第二十四話 居留守ってレベルじゃないですよ!
なに、これは。戦前に建てられたと言われても驚かないレベルのほぼ廃屋だ。
全体的にちょっと傾いて見える木造二階建て。草刈りもろくにしていないのか、敷地内は膝丈ほどの雑草や野の花がぼうぼうに生い茂っている。虫が飛び撥ね鳥がそれをついばみに急降下してくるまさに弱肉強食、野生の王国。元は白塗りだったであろう外壁は全体的に黄ばんだり黒ずんだりしており、天井付近にはクモの巣がはびこっている。
さらに木製の玄関扉はもれなく板を打ち付けて補強してある。もちろんインターホンなんて洒落たものはついていないし、監視カメラなんていう防犯意識の高いものも見当たらない。防犯性皆無なように見えるが、このアパートに入る空き巣はまずいないだろう。
玄関扉にはめ込まれたすりガラスにはひびが入ったり、小さな穴が空いたりしている。冬とか隙間風が寒そう。直さないのかな、あれ。
洗濯機が玄関の横に置かれている家もあるが、クモの巣が張ってあったりほこりをかぶったりで、使われている様子はない。たぶん以前の住人の置き土産なのだろう。
鉄骨で組まれた階段は手すりが損壊して非常にデンジャラスな状態になっている。足腰の弱いご老人が使ったらうっかり落下して天国まで一直線だろう。まさかメゾンドヘブンの名前の由来って、そうゆうことなのか。
「尾崎さん、お姉ちゃんの部屋って何号室だっけ?」
「202号室です、寺島さん」
顔を見合わせて深々とため息をついた。どうやらあたしたちはこの天国への階段を上らなければならないらしい。
「ねえ、ここから大声で呼びかけちゃだめかな。磯野ー野球しようぜー、って感じで、出てこいブラックメシアーって」
「ダメに決まってるじゃないですか寺島さん。昭和の少年じゃあるまいし近所迷惑です」
「ですよねー」
手すりが機能せず足場がぐらつくスリリングな階段を冷や汗をかきながら上りきり、202号室の前に立った。
ドア横についたチャイムをじゃんけんに負けた尾崎さんが押すと、ダチョウの断末魔みたいな音が鳴ってビクッとなった。
「チャイムのクセが強い…」
「私この音、寝る前に思い出しちゃいそうです…」
「耳がキーンってなる音だにゃあ…」
不平不満を言いながら待つものの、うんともすんとも反応がない。
それにしてもこのアパート、全体的になんかちょっと臭い。かび臭いような、生臭いような。うう、できれば早いとこ退散したい。
「留守なのかな?」
「いえ、そんなはずありません。家の中にお姉ちゃんのマナ反応があります」
言いつつ尾崎さんはドアをどんどんと叩いた。今日の尾崎さんはアグレッシブだ。
「いるんでしょお姉ちゃん。私、はるかだよ。店長さんから聞いたよ、バイト無断欠勤したって。何があったかわからないけど、とりあえず出てきて話を聞かせてください。心配です」
「まるで尾崎さんがお姉ちゃんみたいなセリフだ…」
「言わないでください、寺島さん。情けない気持ちになります…」
尾崎さんが大きなため息をつくと、ようやく家の中から物音が聞こえてきた。
防音性皆無なのか、たんたんと足音が近づいてきてガチャっと鍵をいじる音が丸聞こえだ。
ようやく玄関が開くかなと思いきや、足音は再びたんたんと家の中に向かって遠ざかっていく。
あたしと尾崎さんは顔を見合わせてドアノブをひねった。ガチャガチャと音がするだけで、玄関扉はいっこうに開かない。
「あの腐れ中二病!わざわざ鍵かけやがった!」
まさか鍵を開けた音ではなくてかけた音だったなんて。ブラックメシアめ、なんていう引きこもりガチ勢だ。
「お姉ちゃん!それはないでしょ!居留守ってレベルじゃないですよ!」
「あ、あなたたちこそ反則よ!家に押しかけて来るなんて!ここはワタシの聖域なのに!」
なんだこのアパート。部屋の中と外とは思えないほどクリアな音質で会話ができる。
「こんなボロ屋のどこがサンクチュアリだよ!いいからバイト先に行って店長さんに謝れバカヤロー!」
「そうですよお姉ちゃん!私すっごく恥ずかしかったんだからね!」
二人してドンドンとドアを叩くとちょっとぐらついたので慌てて手を止めた。あたしでも本気を出したら蹴破れてしまいそうだ。メゾンドヘブン、家賃はいったいいくらなんだろう。きっと近辺の最安値に違いない。
「学生のあなたたちにはわからないわ!社会人の辛さが!資本主義にひれ伏す屈辱が!」
「バイトのくせに社会人を名乗って資本主義を語るな!いいから出てこいブラックメシア!」
「店長さんから明日のシフトはちゃんと出ろよ、って伝えるように頼まれたんだよ私たち!あんないい店長さんいないよ!ねえ、今からでも謝りに行こうよお姉ちゃん!私たちも付き添ってあげるから!」
「妹とその友だちに付き添われてバイト先の店長に謝りに行く姉がどこにいるのよ!そんな恥さらしなまねはワタシのプライドが許さない!あんなとこバックレてもっといいバイト先を見つけてやるわ!」
「ダメだこいつ、生粋の社会不適合者だ…」
呆れて物が言えない。こんなやつバイト先を見つけられずに野垂れ死ぬか、デスメタル魔法少女にやられちまえばいいんだ。
「こんなやつほっといて帰ろう、尾崎さ…」
いつの間にか隣には魔法少女が立っていた。
ハンマーを構えて振りかぶっている脳筋系魔法少女が。
無言でハンマーをぶん回し、元から半分くらい壊れていた玄関扉を完全に破壊した。
会心の一撃を受けた玄関扉は部屋の中にぶっ飛ばされ、お姉ちゃんの目の前の畳にザックリ突き刺さった。
「ひっ、ひい…!」
腰を抜かしてへたり込んだお姉ちゃんはよれよれの部屋着姿で、ご開帳された狭い部屋にはものすごい生活感が漂っている。
ここでひとつ、ブラックメシアの聖域をご紹介しよう。
まず玄関入ってすぐが板張りになった狭いキッチン。ガスレンジ付きの流し台には汚れた食器がうず高く積まれ、調理台には弁当やカップ麺の容器が散らばっていて汚い。単純に不潔。黒くてテカテカしたアレがいそう。いや、この飲み屋街が連なる通りの裏路地みたいな臭いは間違いなくいる。
キッチンの奥は畳敷きの居室で六畳くらいの広さ。家具はこたつテーブルと小さな本棚くらいなもので、万年床が敷きっぱなしになっている。奥には押し入れらしきふすまが見えるのに、なぜ布団を畳んで入れないのか。これがわからない。こっちも当たり前のようにスナック菓子の袋やペットボトルや脱ぎ散らかした衣服の類が散乱している。
「汚部屋に住む闇魔法少女って、萎える…」
「お姉ちゃんが家にいたころの部屋にそっくりです…」
「か、勝手に押しかけといて失望しないでくださる!?」




