第二十三話 「えっ、無断欠勤、ですか…」
放課後、さっそく果たし合いを申し込もうとブラックメシアのバイト先であるマッスルシンガーに行くと、まさかの事実を聞かされた。
強面ゴリマッチョの店長さんが眉を寄せて極太な腕を組んでいる。すごいや、エプロン越しにも発達した大胸筋がよくわかるや。裸エプロンに見えるのは気のせいだよね、タンクトップだから見えづらいだけだよね。ちゃんと服着てるよね、この人。
「ええ、そうなんですよ。昨日ちょっと客とトラブルがあって叱ったからそのせいかもなあ。ったく、最近はやっとこういうことがなくなってきたと思ってたのによお…」
「あ、あの、まさか姉は、こういったことを度々繰り返しているのでしょうか…?」
地雷原とわかっていて足を伸ばすかのように尋ねる尾崎さんに、店長さんは我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。
「入ったばかりのころから何度も何度もありましたとも。指示を受けないと動かなかったり、わからないことがあっても聞かなかったり、お客の前でお地蔵さまになっちまったりとか。そういのがあって指導するたびに辞める辞める言いやがって。まったく、あの根性なしめ…」
「はあー、そりゃダメっすね」
マジでなにやってんだよ、ブラックメシア。まったく、親の顔が見てみたいもんだ、って尾崎さんの親とおんなじか。是非ともご挨拶にうかがいたい。
「うん、あいつはほんとダメだなあ。声も小せえし、目を見て挨拶もしねえし」
「うぅ…」
姉の悪評を聞かされて尾崎さんの肩身がみるみるうちに狭くなっていく。まさに穴があったら入りたい心境だろう。あたしの穴ならいつでもあいてるよ、っていけない。愛実みたいなことを思ってしまった。
「代わりにお前さんうちでバイトしないかい?声もデケえしちゃんとやってくれそうだ」
無駄に声がデカいのは昔からで、元気がいいねえとそれだけはよくほめられたものだった。
「いやあ、ありがたいお誘いですけどうちは肉屋やっててその手伝いとかあるんで」
それに尾崎さんと過ごす貴重な放課後タイムが減ってしまう。
「そうか、そりゃ残念」
「あの、誠に申し訳ありません。ふつつか者の姉がとんだご迷惑をおかけして…」
恐縮しきった様子の尾崎さんに頭を下げられて、店長さんは慌ててぶんぶんと手を振った。手を振るだけで扇風機みたいな風が巻き起こる。ちょっと生ぬるくて、意外とフローラルな香りがする。総合的に判断してちょっぴり不快指数が勝る風だ。
店長さんは人力扇風機にはなれそうにない。
「いやいやいや、妹さんが謝るようなことじゃねえから顔を上げてくれよ。まあ、とにかくそういうわけであいつはいねえんだ。せっかく来てくれたのに、なんかごめんな」
「いえ、悪いのは全面的に姉ですので。ほんとすいません…」
みんなして渋い顔になって盛大にため息をついた。
まったく、この場にいないのにこんなに空気を淀ませるなんて見上げたやつだ。さすが闇魔法少女。
しかしこのまま何の収穫もなしで帰ってはあのデスメタルな後輩、外浦あずきに先を越されてしまうかもしれない。
あいつの実力がどれほどのものかはわからないけど、尾崎さんはできれば自分の手でケリを付けたいだろう。
「ねえねえ店長さん、お姉ちゃんの住所教えてくれませんか。うちらで様子見てくるんで」
「うーん、最近は個人情報とかあれなんだが妹さんなら問題ねえか。あいつに会えたら明日のシフトはちゃんと出ろよ、って伝えといてくれませんかね」
「店長さん…ありがとうございます…!こんなにも不義理な姉を解雇しないでくれて…!」
瞳をうるませて頭を下げる尾崎さんに、店長さんはスキンなヘッドをぽりぽりとかいた。
「まあ、根は悪いやつじゃねえからな。あいつなりにいまの自分変えようとして、頑張ってるのもわかるし。できるだけ応援してやりてえじゃねえか、そういうやつはよ」
「店長さん…」
こんなにも男気あふれる人なんて知らなかった。ごめんなさい、影で筋肉原理主義者って呼んでて。これからはちゃんと心の中でも店長さんって呼ぶね。
♡
「ふうー、やっと顔を出せたにゃあ」
人の少ない住宅街に出たのでバッグを開けてやるとだっちゃがひょっこり顔を出した。
「ごめんごめん。息苦しかったよね」
「別にそうゆうのはないにゃあ。ボクは呼吸する必要もないんだにゃあ」
「へえ、なんて便利なやつ」
飯も食わないし排泄もしないし呼吸もいらないって、魔人ってつくづくトンデモ生物だ。
てきとうにだっちゃをじゃらしつつ、一足先を歩く尾崎さんの背中を見つめた。スマホのナビを見ながら歩いているとはいえ、とても静かだ。
まあ、そうだよね。まさか姉がバイトを無断欠勤してるなんて、思いもよらないからね。
果たし合いを申し込みに行ったのに、姉がバイトを無断欠勤してたときにかける適切な慰めの言葉ってなんだろう。めっちゃ難しい。
「はるかはやけに静かだけど、どうしたんだにゃあ?」
あたしたちを振り向いた尾崎さんは珍しく微笑んでいた。だけどなんだろう、目が笑っていないように見えるのは気のせいだろうか。
「ごめんなさい。どうしようもない社会不適合者の姉を、どう折檻したものか考えていました」
あっ、気のせいじゃない。声の圧が強い。尾崎さんたぶん本気で怒ってる。
「へっ、へえ、それはジャマして悪かったにゃあ」
「いえ…」
尾崎さんは口数少なく前に向き直り、足早に歩き出した。背中から鬼のような闘気が立ち上っているのは気のせいだろうか。
だっちゃにも見えているのかやけに大人しくなり、心配そうにあたしを見上げてきている。しおらしいだっちゃもこれはこれでかわいい。
「ねえ、寺島さん」
「なあに、尾崎さん」
呼びかけられたので隣に並ぶと、尾崎さんは眉尻を下げて落ち込んだような顔をしていた。
「私、本当に嬉しかったんです。魔法少女になると言って家を飛び出したお姉ちゃんがバイトをして、社会復帰できていたのが。お母さんやお父さんにも話せるといいなって思って、前みたいに一緒に暮らせるようになればもっといいなって、思っていたんです。アカミーも喜ぶだろうし…」
「うん…」
アカミーってなんだっけ。あっ、お姉ちゃんの置き土産のミシシッピアカミミガメか。亀ってそんなに人に懐くイメージないな。
「だけどそれがこんな、せっかく雇ってくださった店長さんに不義理を働いているなんて…。しかもその上、人様に迷惑をかけている闇魔法少女だなんて、本当に情けなくってしょうがないです…」
「尾崎さん…」
肩に手を添えると尾崎さんは大きく息をついた。
「なんて、ごめんなさい、寺島さん。ちょっとグチっちゃいました」
「ううん、いいよ尾崎さん。尾崎さんそういうの全然言わないし、もっと言っていいんだよ。ふざけんなよバカ姉とか、何が闇魔法少女だこの中二病とか、バイトサボってんじゃねえぞ社会のゴミとか、いくらでも言っていいんだよ。あたし尾崎さんのグチなら喜んで聞くし」
「寺島さん…」
尾崎さんはふっと優しく笑ってそっぽを向いた。
「私そんな口悪くないです。寺島さんじゃないんですから」
「えっ、ひどっ!あたしそんなに口悪いかな、だっちゃ?」
「ボクはカワイイにゃんこだからよくわかんないにゃあ」
「もう、都合が悪いとすぐネコになってごまかすんだから」
そんなくだらないことを言い合っているうちに、尾崎さんの顔つきがやわらかくなっていった。
よかった、このままじゃお姉ちゃんを悪即斬して天誅を下しそうな雰囲気だったからちょっと安心した。
『目的地に到着しました』
ナビを任せていた尾崎さんのスマホから到着を告げられて、あたしたちはぽかんと口を開けた。
「えっ、間違い、じゃないよね…」
「はい…ここ、のようですね…」
「お化け屋敷みたいでワクワクするにゃあ」
目を輝かすだっちゃの言う通り、ようやく辿り着いたブラックメシアの住処『メゾンドヘブン』は、今にも崩れそうなボロアパートだった。




