第二十九話 寺島さんが見てくれていれば、私は勇気百倍なんです
「貫きなさい、真紅の魔槍!」
ブラックメシアの投擲した槍に続き、周囲に浮いた槍がすべて尾崎さん目掛けて迫る。
同じ魔法でもダンタリオンのものと違い、狙いは正確無比。風を切る音も迫りくる勢いもまるで違う。ゴーカートとF1レースくらい違う。しかもその数は倍以上。
真紅の濁流のごとく襲いかかる魔槍を前にして、尾崎さんは手近にあった廃墟と化した教会の屋根を引っ掴んでぶん投げた。
「どっせえい!」
宙を舞う屋根が真紅の魔槍を薙ぎ払い、解体工事みたいな凄まじい音を立てながら削られていく。屋根バリアーは目覚ましい活躍を見せ、多くの魔槍を地に落としたが所詮は屋根。襲い来る暴力の群れには叶わない。
最後に残った十字架が無惨に貫かれ、真紅の魔槍が尾崎さんに牙を剥く。
「えいやあっ!」
猛禽類のように飛翔する魔槍を四番バッターみたいにハンマーを振ってカキンカキンと迎撃する。しかし一つ一つは軽くともいかんせん数が多すぎる。
全てを防ぎきることはできずに、ドレスのあちこちが切れて白い柔肌に赤い血が滲んでいる。ああ、その血をハンカチで拭き取ってあげたい。尾崎さんの血を拭き取ったハンカチにあたしの血も垂らして、義姉妹の契りを交わしたい。
「尾崎さん、だいじょうぶ!?」
「大丈ブイです寺島さん。このくらいかすり傷です」
Vサインをしながら不敵に笑う尾崎さん。だけどその息は荒くなっている。
そんな尾崎さんに対して、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なブラックメシアが乾いた拍手を贈った。
「さすがね、はるか。クリムゾンネイルを耐え切るなんて」
今の魔法、そんな名前だったのか。いや、ダンタリオンが首を傾げているからブラックメシアが即興でつけた名前に違いない。
即興でこんな中二ネームを思いつくなんて、さすが宵闇の女王様だ。
「だけどこれには耐えられるかしら」
コウモリの羽のように広げられたマントの内側が燃えるように赤くゆらめき、そこから次々と火球が生み出されていく。
漆黒の世界の中、煌々と灯る炎の群れ。ブラックメシアの顔が火球の放つ光に照らされ妖しく笑い、万軍を指揮するかのように腕を振るった。
「フレアラプソディー!」
今度は火球の群れが休む間も与えずに尾崎さんを焼き尽くそうと襲いかかる。
千本ノックのように襲いかかる無数の火球を尾崎さんは舞うような足さばきで避ける。しかし尽きることのない火球は避けきれるものではなくて、とうとう足を止めてハンマーを大振りした。ブワッと大気を震わせるほどの突風が巻き起こり、風圧に負けた火球が弾き返されていく。
弾き返された火球は迫りくる火球と衝突して爆発を起こし、ボンボンと景気よく漆黒の空に広がっていった。
「きれー、花火みたい」
「風流じゃのう」
あたしとダンタリオンがのんきに感想を言い合っているうちに、爆発に紛れた尾崎さんがブラックメシアの懐に迫っていた。尾崎さんの纏うドレスは爆発の余波を受けて所々が燃えて煤けて、露出した肌のあちこちが赤く焼けただれている。
脳筋の尾崎さん。遠距離での戦いは不利だと判断し、肉を切らせて骨を断つ作戦に打って出たのだろう。
ハンマーの届く距離。そこは尾崎さんの間合いだ。
「いっけえ尾崎さん!」
「チェストおおおぉぉぉ!」
尾崎さんが珍しくちゃんとした叫び声を上げている。しかもハンマーにはだっちゃをグチャグチャにしたときの、あの真紅のオーラがまとわりついている。
勝ったな。
「宵闇のカーテンよ」
ブラックメシアが腕を体の前で交差させると、広がっていたマントが翻り主を守るように閉ざされた。
「そんなマントなんかで防げるもんかよ!」
「いや、あれはそんなちゃちなもんじゃないにゃあ」
いつの間にか拘束を脱出しただっちゃが足元にいて険しい声を発した。
ハンマーとマントが衝突すると赤と黒の閃光が激しく飛び散り、金属同士が凄まじい力でこすり合わされるような甲高い音が鼓膜を揺さぶった。
「だあああぁぁぁ!」
雄叫びを上げるも尾崎さんのハンマーは勢いを失い、完全にマントに止められている。まとっていたオーラも色が薄くなり、まるでマントを覆う漆黒の闇に吸い込まれているように見える。
「どうして!?だっちゃもグチャグチャにした必殺技なのに!」
「普通の魔法少女相手だったらあれは確かに必殺技になったと思うにゃあ。だけど今、はるかのお姉ちゃんは魔人の力を借りた言わば魔人少女になっているにゃあ。扱えるマナの総量は魔法少女とは比較にならない、魔人をも凌駕する恐ろしい状態だにゃあ」
「そんな!あの姿は気分を高めるためだけのものじゃなかったの!?」
てっきり露出したことでハイになっているだけだと思っていた。露出すればするほど強くなる、特殊性癖なのだと思い込んでいた。それがまさか、そんな恐ろしい状態だったなんて。
「残念ながら虚仮威しじゃないにゃあ。魔人の力の源、アーティファクトを与えられたからにはもうただの魔法少女なんて赤子の手をひねるようなものだにゃあ。そう、ただの魔法少女では…」
「アーティファクトって、そうか、グリモワール…!」
体に埋め込んでいたのはただのパフォーマンスではなくて、しっかりと力を授けていたのか。くそ、てっきり中二病特有の謎儀式だと思い込んでしまっていた。
必死の形相を浮かべる尾崎さんに対して、ブラックメシアは優雅な微笑みを浮かべている。まるで子どもの遊びを見守る貴婦人のような。
ブラックメシアは親しい相手の肩に触れるような自然な動作で、ゆったりとハンマーに手を伸ばした。
「ダメだにゃはるか!攻撃をやめて逃げるにゃ!」
「えっ?」
「これはお返しよ。受け取って、はるか」
ブラックメシアの手のひらがハンマーに触れると、マントから赤いオーラが溢れてハンマーにまとわりついた。
そしてハンマーが意思を持って主に反旗を翻したかのように、尾崎さんをぶっ飛ばして粉々に砕け散った。
「ごはぁっ!」
魔法少女らしからぬ野太い悲鳴を上げて、瓦礫を撒き散らしながら地面を転がる。
「勝負あり、かしらね。はるか、あなたとのダンスなかなか楽しかったわ」
「尾崎さんっ!」
マントを広げて勝ち誇るブラックメシアに構わずもうもうと立ち込める粉塵の中に突っ込み、尾崎さんの姿を探した。いた。
尾崎さんは頭からどくどくと血を流し、ドレスはいたるところが破けて原型をほとんど留めていない。肌の露出した部分は切り傷や火傷や打撲の痕が痛々しく、まさに満身創痍だ。
「大丈夫、尾崎さん!?しっかりして!」
「て、寺島…さん…」
抱き起こして膝の上に頭を乗せると、尾崎さんの手が弱々しくあたしに向かって伸ばされた。
その手を握りしめると震えて冷たくなっている。
「尾崎さん、もうやめよう。あんな相手に勝てるわけないよ。お姉ちゃんなんだし、降参すれば許してくれるよ」
「いいえ…寺島さん…。私はお姉ちゃんを…止めなければなりません…。罪のない人々を…廃人にして…悲しみを振りまいている…お姉ちゃんを…。しっかりと懲らしめて…店長さんに謝らせて、社会復帰…させなければ…」
「尾崎さん…!それは妹のセリフじゃないよ…!」
尾崎さんは震える体で立ち上がろうとするも、力が入らないみたいでガクンと体勢を崩してしまう。とても戦える状態じゃない。魔法少女の回復能力を持ってしてもまるで追いついていない。
「はるか、どうしてもお姉ちゃんを懲らしめたいのかにゃあ?」
「ええ…もちろん…」
「それにゃら…」
だっちゃは尾崎さんの耳元に顔を寄せて何かをささやいている。尾崎さんはそれにうなずき、静かに目を見開いた。
「お願いします、だっちゃ…。それしか、お姉ちゃんを止める方法はないと思います…」
「お任せあれだにゃあ」
「待って、尾崎さん。何をするつもりなの」
あたしたちの真上にだっちゃが呼び寄せた雷雲が広がり、稲光がゴロゴロと腹の底を揺さぶる不吉な音を立てている。
「寺島さん…」
尾崎さんは震える足で立ち上がり、支えようとしたあたしを突き飛ばした。
「見守っていてください。寺島さんが見てくれていれば、私は勇気百倍なんです」
優しく微笑む尾崎さんを、漆黒の空を走る一筋の稲妻が貫いた。




