじゃくるブラックメシアにダンタリオンが近づいて、その頭を包み込むように抱きしめた。
「もうよいじゃろう、かなた。お主はようやった。メメントモリがなくとも、なにか別の魔物を根絶するための道を探せばよかろう」
「ああああぁぁぁ!わああああぁぁぁん!」
子どものように激しく嗚咽するブラックメシアを、ダンタリオンはよしよしと慰めている。
なんの事情も知らないあたしと尾崎さんには立ち入れない二人の世界を前に、ただ眺めているしかなかった。
だけどこれだけは、言っておきたい。
「幼女に慰められる闇魔法少女。これはこれで、立場逆転みたいで、いい…」
「寺島さん…。メメントモリの欠片でスパっとやれば感情死にますかね…。感情半殺しくらいになってた方が、世のため人のためだったような気がします…」
「ごめんなさい。もう何も言いませんから、その本気で後悔しているような顔やめてください。感情半殺しとかいうパワーワードを作らないでください」
「口は災いの門だにゃあ…」
猫に戻っただっちゃが呆れたような口調で言って、ふわあと大きなあくびをかました。
蒼い空には太陽が輝き、その隣には輝きを失った赤い月が所在なさげに浮かんでいる。
ひとまずブラックメシアが泣き止むまで、この景色を堪能させてもらうことにしよう。




