第三十話 尾崎さんはあたしの大切な人なんだから!
「ぐうううぅぅぅ…!」
「あらいやだ、仲間割れかしら。この期に及んで裏切りだなんて、無様なフィナーレね」
「所詮は獣の姿をした魔人。知性の欠片もないのじゃろう」
稲妻に打たれて悲鳴を上げる尾崎さんを中二病コンビがせせら笑っている。
「だっちゃ!どういうつもりだ!」
だっちゃを引っ掴もうとするも、身にまとった雷光にビリビリと弾かれて届かない。
「今すぐやめて!お願いだから!尾崎さんが死んじゃう!」
「それはできないにゃあ、あげは」
「どうして!?まさかほんとに裏切ったの、だっちゃ!?」
あいつらの言う通りだなんて思いたくないけど、魔人の考えることはわからない。不利になったからあたしたちを裏切っても不思議じゃない。
「違うにゃあ。これがはるかの望みだからにゃあ」
「望みって、これが…?」
「ああああぁぁぁ!」
雷雲から絶え間なく稲妻が降り注ぎ、尾崎さんは悲鳴を上げ続けている。漫画やアニメじゃあるまいし、黒焦げになるだけじゃ済まない。尾崎さんの命に関わる。
「わけのわからないことを!いいから今すぐやめるんだ!」
雷光を身にまとっただっちゃに無理やり手を伸ばすと、手のひらが焼け付くように痛み、肉の焼ける嫌な臭いが広がった。
涙が目に浮かび、歯がギチギチ鳴るくらい食いしばって手を伸ばす。尾崎さんはこれ以上の雷撃に晒されているのに、この程度の痛みがなんだって言うんだ。
「寺島さん!」
身体中に稲妻を浴びながら、尾崎さんがあたしの名前を呼んだ。
「尾崎さん!待ってて!今すぐだっちゃを止めるから!」
「私のためにありがとうございます!だけど、平気です!私こう見えても頑丈ですから!」
腕を曲げて上腕二頭筋アピールをするも、新たな雷撃に打たれて悲鳴が上がって腕が下がる。顔のあちこちだけでなく、髪の毛まで焼け焦げている。
「平気なわけないじゃん!そんなにぼろぼろになって!」
「あなたの手だってぼろぼろです!見守っていてくださいって言ったのに!」
「放っておけるわけないだろ!尾崎さんはあたしの大切な人なんだから!」
「寺島さん…」
満面の笑みを見せてくれた尾崎さんを、暗雲を引き裂くほどの野太い稲妻が貫いた。いや、それはもう稲妻と呼べるものではなくて、光の柱が天から降ってきたかのようだった。
「尾崎さあああぁぁぁん!」
あたしの叫びは地を揺るがす轟音に遮られ、まばゆい光に目の前が見えない。発生した凄まじい衝撃波に瓦礫が吹き飛ばされて四方に飛び散る。瓦礫から身を守りながら足を踏ん張り、吹き飛ばされないようにするだけで精一杯。
こんな天地開闢でもしそうな稲妻を受けて、尾崎さんは、もう。
「くっ!あの稲妻!まさかそういうことか!」
「いかん!ブラックメシア!やつを止めるのじゃ!」
「言われなくたって!」
大鎌を手にしたブラックメシアがバチバチとスパークする光の柱に向かって突っ込んでいく。ようやく目が慣れて衝撃が収まってきたおかげで、光の柱のど真ん中に立つ、可憐な少女のシルエットが見えた。
「尾崎、さん…?」
ブラックメシアが振り下ろした大鎌を少女は片手で軽々と受け止めて、傍らに突き刺さっていた金棒を無造作に掴んで振り下ろした。
金棒の一振りで周囲を覆っていた黒い霧が、天を覆っていた分厚い雲までもが、モーセを前にした海のように縦に真っ二つに割れて、大地を鳴動させた。
「なあっ!?」
ブラックメシアは大鎌を手放し、間一髪のところで必殺の一撃を避けていた。
それでも余波を受けただけでご自慢のマントはぼろぼろになり、勢いよく体が地面に叩きつけられて苦痛にうめいている。
「何という馬鹿力!妾の仮想空間に干渉するなんて、神々にも匹敵するマナじゃ!」
驚愕するダンタリオンの視線の先で、光の柱がキラキラと輝く粒子になって消えていく。そして降臨する、魔法少女の新たな姿。
その周囲には白銀の雷光がバチバチと弾け、身の丈よりも大きな金棒を軽々と肩に担いでいる。
その堂々たる姿に、あたしは驚愕した。
「鬼っ娘に猫要素が足されている…だと…!?」
雲の間から差し込む光に照らされた尾崎さんは、鬼っ子モードのだっちゃとよく似た格好になっていた。その身に受けた傷はきれいに治っている。
ツヤツヤの豊満ボディを包み込むのは、手触りの良さそうな毛並みをした肩紐のないビキニ。黄色地に黒の縞模様の入った虎柄、鬼っ娘のトラディショナルスタイル。ゆるやかに波打つロングヘアーは鮮やかな桃色に緑のメッシュが入っている。リスペクトを忘れないスタイルで素敵だ。
頭には立派な一本角。そしてその左右に、ふさふさの猫耳が生えている。さらに手には肉球のついたにゃんにゃんグローブ。靴は動きやすさ重視なのか虎模様のスニーカーで、雷のような模様が刺繍されたハイソックスがかわいい。小さめのビキニに包まれたおしりからは長くて毛艶のいい尻尾が生えていてとても愛らしい。
「なんだよ、無敵じゃん」
これはもう、クラウドまでパンパンになるまで撮影しなければ。そうするのが今ここに、あたしがいる理由に違いあるまい。
「尾崎さーん!こっち向いてー!」
「寺島さん!?こんな露出狂みたいな姿撮らないでください!恥ずかしい!」
いい、ブラックメシアと違って恥じらいがあるのがすごくいい。あいつなんの恥じらいもなく痴女姿でいるもんなあ。それはそれでいいんだけど、やっぱり露出は恥じらいというものがあってこそ輝く。
大和撫子を体現するかのような尾崎さんの恥じらい。尻尾を逆立てて、にゃんにゃんグローブで胸とおしりを押さえている。にゃんにゃんグローブ越しに見える圧倒的な谷間と、引き締まった桃尻。ああ、絶景かな。
へえ、よく見るとだっちゃの金棒と尾崎さんの金棒ってちょっと違うな。
だっちゃのは丸っこいオーソドックスなやつだったけど、尾崎さんのは碑石みたいな細長い六角形。表面に何やら古代文字みたいなのが刻まれていてカッコいい。
まあそんなことはどうでもいい。今は鬼猫娘になった尾崎さんを堪能しなければ。
「いいよいいよ尾崎さん!もっと胸を強調したポーズ取ってみようか!」
「取るわけないでしょ!さっきの感動が台無しです!」
「へっ?さっきの感動ってなに?」
「もう!知りません!バカ!」
ぷりぷり怒る尾崎さんにだっちゃがとことこと近づいた。
「やったにゃあ、はるか。はるかならボクのアーティファクトを受け止めきれるって信じてたにゃあ」
「だっちゃのアーティファクトって」
「ボクのアーティファクトは雷だにゃあ。だからあんな滝行みたいなことをする必要があったんだにゃあ」
「滝行…」
確かに滝みたいに雷を浴びていた。というかアーティファクトって形があるとは限らないんだ。その魔人を象徴する力や能力そのもの、って感じなのかな。ダンタリオンの場合は知識の結晶であるグリモワールで、だっちゃの場合は自由自在に操れる雷。
「だっちゃ、ありがとうございます。これでお姉ちゃんに対抗できます」
「どういたしましてだにゃあ。がんばるにゃあ、はるか」
「それよりだっちゃ、ごめんね。疑っちゃって…」
抱きかかえてアゴを撫でると、ゴロゴロと気持ちよさそうな音を鳴らしてくれた。
「にゃあ?何を謝る必要があるにゃ?はるかが攻撃されてると思うのも無理はないにゃあ」
「うーん、それでもごめん」
「人間は変なことで謝るにゃあ」
だっちゃが首をかしげている。なんだろうなあ、こういう感覚を伝えるってすごく難しいなあ。
「いつまで寝とるんじゃ!しっかりせんかい下僕よ!妾の力を授けて負けるなんて許されんぞ!」
「ツーサイドアップガールにはるかの新しいコスチュームを堪能させてあげてただけ。戦いはまだまだここからよ、ダンタリオン」
立ち上がったブラックメシアのマントはほとんど修復されて体に傷痕はない。だけどその足は震えて、なんだか無理をしているように見える。
まあ、あんな壮絶な一撃を間近で目の当たりにしたのだから、怯えるのも無理はない。
「お姉ちゃん、もう止めましょう。その、さっきので力の差っていうものを、わかっていただけたと思うんですけど」
尾崎さんが降伏を促した。確かに今の状態の尾崎さんが本気で戦ったら、マジでブラックメシアをミンチにしてしまいかねない。それはあんまりだ。
「そうだよ、ブラックメシア。大人しく降参しなよ」
「降参…」
ブラックメシアは鼻で笑い、マントをバサッと広げた。
「ワタシは誇り高き宵闇の女王、ブラックメシア!そのシメイを果たすまで、降参なんてあり得ない!最後まで死力を尽くして戦い、華々しく散ってやるわ!」
「お姉ちゃん…」
「この分からず屋め!」
ブラックメシアはマントを翼のように羽ばたかせ、尾崎さん目掛けて突っ込んでくる。
「へっ…!?」
「なになになに…!?」
と見せかけて、空中で魔球のようにカクっと角度を変えて、あたし目掛けて飛翔してきた。




