第二十六話 妾の眠りを妨げるとは、万死に値するぞ
推定年齢二十歳前後のフリーター兼闇魔法少女を名乗る女性の自宅アパートの押し入れにて、年端もいかぬ幼女を発見。
「お、お姉ちゃん…いくらさみしいからって、ついに誘拐なんて…」
嗚咽を漏らす尾崎さんの肩にそっと手を添えて、あたしはスクールバッグからスマホを取り出した。
「とりあえず警察、かな…」
「待って落ち着いてあなたたち。酷い誤解をしている。通報はやめてちょうだいお願いします」
お姉ちゃんはサッと顔を青ざめさせた。他にも後ろ暗いことがあるのかもしれない。なんせ闇魔法少女だから、いろいろ違法なことをしているに違いない。脱税とか。
「誤解って、幼女をドラえもんみたいに寝させてる人に言われても」
「いいえ、寺島さん。段ボールぶとんで寝かせているなんて、こんなのドラえもん以下の扱いです」
「だ、だってしょうがないでしょう。それが本人たっての希望なんだから」
「ウソつけ!幼女が段ボールで寝たいなんて言うもんか!」
「ああ、かわいそうに…。ご飯だってろくなものをもらえなかったでしょうに…。こんなのネグレクトです…」
「だから違うの!人間じゃないのよこの子は!」
「人間じゃないなんて、そんなこと言うあんたの方が人間失格だよ!」
「そうです!社会不適合者の上にロリコンだなんて!恥を知りなさい!身内として成敗しますよ!」
「ううっ…なによふたりして…ほんとうに違うのに…」
ぺたんと女の子座りしてメソメソと泣き出してしまったお姉ちゃんをかばうように、幼女に近寄ってスンスンとにおいを嗅いでいただっちゃが声を上げた。
「二人とも落ち着くにゃあ。お姉ちゃんの言っていることはほんとだにゃあ」
「ほんとうって、どういうことだっちゃ?」
「いったい何が本当なのだっちゃ?」
だっちゃに呼びかけたらあたしと尾崎さんの語尾がそれっぽくなってしまった。ついつい言いたくなってしまう、だっちゃの罠だ。
「この子は魔人だにゃあ」
「魔人って、この金髪幼女が?」
「あっ、寺島さん。だっちゃのマナ反応に紛れて気がつきませんでしたが、確かにその子からもマナ反応が出ています。眠っていたからわからなかったのかな…」
あたしたちは顔を見合わせて、女の子座りでシクシク泣いてるお姉ちゃんの肩をたたいた。
「なんかごめん、疑っちゃって。でも信用ってさ、社会的な肩書きに裏打ちされるものだから…」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。だけど私、心の中ではお姉ちゃんのこと信じてたよ」
「はるかは欠片も信じてなかったでしょ!?社会不適合者でロリコンで恥さらしな姉って、ワタシのことそんな風に思っていたのね…」
「や、やだなあ、言葉のあやだよ、あれは…」
「いいえ、あやじゃない。あれがあなたの本心よ。ああ、ますます暗黒面に堕ちてしまう…」
ブレない中二病発言をするお姉ちゃんにかける言葉を失っていると、すやすや眠っていた金髪幼女がふわあと大きなあくびをした。
「もう、なんじゃお主ら。妾の眠りを妨げるとは、万死に値するぞ」
段ボールぶとんから起き出して眠たそうに目をこする金髪幼女の服装を見て、目が点になった。
「ルネッサンス…?」
金髪幼女が着ていたのは中世ヨーロッパの貴族が宮廷の晩餐会とかで着ていそうな華やかなドレス。
色はヒスイのように上品な緑色で、首元はシャンプーハットみたいな襞襟で覆われている。ふんわりと広がった袖口には純白のフリルが花咲き、小さなおててがちょこんと出ているのがかわいい。ついついおててを繋いで保護したくなってしまう。
スカートはつま先が見えなくなるくらい長く、ユリの花のようにふんわり優雅に広がっている。あれって歩くときに裾引きずっちゃわないのかな。裾を持ち上げてあげたい。もしくは歩かなくていいようにだっこしてあげたい。
金髪幼女の顔立ちは華やかなドレスに負けないくらいに整っていた。月次な表現だけど、まさしく西洋人形のように。
アーモンド型の大きな目はエメラルドのような深い色彩を帯びて神秘的。ツンと尖った鼻には高貴さが現れている。桜貝のような唇は小さく可憐。肌は大理石のように白く滑らかで、ほっぺたをぷにぷにしてみたくなる。
「お、お持ち帰り、したい…!」
「寺島さんのほうがよっぽど危険人物ですね…」
「ツーサイドアップガールのほうがよっぽどロリコンのようね…」
しまった。つい心の声が漏れ出て、尾崎姉妹からツンドラのごとく冷気溢れる視線を注がれている。
「尾崎さん、気をつけて!こいつただならない魔人だよ!」
「そんなこと寺島さんに言われなくてもわかっています」
この上なく冷めた声で言いつつ尾崎さんはパッと光って魔法少女に変身した。毎回思うけど、なんかもっとお色気変身バンクとかないのかな。一瞬パッと光って次の瞬間には魔法少女だから、なんだか味気ない。
「ふむ、魔法少女、アマテラスの犬か」
金髪幼女は枕代わりに使っていた分厚く古めかしい本を右手に持った。黒ずんでデコボコとした本の表紙はどこか禍々しく、人の皮膚のような質感をしている。デコボコが耳や鼻や唇といった顔のパーツに見えないこともないけど、まさかね。
「グリモワール」
幼女が本に向かって呼びかけるとひとりでにページがめくれて、あるところでぴたりと止まった。
「なるほど。お主が尾崎かなたの妹、尾崎はるか、魔法少女ピースメイカーハルカ。齢は十六。誕生日は三月三日のひな祭り。血液型はA型。身長162センチで体重は58キロ。ほほお、これはなかなか。スリーサイズは上から94のGカ」
「待って!やめて!なんなのあなた!?どうして私の個人情報をそんなに正確に把握しているんですか!?怖い!」
あたしの目に狂いはなかった。このボリューム感、やはりGカップ。
鎖骨の下あたりでハート型に切り取られた布地から覗く谷間を舐め回すように見つめると、尾崎さんは顔を真っ赤にして手で隠そうとした。だけどたわわなGカップは隠れきれずに、手ブラみたいになって逆にエロい。恥じらわれるとますます見たくなってしまう。
「はるか、あなたワタシを差し置いてそんなにも成長を…!乳デカ成分をワタシから吸い取ったのね!この人でなし!」
「何を言っているのお姉ちゃん!?」
お姉ちゃんはぐぬぬと唇を噛みながら進撃の巨人の壁みたいな胸元を手で押さえた。
「安心してブラックメシア!あなたの良さはむちむちの下半身だから!」
「なっ、なんなのこの変態!?」
おかしい、慰めようとしたはずなのに罵倒されてしまった。だけどそれはそれでいい。珍しくお姉ちゃんが顔を真っ赤にしていてかわいい。
部屋着が女子力ゼロのヨレヨレでくたびれたグレーのスウェットなのが悔やまれる。早くお姉ちゃんも変身してくれないかな。ミニスカニーソで太ももむちむちなゴスロリ闇魔法少女に。
「にゃあー、なんにゃのにゃその本は。ちょっと見せてほしいのにゃあ」
マイペースなだっちゃは金髪幼女の持つ本に興味津々なようで、まねき猫みたいに手をにゃんにゃんしている。ふふっ、もうすっかり猫だな、だっちゃ。
「やめんか貴様。これは貴様のような下賤な獣が触れていいものではない。これは妾の持つ知識の全てが記されている稀代の魔導書グリモワール。この世に一冊しかない大変高貴なる書なのじゃ」
「ええー、そんにゃあ。ケチケチせずに見せてにゃあ」
「ええい、うっとうしい獣めが。グリモワール、縛れ」
金髪幼女にまとわりつくだっちゃの周囲に手鏡くらいの大きさの暗黒空間が開き、鎖が飛び出してだっちゃの四肢を拘束した。
「にゃっ!?にゃんだにゃんだあ!?」
だっちゃがもがいても鎖は外れず、ジャラジャラと金属質な音を立てるばかり。
「だっちゃ!?」
「あなた、いったい何者ですか!?」
「ククク…」
いつの間にか変身していたお姉ちゃん、ブラックメシアが金髪幼女の隣に並び、大鎌を振り上げてカードゲームのイラストみたいなポーズを取った。スーパーレアくらいの迫力だ。
「彼女こそワタシが新たに契約を交わした魔人。いや、知識の悪魔、ダンタリオンよ!」
金髪幼女、いや、知識の悪魔ダンタリオンもブラックメシアに合わせるように魔導書グリモワールを宙に浮かべて広げ、スカートの裾をふわりと舞い上がらせてそれっぽいポーズを取った。
どちらもこれでもかとドヤ顔をしているものの、二人の背後には押し入れの段ボールぶとんが見え隠れし、周囲には中身がパンパンに詰まったゴミ袋が転がり、見事なまでに雰囲気を台無しにしている。もはやそれっぽいコスプレにしか見えない。
ちくしょう、せっかく知識の悪魔ダンタリオンなんていう中二心をくすぐる存在のお目見えだって言うのに、こんなシチュエーションじゃ台無しだ。




