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尾崎さんは魔法少女  作者: みそ
第一部 宵闇の女王
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第三十一話 尾崎さんは魔法少女でいて

 身構えていた尾崎さんは急な方向転換に反応できず、前につんのめる。


「寺島さん逃げて!」


「うわあああ!」


 コウモリの羽のようにマントを広げてあたしに迫りくるブラックメシア。その姿はバッドマンみたいでちょっとカッコいい。だけどやろうとしていることは限りなくダーティー、飛翔する人さらいだ。

 必死で逃げるも魔法パワーで迫りくる人さらいから逃げ切れるはずもなく、あたしはあっさりとその手に捕らえられてしまった。

 暗黒空間から出現した十字架に磔(はりつけ)にされて身動きが取れない。四肢は革紐みたいなものでガッチリと固定されてとても外せそうにない。

 こんなときに言うべきセリフは、決まっている。


「くっ、殺せ…!」


 前にブラックメシアが言っているのを聞いて、あたしも一度は言ってみたいと思っていた。


「フフフ、コロシはしないわ。だってあなたは、大事な大事な人質なんですもの」


 あごから首筋にかけてをつつっと羽毛でなでるみたいに指先でなぞられて、背筋がゾクゾクする。こいつ、愛実と並ぶくらいのテクニシャンだ。


「お姉ちゃん!寺島さんを離して!彼女はなんの力もない一般人なんですよ!」


「こんなところにまで引っ張り回して、いろいろなことを知っているのに都合よく一般人はないでしょう。いいことはるか。本当に大切だったらこんなところに連れてくるべきじゃなかったのよ。魔法少女のルール通りに記憶を消して、関係ないところにいる彼女を遠くから愛でているべきだったのよ」


 いつの間にかブラックメシアの手には大鎌が光り、あたしの首筋に添えられていた。ひんやりと凍てつく冷気を放つ刃が、紙一重のところで首筋に触れている。


「お姉ちゃんやめて!」


 悲鳴のような声を上げる尾崎さんに、お姉ちゃんがしーっと指を立てる。


「指ひとつでも動かしてごらんなさい。あなたの大切なオトモダチは廃人になるわよ」


 あたしの脳裏にヨシキの姿が浮かぶ。尻を突き出してカラオケの床に倒れ、放心状態になっていたヨシキの姿が。

 あたしもあんな状態になってしまうのかと思うとゾッとした。制服姿で尻を突き出して倒れたら、パンツが丸見えになってしまうではないか。せめて体操着を履かせてほしい。


「どうして、どうしてお姉ちゃんはそんな、悲しいことをするんですか。人々を廃人にすることに、いったいなんの意味があるって言うんですか!?」


「いいでしょう、はるか。あなたには教えてあげる」


「よいのかカナタよ。まだ勝ったわけではないのだぞ」


「あら、ここからどうやったら負けるっていうの、ダンタリオン?それにはるかはワタシの妹。話せばわかってくれるわ」


「ふん、まあいいじゃろう。好きにせい」


 ものすごく敗北フラグっぽい会話だけど、確かにこの状況では尾崎さんは身動きも取れない。くそ、なんとしてもジーザス状態から脱出しなくちゃ。なにか、なにか手段はないのか。

 おっ、あれはだっちゃ。足元の霧に紛れてこっそり近づいて来てくれている。いいぞ、だっちゃ。華麗にスネークするだっちゃ。


「はるか、あなたはどうして魔物が生まれるのか知っている?」


「それは、マナが集まって生まれているのでしょう」


「そう、それがアマテラスの説明だった。だけどそれには続きがあって、人の負の感情に染まったマナが集まったものが魔物なの。アマテラスはそれを知っていて、ワタシたちに教えなかった」


「えっ…?」


「負の感情、怒り、嫉妬、憎しみ、恨み、恐怖、そして悲しみ。そういったものに染まったマナは瘴気(しょうき)と呼ばれるものになり、瘴気が集まって魔物になる」


「それって言い方を変えれば、人の負の感情が魔物を生み出している、っていうこと…?」


 思わず口を挟むと、ブラックメシアはパチパチと気のない拍手をした。人に鎌を突きつけながら拍手とかしないでほしい。怖すぎる。


「ええ、その通りよツーサイドアップガール。マナ単体で魔物は生まれない。だけど人々がいる限り負の感情は発生してマナと結びつき瘴気となって、魔物が生まれ続ける。つまり魔法少女がいくら魔物を倒そうとも、人間がいる限りキリがないの。永遠に終わらない、賽の河原で石を積むような苦行をワタシたちは強いられていたのよ」


「そんな、だったら私は、いったいなんのために…」


 尾崎さんが呆然としたようにつぶやいた。


「ワタシが人々を廃人化させているのは、負の感情の振り幅が大きな者の感情を殺して、魔物の誕生を抑制するため。ダンタリオンはそのための大鎌、メメントモリをワタシに授けてくれた」


「妾はそれに名前なんて付けてないぞ」


 メメントモリはブラックメシアのネーミングセンスか。死を思えだなんて、何か意味ありげだ。


「まさかそれが、お姉ちゃんのシメイなんですか。人々の感情を殺して新たな魔物が生まれないようにする。それがお姉ちゃんの言う、静寂の世界」


「そう、静かな感情を持つ者たちだけが生き残り、魔物のいない平和を享受する。それが静寂の世界。魔法少女の力を使えなくしていたのは、彼女たちが魔物と戦って傷つかないようにするため。だっておかしいでしょう。魔物の発生源である人間を守るために魔法少女が犠牲になっているなんて。そして大多数の人々は、その事実を知らずにのうのうと生きて負の感情を撒き散らし続けている。そんなことワタシには赦せない。だからワタシは闇に生きることを決めたの。たとえ誰に恨まれようとも、真実を教えてくれたダンタリオンとともに歩み続ける」


 ブラックメシアの語る悲壮感溢れるシメイに、あたしはなにも言えなくなった。

 尾崎さんと出会わなければ、あたしはこれまで通りの毎日を過ごしていたことだろう。魔法少女の存在も知らずにその犠牲に気がつくこともなく、ただ毎日をそれなりに楽しんで、それなりの不満を抱えながら、のうのうと生きていたことだろう。

 いや、たとえその事実を知ったところで、どうしても毎日を生きている中で負の感情なんてものは生まれ続けてしまう。それこそブラックメシアの言う通り、感情を殺しでもしない限り不可能だ。

 だからあたしには、何も言えなかった。ブラックメシアの言うことを肯定も否定もできなかった。

 だけど尾崎さんは違った。


「そんなのおかしいです。たとえ人々の負の感情が魔物を生み出す原因であっても、お姉ちゃんがしていることは間違っています。私たちの戦いが永遠に終わることのないいたちごっこであっても、それを終わらせるために犠牲になる人がいていいはずないです。そんなことをしても、お姉ちゃんが恨まれて新たな負の感情を生み出してしまうだけです。そんなの、絶対にダメです」


 尾崎さんは真っ直ぐに姉の目を見つめて、思いの丈を伝えた。

 たぶんあたしたちの頭には同じ人物の顔が浮かんでいた。外浦あずき。大事なバンドメンバーであるヨシキを廃人にされて、ブラックメシアを強く恨んでいる魔法少女。

 ブラックメシアの行いもまた、大きな負の感情を生み出している。


「分からず屋ね、はるか。だけどあなたなら、たぶんそう言うんじゃないかと思っていたわ。あなたは昔から優しい子だったもの。でもね、これだけは譲れないの」


 ブラックメシアは悲しげに笑い、あたしの首筋に大鎌を食い込ませた。メメントモリは肌を裂くことはなく、かわりに心を深く沈み込ませた。深く深く沈み込んで、魔物とか魔法少女とか、何もかもがどうでもよくなっていく。まるでゆりかごで眠っているような気だるい心地よさが穏やかな波のように広がり、それに身を委ねてしまいたくなる。

 これが、廃人化。


「寺島さん…!」

 

「さあ、はるか。選びなさい。ワタシを倒してオトモダチを失うか、魔法少女としての力を失ってオトモダチを助けるか。二つに一つよ」


「わかった!お姉ちゃんの言う通りにするから!寺島さんを助けて!」


「いい子ね、はるか。それなら変身を解きなさい」


「お、尾崎さん…。ダメだ…」


 催眠術のような強烈な眠気と脱力感に抗いながら、あたしは精一杯の声を出した。くそっ、声がデカいのだけが取り柄なのに、こんなときに蚊の鳴くようなか細い声しか出ないなんて。


「尾崎さんは…魔法少女でいて…」


 だっちゃの雷光で焼けた手のひらを握りしめ、燃えるような痛みをよすがにして、なんとか声を振り絞る。


「あたしの憧れの…可愛くてカッコいい…ピースメイカーハルカでいて…!」


「寺島さん…!」


「健気ね、寺島あげは。本当に愛おしいくらいに。出会い方が違ったら、ワタシたちもオトモダチになれたのかしら」


 ブラックメシアが初めてあたしのことを名前で呼んだ。

 霞んでいく視界の中で、尾崎さんが、ピースメイカーハルカが金棒を構えるのが見えた。歯を食いしばって、瞳に輝く涙を滲ませて。

 ああ、よかった。尾崎さんは、ピースメイカーハルカでいてくれる。それならあたしの感情なんて、殺されても死ぬもんかよ。


「だけど残念ながら、ハルカはあなたを選んでくれなかったみたいね。あなたは幸せにお眠りなさい」


 メメントモリが振り上げられ、その鏡のような刃にもう一人の鬼っ娘が映った。

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