第十九話 ボクは魔法少女を二人殺したよお
「ひえっ…!」
しがみついていた背筋に異様な盛り上がりを感じて慌てて離れた。有り体に言って命の危険を感じた、ガチで。寺島あげは危機一髪。あたしがミンチになるにはまだ早すぎる。
「どっこいしょおおおぉぉ!」
尾崎さんもだっちゃに負けず劣らず気の抜ける雄叫びを上げて、力強くブンとハンマーをフルスイング。
もうちょっとさあ、そういうの考えておこうよ。カッコいい叫び方のマナー講師とかどっかにいないのかな。
だっちゃの振り下ろした金棒と尾崎さんが振り上げたハンマーがぶつかり合い、溶接みたいに激しい火花を散らす。除夜の鐘を何倍にもうるさくしたような轟音がゴーンと景気よく響き渡り空気を揺らし、周囲の木々から鳥たちがバッサバッサと飛び立っていった。
二人の力は拮抗していたのか、弾かれたように両者が飛び退る。足元からもうもうと上がる砂煙が熱を帯び、双方の髪が熱気にたなびく。
「やるねえお姉さん」
「それはどうも」
短い言葉の応酬。
語り合うのは互いの持っている鉄塊だけでいいと言わんばかりに、二人はブンブンと獲物をぶん回し、轟音を響かせ祭りのように火花を散らす。
尾崎さんのハンマーが唸りを上げて襲いかかり、だっちゃの金棒が弾き返す。
弾き返した勢いのままだっちゃは一回転し、必殺の勢いを乗せた金棒が尾崎さんに襲いかかる。
尾崎さんはそれを横にしたハンマーの柄でがっつり受け、ベンチプレスみたいに両手で押し返す。そして流れるような動作で縦に握り直したハンマーを振り下ろした。
「だあああぁぁぁ!」
今度はそれをだっちゃが横にした金棒でガギンと真正面から受け止める。
なんだこの二人、まるでプロレスみたいに避ける気がないぞ。互いの攻撃を受けあって、それでいてものすごく楽しそうな顔をしている。
二人の美少女が平和な花畑に暴力の旋風を巻き起こしている。ひと薙ぎごとに花びらが飛び散り、二人の戦いに文字通り花を添える。
さすが脳筋魔法少女ピースメイカーハルカ。目が爛々と光り頬は紅潮し、口は獣みたいに開きっぱなしになっている。これまで見た中で一番イキイキとした顔。ガチなんだな、尾崎さん。どうしよう、ますます惚れちゃう。
だけど力の差はあるのか、打ち合いを重ねるごとに尾崎さんばかりが額に汗をかき、息が荒くなってきている。
ハンマーと金棒が幾度にも及ぶ激突を交わし、二人は仕切り直すように距離を取った。
「楽しい!楽しいよお姉さん!みんなすぐに潰れちゃうのに、こんなに耐えたのはお姉さんが初めてだよお!」
だっちゃは満面の笑顔で金棒を肩に担いでいる。
「それは、光栄です…」
対する尾崎さんは両手でハンマーを持ち、肩で息をしていた。額からはポタポタと大粒の汗が滴り落ちている。
ああ、汗を拭いてあげたい。そして尾崎さんの汗をたっぷり染み込ませたハンカチを、密閉袋に入れて永久保存したい。
いや、落ち着けあたし。今はそんな場合ではない。だっちゃはたぶんマジモンの強敵だ。クリーンヒットはしていないものの、尾崎さんの体のあちこちに痛々しい打撲の痕が見える。
魔人とやらはダテではないらしい。すこしでも尾崎さんを回復させるために時間を稼がないと。
「やいやい、そこのだっちゃ!」
「へっ?だっちゃって、ボクのこと?」
だっちゃは目を丸くして自分を指差している。へえ、一人称ボクなんだ。ちくしょう、ボクっ娘なんて萌えてしまう。
「そうだよ、だっちゃ。おまえどうせ名前ないんだろう?」
「そうなんだよお。今まで魔物とか鬼とか魔人とか、物騒な名前でしか呼ばれてこなかったんだよお。だからその呼び方はかわいくてうれしいなあ」
「くうっ…!かわいいじゃねえか…!」
「えへへ、かわいいなんて初めて言われたよお」
なんて屈託のない笑顔なんだ。無邪気系鬼っ娘って、非常に破壊力が高い。無邪気な笑顔とダイナマイトボディの対比が強すぎる。
だけど騙されてはならない。いや、一晩くらいなら騙されても、って何を考えているんだ寺島あげは。あたしには尾崎さんという人がいるだろう。
ブンブンと音を立ててハンマーを素振りしながら、横目で睨んできているマイハニーが。
ふふっ、さては嫉妬かな。でも持ってるものが無骨すぎてとってもデンジャラス。命の危険に心拍数がハートビート。怖いから目をそらしておこう。
「ねえだっちゃ、みんなすぐに潰れちゃうのにってことは、人間を潰したことがあるってこと?」
「うん、そうだよお。だってしょうがないよねえ、深夜に変な音楽流しながら鉄の馬で走り回ってうるさかったり、お花畑を荒らそうとしたり、お姉さんみたいに問答無用で襲いかかってきたりするんだからさあ」
きれいな花畑を見渡して、だっちゃは平然と恐ろしいことを言ってのけた。
「みんなお花の肥料にしてあげたよお。やっぱり人間を肥料にするとよく育つねえ。特にお姉さんみたいに、マナをたくさん宿した人間はいい感じの肥料になるんだよねえ」
尾崎さんを見つめるだっちゃの目がにこやかに細まり、深く心が沈んだ。せっかく言葉が通じるのに、分かり合えることはないのかもしれないと思うと、すごく悲しい気がして。
「あなた、魔法少女を手にかけてきたのですか?」
尾崎さんが静かな声で問いかけた。海の底から溢れそうになっている、荒れ狂うものを抑えるような声で。
「お姉さんみたいにヒラヒラしたかわいい服を着て、マナを操れる人間がそうだっていうなら、ボクは魔法少女を二人殺したよお」
まるで朝ごはんにパンを二枚食べたくらいの、気軽な物言い。
「ああ…」
口からはうめくような声しか出てこず、夢のようにキレイだったお花畑が急にグロテスクな墓標のように見えてきた。いったい何人のひとが、この下に埋まっているのだろう。
深く目を閉じた尾崎さんの目が見開かれ、真紅のオーラ的なものが足元から立ち上った。
「魔人」
呼びかける声は張り詰めて、足は限界まで引き絞られた弓のようにミシミシと地面を踏みしめている。ヒラメ筋がパンパンだ。
尾崎さんはおそらく、最後の力を振り絞ろうとしている。
「もう、魔人じゃなくてだっちゃだってば。せっかくそっちのお姉さんが名付けてくれたのにい」
だけど対するだっちゃの声には何のてらいもなく、それが埋めらない力の差を如実に示しているように思えた。
「今度はあなたが潰される番です!」
地を蹴る勢いを乗せた尾崎さん渾身の一撃を、だっちゃは金棒すら構えずに両手で受け止めた。余波で地面と大気がビリビリと震えて、だっちゃの足元がクレーターみたいにえぐれているのに、まるでビクともしない。
その顔には新しいおもちゃを楽しむ子どものような笑みすら浮かんでいる。
「うおおおぉぉぉぉ!」
勇ましい雄叫びとともにオーラがハンマーに集まり、地面がさらに深くえぐれる。それでもだっちゃは微動だにしない。
「アハハハハ!やっぱりお姉さんこれまででダントツでいいよお!もっともっとボクを楽しませてよお!」
「くうっ、私じゃ届かないの…!?」
尾崎さんの頬を大粒の汗が伝っている。歯を食いしばり、筋肉が張り裂けんばかりに力を込めているのにまるで届いていない。
なにか、なにかあたしにもできることはないのか。
こんなときなのにあたしの手に握られているのは、大入りサイズのピーナッツ袋だけ。
「くそっ!ピーナッツじゃ小腹が膨れるだけだ!」
いや。待てよ。
『思い込むことでマナが宿ることはありますし』
『あれ、このピーナッツ苦くない。うう、なんかヤな味だなあ』
一か八かだ。試してみる価値はあるのかもしれない。
あたしは片手に持てるだけのピーナッツを握りしめて、額の前にかざして力強く握った。
そしてこれ以上ないほど祈りを込める。
「このピーナッツは超すごいピーナッツ。契約農家から仕入れた無農薬の厳選された豆だけで、って違う。そういうのじゃなくて、なんか徳が高くて偉いお坊さんの超すごい法力が詰まっていて、どんな鬼でもイチコロなスーパーピーナッツ……!!」
カッと目を見開き、台風のように凄まじい風圧を巻き起こしている二人に走り寄る。そして子どものころにしたドッジボール以来の全力で、手にしたスーパーピーナッツをだっちゃに投げつけた。
「鬼はあああぁぁ外おおおぉぉぉ!」
スーパーピーナッツは謎の光を放って暴風をかいくぐり二人に直撃した。
「あいたっ!」
尾崎さんは軽い反応。でもだっちゃは違った。
「うぎゃあああぁぁぁ!目が!目がああぁぁぁ!」
たまたま目に入ったのか、両手を金棒から離して目を覆った。そうすると当然、尾崎さんのラブリーハンマーに叩き潰される。
ビチャっと嫌な音がして、だっちゃはあっけなく地面に叩きのめされた。
目を覆った手ごと鼻から上を見事にハンマーで押し潰されて、なんかいろんなものがクレーターに広がってエグいことになっている。
なんだろう。勝利の気持ちよさが、まるでない。




