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第十八話 さあさあ力比べだ!

「はい、着きましたよ寺島さん」


 周囲の草花を風圧で揺らし、優雅に着地した尾崎さんの腕からあたしはヨタヨタと地面に降り立った。


「ああ、大地に足がつく…あたし、まだ生きてる…」


 草地の上に四つん這いになり、思わず手近にあった草を握りしめてむしった。ぷんと沸き立つ土のにおいに命を感じて、感謝の涙が目に浮かぶ。


「神さま、ありがとう…この大地を育んでくれて…」


「寺島さん、どうしたんですか。何か変な宗教に目覚めちゃったんですか」


 両足に力を込めて大地を踏みしめて立ち上がり、魔法少女姿の尾崎さんを見つめた。


「ううん、違うよ尾崎さん。いまこの瞬間に、この大地の上であたしたちが生きてるって、すっごく奇跡なんだなって思っただけだよ。雄大なる大地が育んでくれたこの命に感謝を…」


「ああどうしよう、すごく澄んだ目をしている…」


 尾崎さんが何に戸惑っているのかよくわからないけど、そのうち落ち着くだろう。そう、すべては大地の導きのままに。

 それにしてもここはどこだろう。

 鬼哭峠は隣街との境にあるつづら折りの坂道が連なる峠で、いわゆる走り屋と呼ばれる人たちが夜な夜な集まっては激しいレースを繰り広げている、と風の噂で聞いたことがある。きっと夜道の峠にゴキゲンなユーロビートを響かせているのだろう。

 そんな鬼哭峠に、こんな素敵な花畑があるとは知らなかった。

 峠の頂上には申し訳程度の展望台があって昔行ったことがあった。でもこんな見事な花畑があった記憶はない。殺風景な芝生地にぽつんと東屋が建っているだけだった。コインを入れて見られる望遠鏡が壊れていて、なぜかそれにひどく腹を立ててケルナグールしてしまったことをよく覚えている。

 こんな素敵なお花畑があったら、腹を立ててつまらない暴力を振るうことはなかったろうに。

 木々に囲まれた緩い斜面に切り開かれた花畑は、コンビニくらいの大きさで四ブロックに分かれている。チューリップやネモフィラの咲く春ゾーン、ひまわりや紫陽花の咲く夏ゾーン、コスモスやダリアの咲く秋ゾーン、スイセンやポインセチアの咲く冬ゾーン。

 四季おりおりの花で分けられていて鑑賞しやすい。見る人のことを考えてくれている。この花畑を作った人は、きっと心優しくて几帳面に違いない。

 って、ちょっと待って。キレイな花々に癒されて納得しそうになっちゃったけど、これってすっごく変じゃない。


「ねえ、尾崎さん。四季の花が一斉に咲くなんてこと、ある?」


「あっ、戻ってよかった。そんなことがあるわけないです」


 ホッとした様子で尾崎さんは首を横に振った。


「マナの反応が一番強い場所に着地しましたから、その影響かもしれません」


「えっ、じゃあこの辺に鬼がいるってこと?」


「ええ、そのはずなんですけど見当たりませんね」


 花畑の周りは木々に覆われた斜面で、シカとかイノシシとかはいそうだけど鬼がいるようには見えない。うららかな日差しが差し込んでお弁当でも広げたくなる、なんとものどかな山中だ。


「ちぇー、せっかく鬼退治と思って豆持ってきたのに」


 昼休みに近くのコンビニで買ってきたピーナッツの大袋を開けてバリボリ食べた。


「豆って節分じゃないんですから」


「ほんとに豆で鬼は外できるのかなって思ってさ、めっちゃ鬼退治の念を込めてきたんだよ」


「まあ、思い込むことでマナが宿ることもありますし、効果がないとは言えませんが…」


「でしょー。尾崎さんも食べる?」


「いただきます」


 うららかな木漏れ日の差し込む秘密のお花畑で、突っ立ったままピーナッツを貪る女子高生と魔法少女。


「平和だねえ」


「そうですねえ」


「でもピーナッツばかり食べてると喉が乾くよねえ。って、あれ、このピーナッツ苦くない。うう、なんかヤな味だなあ」


「なに言ってんの。普通のピーナッツじゃん、ってあんた誰!?」


 当然のようにピーナッツの袋に手を伸ばされて、うっかり友だちでも来たのかと思ってしまった。こんなところでちょっとちょうだいなんてやってくる友だちがいるわけがない。

 ガバっと離れてピーナッツ泥棒を凝視し、目が点になった。


「鬼って、そっちの鬼…?」


 あたしとしたことがすっかり忘れていた。

 桃太郎とかに出てくるような、立派な角を生やして筋骨隆々で金棒担いだゴリマッチョな鬼だけが日本の鬼ではない。

 日本にはそれとはまったく異なる系統の鬼がいるではないか。

 天然ではあり得ない緑色のロングヘアー。頭のてっぺんにはたけのこみたいにちょこんとかわいらしく生えた二本の角。黄色地に黒のしましま模様のふさふさしたビキニ姿の美少女鬼。

 そう、だっちゃ系の鬼っ娘(おにっこ)だ。


「この反応、寺島さん気をつけて!この子が魔物です!」


 尾崎さんがあたしを守るように立ちふさがり、鈍器ステッキを振り上げて鬼っ娘と対峙する。せっかくだし敬意を込めて、心のなかでだっちゃと呼ぶとしよう。

 それにしてもなんて頼もしい背中なんだ、尾崎さん。いや、魔法少女ピースメイカーハルカ。引き締まった僧帽筋がキレてるぜ。


「もう、そうゆう呼び方はきらいだし乱暴なのはやめてよお。せっかくのお花が散っちゃうじゃないのお」


 だっちゃはやけに間延びした話し方で気が抜ける。というかちょっと待って。


「えっ、魔物って話せるものなの、尾崎さん?」


「私も出会うのは初めてですが、中にはそういった魔物の報告例もあります。人語を解して話すほどの高い知能を持った魔物は、人と類似した姿をしていることが多く、私たちはそれをこう呼称しています。魔人、と」


「魔人…」


 ごくりとツバを飲み込み、萌の塊のようなだっちゃを見つめる。これが、魔人…。

 二次元からそのまま抜け出してきたみたいな美少女で、ボンキュッボンのドスケベボディをしていて、フレンドリーな感じがしても、魔人。ついに俺の嫁が画面から出てきたと思いきや、そんな嬉しい話ではないらしい。


「えへへ、そんなに見つめられちゃうとなんか照れるねえ」


 はにかんで笑うだけでプッチンするプリンくらい揺れている。尾崎さんを超える、まさしく鬼のようなボインだ。


「尾崎さん、この子はそっとしておこう。もしくは天然記念物として丁重に保護しよう」


「なにを寝ぼけたことを言っているんですか、寺島さん。飛び抜けて高い戦闘能力を持つと言われる魔人を、魔法少女として放っておくわけにはいきません」


 言葉とともにステッキを一振りするとシャキンと音を立てて柄が伸びて、先端のハートの飾りが巨大なハンマーのような形状になった。

 えっ、なにこれ、ガチ鈍器モードじゃん。こわ。

 そしてそれに合わせるかのように桃色の光を放ち、尾崎さんの髪型とドレスも変化した。


「なっ、なんだとっ…!?」


 緩やかに広がっていた髪は動きやすそうなポニーテールにまとめられている。新雪のように白いうなじが目に眩しい。

 フリフリのドレスは、身体の線が浮き出たスポーティーかつキュートな衣装に早変わり。

 上はノースリーブで、白地に黒の線が入ったラバースーツっぽい服。おへその形がわかるほどぴっちりしているのがもうヤバい。前腕はフリル付きのアームカバーで覆われ、手には花の模様が描かれた指抜きグローブがエレガント。下はカボチャパンツで、裾周りが透け感のあるレースで覆われているのが乙女チックでとても良い。


「くうぅ、シャッターチャンスじゃないの!」


「ふふん、私だってパワーアップしているんですからね」


 したり顔をしてハンマーを肩に担ぐ尾崎さん、カッコかわいい。こんなの最強じゃん。

 でもパワーアップって筋肉的な意味なのかな。二の腕と肩周りが前より引き締まっている気がする。


「へえ、お姉さん面白いもの持ってるねえ。鬼の血がたぎっちゃう。それならちょっとだけ、遊んであげようかなあ」


 写真に夢中になっているうちにだっちゃの目がギラリと獰猛な光を放ち、手を天にかざした。かざした手の先の空だけに暗雲が立ち込め、ゴロゴロ鳴ったと思うとだっちゃ目がけて雷が落ちてきた。


「なに…!?」


「きゃあああ!」


 地面を揺るがす衝撃に思わず叫んで尾崎さんの背中にしがみついた。あったかくてなんて落ち着く背中なんだ。実家のように安心してしまう。

 ブンと風を切る音に目を向けると、だっちゃの手には身の丈よりも大きな金棒が握られていた。なんの飾りもない無骨な鉄塊。容赦のない暴力の権化。

 それを片手で軽々とぶん回している。


「さあさあ力比べだ!いっくじょー!」


 気の抜ける雄叫びを上げると、だっちゃは地を蹴って猛然と襲いかかってきた。

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