第二十一話 もっとお…もっとしてえ…
だっちゃが学校に行ってみたいと言うので連れてきたら、速攻で魔法少女センサーに引っかかって尾崎さんに怒られた。
「馬鹿ですよね、あなた。マジで馬鹿ですよね。学校に魔人を連れてくるなんて頭がおかしいんじゃないですか」
ああ、本気のトーンで罵倒されるとちょっとヘコむ。
「だってえ、だっちゃがどうしても学校見たいって言うんだもん…」
「あげはとはるかの通う学校とやらと屋上庭園、ボクも見てみたかったのにゃあ」
部活の朝練の声が聞こえてくる早朝の屋上庭園に人気はなく、あたしはベンチに座らされていた。だっちゃはあたしの横に置いてあるスクールバッグから顔だけ出している。スクールバッグから顔を出して瞳をうるませるにゃんこ、かわいい。
「それは、確かにだっちゃがお花好きなのは知っていますが…」
うるうるしたつぶらな瞳で見上げられて、尾崎さんがたじろいでいる。
我がハルモニア女学園の屋上庭園には園芸部の管理する立派な花壇がある。その話をしたらお花大好きなだっちゃが興奮して行きたいとおねだりしてくるものだから、つい連れてきてしまった。鬼っ娘姿であらゆる妙技を駆使しておねだりされては、鋼鉄の意思を持つあたしも断りきれなかった。
「ねっ、いいでしょ尾崎さん。今のだっちゃに危険はないんだからさあ」
「それは、そうですけど…」
あたしがだっちゃを預かることが決定してからも、危険だからとさんざん渋り続ける尾崎さんにだっちゃがこんな提案をしていた。
『だったらはるかがボクと契約するといいにゃあ』
『契約?』
『そう、本来なら魔人と魔法使いで結ぶものだけど、魔法少女とでも結べるはずだにゃあ』
だっちゃが言うには契約とやらを結ぶことで魔人の使えるマナに制限をかけることができるらしい。
『制限を超えたマナを使おうとすると死ぬより辛い苦痛に襲われるんだにゃあ』
あたしには理解不能な契約の仕組みをだっちゃが説明し、尾崎さんがあれこれ質問し返していた。こいつ、脳筋魔法少女のくせに理解していやがる。
あたしには、金色に光らない本家の孫悟空に三蔵法師がかけた枷みたいなものなんだな、くらいにしか理解できなかったのに。
『なるほど、その方法なら確かに私の許可がない限りだっちゃは必要最小限のマナしか使えないですね。それではさっそく』
『待つにゃはるか。最低限そこいらの小物からあげはや周りの人たちを守れるくらいのマナは使えるようにしておいたほうがいいと思うにゃあ。せっかくならボディガードになれた方が便利じゃないかにゃあ?』
『それは、一理ありますが…』
ブルーナイーブの後遺症なのか、尾崎さんはあたしが近くにいないときにはほとんど魔法を使えない特異体質になってしまっていた。もうあたしなしじゃ魔法を使えない体になっちゃったねえ、とゲス顔で言ったらにらまれた。
ともかくそのせいで人々の平和と安全を守る魔法少女活動に支障をきたしていたので、だっちゃにサポートを頼めれば少しは楽になるだろう。
『しかしあなたをそこまで信用してもいいものか…』
『ボクは人間と違って名付け親を手にかけるほど不義理じゃないにゃあ』
『そうだよ、尾崎さん。だっちゃは悪い魔人じゃないよ』
二人がかりで頼み込み、尾崎さんはようやくオーケーしてくれたのだった。
契約を結ぶとその証に、だっちゃの首にピンクのリボンのついたチョーカーが巻かれた。レース編みでかわいらしいデザインではあるものの、リミッターを超えるマナを使おうとすると首を締め上げる仕組みになっていてえげつない。契約者である尾崎さんがリミッター解除を許可すると外れるらしい。
「はあ、連れてきてしまったものは仕方ないですね。くれぐれもほかの生徒や先生にだっちゃを見られないように…」
「あっ、チョウ子ちゃんと尾崎さんだ。おはよー」
と言ってる側からジョウロを持った愛実がやってきた。そう言えば愛実は園芸部の副部長だった。
早朝の済んだ空気と花壇に美少女、なんて絵になる。
「珍しいね二人とも、こんな朝早くにってあれ!?なにそのネコちゃん!?かわいいー!」
言ってるそばから見つかってしまい、ネコと聞きつけたほかの園芸部員たちも集まってきてしまった。
こうなってはもう黄色い悲鳴を止められず、クラスに戻ってもだっちゃはもみくちゃ状態だった。
「へえー、珍しい毛色のにゃんこだね。かわいいー」
ひと通り触られたり撮影されたりして落ち着いて、今は登校してきた姫華に喉を撫でられてゴロゴロ言っている。絶対にあたしたち以外とは喋らないように言い聞かせてはいるものの、不安だ。
うちの家族は大雑把で機械に疎いからなんとかごまかせたものの、クラスメイトや先生はそうはいかないだろう。
頼むから喋らないでくれよ、だっちゃ。
「ね、猫か。猫はちょっと苦手だ」
「あら翠、猫が苦手だなんて意気地がないわね。こんなに可愛いのに」
翠はカーテンにくるまって顔だけ出して警戒し、ジャイ子はだっちゃにお手をさせて肉球をぷにぷにしていた。調子に乗って肉球を秒間十六連打なんかするから猫パンチを食らってる。
「そうだよ翠ちゃん。だっちゃんは大人しくていい子だよ。ねーだっちゃん」
愛実はだっちゃのおしりのあたりをぽんぽんとやさしくたたいた。
あっ、そこはまずい。あたしが探り当てただっちゃのスイートスポットだ。
「はにゃーん…もっとお…もっとしてえ…」
あっ、だめだ。いま完全に声が出たわ。
鳴き声がごはんって言ってるように聞こえるのとは次元が違う、完全なるお色気おねだりボイスだ。
だっちゃの周りにいる全員がしんと静まり返り、ぽわぽわした顔をしているだっちゃをじっと見つめた。
「えっ、なに?いまこの子、喋ったよね…」
「うん、聞き間違えじゃないと思う」
「へえ、最近の猫は喋るのねえ。漫画に出せないかしら」
「いや、今も昔も猫が喋るわけがないだろう」
みんなの視線がだっちゃを連れてきたあたしに集まる。ええい、仕方ない。
「みっ、みんな驚いたでしょう。何を隠そうこのだっちゃは最新鋭のAIを搭載した猫型ロボットなんだよ。親戚にそういうのの研究している人がいて、テスターを頼まれちゃったんだよねえ」
あっ、よかった。家族についたウソとだいたい同じやつでみんな感心した顔をしている。さすがカオスのC組、喋る猫くらいは簡単に受け入れる。やはり器が違う。
「へえー、科学の力ってすげー」
「道理でおとなしいわけだねえ。ここ?ここがいいのだっちゃん?」
「はにゃーん…。そこお、そこがいいのにゃあ、お姉さまあ…」
ヘブン状態になっただっちゃと、それをいやらしい悪代官みたいな顔をして攻める愛実。だっちゃが鬼っ娘になっていたらと想像すると、とてもセンシティブな映像だ。
「なんだか愛実の手つきがとても猫を愛でているものとは思えないわ。いやらしい…」
「ほう、それはジャイ子にも素質があるかもしれないな」
頬を赤らめて熱い吐息をつくジャイ子に翠が目を光らせた。短髪陸上部で後輩人気の高い翠はガッチガチの百合で、隙あらばその道へと導こうとしてくる。
「ああもう、どうしてこんなクッチャクチャなことに…」
それはともかく、尾崎さんが頭を抱えて盛大なため息をついている。誰にもバレないどころか、クラス猫状態になってしまっているのだから無理もない。
「まあまあ、ドンマイ尾崎さん」
「誰のせいでこんなことになったと思って…あれ、あの人」
「んっ?」
尾崎さんの視線を追うと、開けっぱなしになった教室の出入り口から一人の生徒が腕を組んでこっちを見つめていた。黒髪マッシュがつややかで、耳にはピアスがジャラジャラとついている。あれあの子、どこかで見覚えがあるような。
「あっ、そうだ。カラオケにいたヨシキの友だちだ」
やけに険しい眼差しで、愛実に愛撫されてほぼイキかけているだっちゃを見つめている。ちなみに愛実はゴリゴリのバイだ。どっちもいける性欲アバドン女だ。
それはともかく黒髪マッシュの目が精根尽き果てただっちゃから尾崎さんに向くと、その体がビクリと震えた。見つめ合ったまま、尾崎さんが目を大きく見開いている。
「えっ、あの人、まさか…」
「尾崎さんどうかしたの…?」
まさかあの黒髪マッシュに運命を感じちゃった、なんてことはないよね。
困惑した様子の尾崎さんを心配しているとチャイムが鳴り、マスオちゃんが教室に入ってきた。それぞれの席に戻りつつ、あたしは尾崎さんの様子が気になって仕方なかった。
ダーリン、浮気は許さないっちゃ。




