第二十七話 ようこそ、決戦のバトルフィールドへ
中二病コンビにもその自覚はあるのか、ちょっと照れくさそうな顔をしながらそれぞれの獲物を両手に持ち直してもじもじしている。ブラックメシアは足でさり気なくゴミ袋をすみっこに追いやり、ダンタリオンは素知らぬ顔で段ボールぶとんを暗黒空間に収納した。
「悪魔ダンタリオン、ですって…!?」
尾崎さんはそういうのはあまり気にならないタイプなのか、素直に顔に驚愕を浮かべている。いいなあ、あたしも素直に悪魔に感激したかった。
「ククク、そう、悪魔ダンタリオン。ソロモン七十二柱の悪魔にして三十六の軍団を率いる魔界の大公爵。あらゆる学術に精通し人の心を読み取る能力を持つ、奸智に長けた狡猾なる大悪魔よ!」
お姉ちゃんがノリノリの早口で説明すると、ダンタリオンはふふんと勝ち誇ったような顔をして腕を組んだ。ああ、短い腕で頑張って腕組みする幼女、萌える。
「悪魔と契約って、ちょっとお姉ちゃん!騙されたりしてないよね!?実は魂を対価にしているとかないよね!?」
尾崎さんはそんなウィキペディアみたいな説明よりも、悪魔と契約を交わしたことが気になって仕方がないみたいだ。確かに悪魔はとんでもない契約を押し付けて魂を奪ったりするイメージがある。よく読まないと気がつけない注意書きみたいに悪質だ。
「ふっ、馬鹿にしないでちょうだいはるか。ワタシは自分の意志で選び取ったの。偽りのアマテラスでなく、真実を教えてくれるダンタリオンをね」
うわあ、すっごく騙されていそうなセリフ。騙されている人ってたいてい自分で選んだって思い込んでるもんなあ。選ぶように巧みに誘導されているのに気がつかないで、自分の意志でそうしたかのように。
その証拠にほら、ダンタリオンすっごく悪い顔してほくそ笑んでるもん。でも騙してるやつがそんなわかりやすい顔するわけないか。ないよな…?
「アマテラス様が私たちを騙している、って言いたいんですか?それはお姉ちゃんでも聞き捨てならないです」
静かな声とは裏腹に、尾崎さんは鈍器ステッキを構えて臨戦態勢を取っている。ハンマーモードにしないのはメゾンドヘブンが天に召されてしまうのをおもんぱかってのことだろう。
「初ねはるか。与えられた情報だけが全てとは限らないのよ」
「お姉ちゃんだって、その悪魔から与えられた情報を鵜呑みにしているだけでしょう。闇魔法少女なんてくだらない。私が目を覚まさせて社会復帰させてあげます」
「ククク、やってごらんなさい。だけど舞踏会にはワタシのお城はちょっと手狭ね」
「いや、ちょっとどころじゃないでしょ」
女子高生二人、社会不適合者一人、幼女一人、猫一匹が入っているだけで狭苦しい。これのどこがお城だと言うのか。
「ダンタリオン」
「ふん、妾に命じるでない。グリモワール」
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ダンタリオンはグリモワールに呼びかけた。すると宙に浮いたグリモワールのページがパラパラとめくれて、禍々しい黒い霧が溢れ出した。
「なっ、なに…!?」
「何も見えない…!」
「にゃあー、真っ暗だにゃあ!」
目の前を覆い尽くす黒霧が晴れていくと、そこにはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。
「なっ、なんじゃこりゃあ!?」
地獄、冥界、魔界。そういった言葉がぴったり当てはまりそうな禍々しい空間。
空には血の池に三日三晩浸したような赤い月が浮かび、広がる黒雲が太陽の光を閉ざしている。周囲には戦争の跡地みたいな瓦礫の山と廃墟が広がり、足元は黒い霧に覆われていてよく見えない。靴下の心もとない足には乾いた土のような感触がする。十字架が屋根に乗った、かつては教会だったと思われる廃屋がどこか物悲しい。
すこし離れたところを瓦礫の間を縫うように川が流れ、その水は鮮血のような真紅。川の周囲には毒々しい色をした刺々しい植物がはびこり、黒炭のような色をした木が生えている。葉のない木にぶら下がる実は生々しい色をして、人の顔のように見える。
その木のひとつにだっちゃが吊るされて、降ろせにゃあと元気に鳴いているのがちょっと癒される。
「ようこそ、決戦のバトルフィールドへ」
ブラックメシアがイキイキとした顔で両手を広げている。頬がほんのり紅潮し、まるで温泉に入ったかのように血色が良い。
ブラックメシアだもんな。暗くて中二病な感じの場所に実家のような安心感を抱くのだろう。
「マナで作り出した仮想空間。なるほど、現実から切り離されたこの場所なら気兼ねなく踊れますね」
「ええっ、そんなこともできるんだ。ほんとマナって便利だねえ」
尾崎さんは不敵な笑みを浮かべて鈍器ステッキを構えている。さすがに姉相手にハンマーは使わないらしい。あれで殴ったらブラックメシアなんてたぶん一発でぺちゃんこになってしまう。さすがにそれはあんまりだ。魔法少女のすることじゃない。
「ふふふ、小娘よ。妾とブラックメシアの二人を相手に、どこまで威勢の良いことを言っていられるかのう」
魔導書グリモワールが妖しげな光を放つと川を流れる赤い水が無数の球体となって浮かび上がり、従者のようにダンタリオンに付き従った。
球体は産声を上げるかのように硬質な音を立てながら赤い槍へと形を変え、禍々しく光る穂先を尾崎さんに向けた。
「貫け!真紅の魔槍よ!」
ダンタリオンの命を受け漆黒の空を飛翔する真紅の魔槍たち。それは紅い凶鳥の群れのようだった。
「尾崎さんっ!」
「くっ!」
身構える尾崎さんの頭上を真紅の魔槍はゆうゆうと飛び越えて、空の彼方へと消え去っていった。ひこうき雲みたいに真紅の尾を引いてキラリと光り、空を彩るお星さまになった。
「な、なんてノーコン…」
「綺麗なお星さまになりましたね…」
「うっ、うるさい!わ、妾は知識の大悪魔だからいいのじゃ!そう、妾は参謀なのじゃ!軍師なのじゃ!つまり戦いなどという野蛮なことは、下僕たるブラックメシアの務めなのじゃ!」
「はいはい、よくがんばったわね」
涙目になってじだんだを踏む大悪魔の頭をぽんぽんとたたき、ブラックメシアはやれやれとため息をついている。魔人にも戦闘向きとそうでないのとかあるのかな。
「当たらなかったとは言え、お返しはきっちりしなければですね。先に厄介そうな知識の大悪魔さまを無力化させてもらいます」
尾崎さんは堂々と宣戦布告すると、上腕二頭筋をしならせて鈍器ステッキを軽やかに振り回した。ステッキの先端についたハートの飾りがきらめき、シャラシャラと澄んだ音色を立てて星型の光弾が発射される。
そうそうこれこれ、魔法少女の魔法ってこういうきらびやかでラブリーなものだよ。ハンマーと金棒で殴り合うなんて野蛮なのは、魔法少女にあるまじき野蛮な戦い方なんだよ。
虹色の尾を引く光弾のなんて心安らぐことか。
「切り裂け、スラッシュヘイロー!」
と思っていたら尾崎さんの掛け声とともに光弾が星型からギザギザとノコギリ状の刃をつけた、凶悪極まりない光の輪に変化した。チェーンソーのような唸りを上げながら、必殺の勢いでダンタリオンに襲いかかる八つ裂き光輪たち。
「ああっ!幼女が八つ裂きに…!?」
あわや大惨事かと思いきやブラックメシアが立ちはだかり、大鎌の一閃が群がる光輪を切り落とした。
「うおっ!眩しっ!」
切り裂かれた光輪はまばゆい光を放ち、離れた位置で観戦していたあたしでも一瞬目がくらんだ。
間近で閃光を受けたブラックメシアとダンタリオンは尚更だろう。
「くっ!ずいぶんとエレガントさに欠ける魔法を使うのね、はるか!」
「おのれ!目眩ましとはチョコザイな!」
よろめくブラックメシア目掛けて尾崎さんは一瞬で肉薄している。
「勝てばいいのよ!」
どっちが悪役かわからないセリフを放ちつつ、脳天をかち割らんばかりの勢いを乗せて鈍器ステッキを振り下ろした。鈍器が風を切るいい音が聞こえるなんて、尾崎さんは本気だ。
ブラックメシアは大鎌の柄を横にして間一髪のところで防いでいる。しかし閃光の衝撃が残っているのか、元から非力なのか、徐々に押し負けて顔面にラブリーなハートの飾りがジワジワと迫っている。
「あばばばば!肩がもげそう…!なんて馬鹿力なの…!」
「あんな店長さんが間近にいるのに筋トレしないなんて!成長しない女ね、お姉ちゃんは!」
尾崎さんのカモシカのようなしなやかな筋肉がついた腕と、ブラックメシアの枯れた木の枝みたいな腕。力の差は歴然で、まさか姉妹対決がこんな終わり方をしてしまうと言うのか。
魔法少女と闇魔法少女の戦いがフィジカルの差なんていう、脳筋賛美みたいなことで終わってしまって許されるのか。
しかし現実は無情で、ブラックメシアの握る大鎌の柄はミシミシと悲鳴を上げてたわみ、今にも折れてしまいそうになっている。
「ブラックメシアー、その辺で降参しときなよ。このままじゃ頭に鈍器でおだぶつだよ」
顔面スプラッターはもう見たくないので降伏を促した。
「お黙りなさいツーサイドアップガール!勝負はまだまだこれからよ!ダンタリオン!なまけてないで手伝いなさい!」
「カカカ!貴様の脳天がかち割られる様を見ながら美酒に酔うのもまた一興!」
右手にはグリモワール、左手には真っ白な液体、たぶん牛乳が入ったワイングラスを掲げ、知識の大悪魔はなんとも優雅だ。
「ふざけないで!いいから力を貸して!お願い早く!死ぬ!妹にミンチにされてしまう!」
対するブラックメシアは必死の形相で、涙目になって軽く鼻水を垂らしながら踏ん張っている。妹にミンチにされてしまう、って初めて聞いたな。
「やれやれ、仕方ないのう。スイーツ王国のシュークリーム五つで手を打とう」
「ああもう、何十個でも買ってあげるから!」
「契約成立じゃな。その言葉違えるでないぞ」
ダンタリオンはニヤリと笑うとグラスを暗黒空間に放り投げ、グリモワールを両手に持って広げた。
そして朗々たる声で、中二心をくすぐる詠唱を始めた。




