第二十二話 ベンケイがスタンドアップしてるね!
昼休みになるとともにひっそりと教室を抜け出した尾崎さんの後を、あたしはこっそりとつけていた。だっちゃはうるさくなりそうだったしマナサーチに引っかかってしまうので、お姉さまと慕う愛実に預けてきた。
だっちゃは愛実にすっかり骨抜きにされて、借りてきた猫みたいに大人しくなっている。愛実のテクニックは魔人をも魅了するらしい。恐るべき性技の達人、愛実。
それはともかく尾崎さんだ。
尾崎さんを尾行すると体育館裏に着いた。するとそこにはやっぱり黒髪マッシュが待ち受けていた。
「来たね、尾崎ハルカ。いや、魔法少女ピースメイカーハルカ」
ドクロの指輪をはめた指を突きつけられて、誰も知るはずのないその名前で呼ばれても尾崎さんは動揺していない。
ということはやっぱり、彼女も魔法少女の関係者なのだろう。
カラオケでの落ち着いた対応がやけに気になって頭に残っていた。目の前で友だちのヨシキが謎のコスプレ女に切られたはずなのに、彼女ひとりだけ動揺の色を見せずにいたから。
「まさかこの学校に、私以外にも魔法少女がいたなんて知りませんでした」
それでも尾崎さんの口からそれを聞くとそれなりの衝撃があった。
女子高生魔法少女がまさかもうひとり、うちの学校にいたなんて。どうしよう、また推しが増えてしまうかもしれない。
「ミーは外浦あずき。魔法少女になったばかりのニューカマーだから、ユーが知らないのも無理ないよ。ちなみに一年生だからそっちでもユーがセンパイ。よろしく、ハルカセンパイ」
へえ、後輩魔法少女かあ。いいじゃん。ルー語っぽい喋り方なのが謎だけど、それもまたそそられる。クセの強いやつはクラスメイトで慣れている。クセ強なやつはだいたい友だち。
「それはわざわざご丁寧にどうも。それで、後輩さんがどういったご要件で私を呼び出したのですか」
「んー、日本語でなんて言うんだっけ、コーション、ワーニング…」
やけに発音もいいし帰国子女なのかな。
「警告、ですか?」
「そうそう、警告だ!」
パンと手を打ち鳴らした外浦あずきの目がギラリと光った。
「ハルカセンパイさあ、魔法少女のルールをメニメニブレイクスルーしちゃってるよねえ。正体を知られた相手のメモリーをデリートしなかったり、闇魔法少女なんて名乗るマザーファッカーを見逃していたり、ついには魔人とフレンドになっちゃうなんてさ、大人しそうなフェイスしてダイターンスリーだよね」
いや、帰国子女じゃなくてただのルー大柴リスペクト系女子高生かもしれない。でも発音はいいんだよなあ。うーん、判断に困るし気になって話が入ってこない。
だけど尾崎さんはそういうのは気にならないたちのようで普通に会話している。さすが魔法少女をやってるだけあって適応力が半端ない。
「ですが魔法少女には遭遇した状況に対して柔軟に対応することが許可されています。私の正体を知った相手は今では魔法少女活動に協力してくれる大切な助手ですし、魔人とはマナの使用制限を設ける契約を交わして安全性を確保しています。確かにあなたの言うようにルールは破っていますが、個々の魔法少女の裁量の範囲内であると私は解釈しています」
「尾崎さん…」
大切な助手なんて、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。
「ワオ!ベンケイがスタンドアップしてるね!」
ベンケイがスタンドアップ…?ベンケイ大地に立つ…?
「…弁が立つ?」
「ザッツライト!そうそうそれそれ!」
尾崎さんの翻訳機能すげえ。
「ハルカセンパイの言いたいことはアンダースタンド。バッド、それを上に報告しないのはナンセンスじゃないかなあ」
「それは…状況が落ち着いてからまとめて報告しようと思っていただけです」
それは言い訳だってことは部外者のあたしにもわかった。
というか前にも言ってたけど上ってなんなんだろう。魔法少女を取りまとめている存在でもいるのかな。こう、国家規模の秘密組織みたいな感じで。どうしよう、オラそうゆうのワクワクすっぞ。
「でもユーには明らかに対応していないプロブレムがひとつあるよね。闇魔法少女ブラックメシア、シイイズユアシスターなんだろう?」
「ええ、その通りです…」
「上はほかの二件を不問に付すかわりに、ナルハヤでブラックメシアをノックアウトするようにユーに求めているよ」
「待ってください。姉とはなるべく戦う以外の方法で決着をつけたいんです。話し合うことで済ませられるのなら、それに越したことはないでしょう」
尾崎さんが言うことはもっともだと思うものの、あのお姉ちゃんがすんなり話し合いに応じてくれるとは思えない。シメイとやらを果たすまでは、こっちの言う事を聞いてくれそうにない。
尾崎さんとよく似て頑固そうだから。
あるいはシメイとやらを聞き出せれば妥協点を見つけられるかもしれないけど、素直に話してくれるとも思えない。なんせ中二病の闇魔法少女だし。
「オー、ベリベリスローリーだねハルカセンパイ。ブラックメシアのせいで廃人状態になっているヒューメンがお祭り騒ぎだって言うのにさ」
外浦あずきは手のひらを上に向けて大げさに肩をすくめている。仕草までアメリカンだ。
「その中にはミーのバンドメンバーのヨシキもいるんだぜ」
「バンド?」
「何を隠そう四人組デスメタルバンド、ヘルヘヴンリーキングスとはミーたちのことさ!」
ヘルヘヴンリーキングス、地獄の四天王みたいな意味かな。カラオケにいたのも四人だったし。ヤバい、どうしよう、超カッコいい。
あっ、でも尾崎さんすっごく冷めた目で、中指を立てて両腕をクロスさせてる外浦あずきを見ている。超カッコいいと思ったことは内緒にしておこう。
「ミーたちがカラオケで決起集会をしているところに、あのヤベえゴスロリ女がクラッシュしてきたんだ。メンバーの前で魔法少女にメタモルフォーゼするわけにはいかないし、こいつはエマージェンシーだって焦ってたところにユーが入ってきたのさ。あともうワンステップ、ユーが入ってくるのが早ければヨシキをレスキューできたかもしれなかったのに…!ヘヴキンの中で最弱のヨシキを…!」
だぶんヘヴキンはヘルヘヴンリーキングスの略だな。やつは四天王の中でも最弱的な意味なのだろう。ちょっとかわいそうだ、ヨシキ。
「それは、力及ばず申し訳ありませんでした…」
落ち込んだ顔で尾崎さんが丁寧に頭を下げた。四天王最弱のヨシキを助けられなかったのは無理もないと思うのに、尾崎さんは責任感が強い。
「そういうわけでユーがナルハヤでシスターをノックアウトしないのなら、ミーがヨシキのカタキを取るからな!覚えてろよ!」
ビシッと人差し指を突きつけ、ルー語少女は大股で歩き去っていった。
残された尾崎さんは深々とため息をついて、あたしの隠れている壁の方に目を向けた。やば、間一髪で隠れられたと思うけど。
「寺島さん、いますよね」
隠れられていなかった。というかこの言い方、ずっと気がついていた感じだ。さすが尾崎さん。
「オー、まさかミーの存在に気がついていたなんて、ハルカセンパイはエスパーかな?」
ひいっ、ルー語を真似したら無言で睨まれた。絶対零度の瞳だ。尾崎さんに冷凍保存されたい。
キリっとした顔を作って仕切り直そう。
「尾崎さん。いよいよお姉ちゃん、ブラックメシアと決着をつけるときが来たんだね」
「そのようです。あまり気が進みませんが、力でわからせるしかないようです」
「尾崎さん…」
気が進まないと言いながら指をボキボキ鳴らしている。物憂げな顔とは裏腹にやる気満々だ。
あたしも尾崎さんにわからされたい。ピースメイカーハルカに圧倒的な力でねじ伏せられて、あれやこれやされてみたい。
「そういうことで寺島さん。今日の放課後、野暮用に付き合ってもらってもいいですか?」
「もちろん!あたしと尾崎さんは一蓮托生だよ!」
親指をグッと立てると、尾崎さんはふっと頬をゆるめた。
「ありがとう、寺島さん。私の秘密を知ったのが寺島さんで、ほんとうによかったです」
「へへっ、なんだよ急に。照れるじゃん」
「ふふっ、必ずお姉ちゃんを止めましょう」
「うん、あの中二病の目を覚ましてあげよう!」
あたしが突き出したこぶしにこつんと自分のこぶしを当てると、尾崎さんははにかんだように笑った。




