第十六話 アタシけっこう気に入っているのよ、ジャイ子って
部屋の特定、あっさり完了。ちゃちな防音なんて軽々と貫く姫華のゴッドボイスのおかげで。
尾崎さんと顔を見合わせて笑うと、ドリンクバーを取りにジャイ子が部屋から出てきた。
「おっすジャイ子」
「ちょっとちょっと!チョウ子、尾崎さん、知ってた!?ドリンクバーってすごいのよ!あんなにたくさんの種類のジュースが飲み放題なんて、まるで桃源郷のようだわ!」
「あっ、ああ…」
さすがガチのお嬢様、ドリンクバーなんて庶民的なものは初めてなんだな。子どもみたいに目を輝かせて大興奮している。紅色に染まったほっぺがりんごみたいでかわいい。
「あっ、わかりますわかります。どれにしようか迷っちゃいますよね」
ドリンクバーは片手で数えられる回数しか使ったことがない尾崎さんがめっちゃ共感している。赤ベコみたいにうなずく尾崎さん、めっちゃかわいい。おざベコにして部屋に飾りたい。
懐かしいな、あたしにもこの子たちみたいに、ドリンクバーではしゃげた時期があったっけ。
「ねえ!しかも好きにミックスしてもいいなんて、創作意欲を掻き立てられるわ!」
「ジンジャーエールとカルピス混ぜたの美味しかったですよ」
「うそっ、そんな背徳的なことが許されるなんて、無法地帯ね…」
ジャイ子は恐ろしい娘って顔をしてゴクリとつばを飲み込んでいる。
なんて牧歌的な無法地帯だ。いやむしろ、ジンジャーエールとカルピスを混ぜただけで罪になるディストピア状態の方がヤバいか。
清涼飲料水混合罪。破ったものは一生ドクターペッパーしか飲めなくなる。なんて重い罰。
「どうしたのチョウ子?ディストピアとかドクターペッパーとかぶつぶつ言って」
「気にしないでください、桜沢さん。寺島さんたまにこうなるんです」
「そう、変な人ね」
「ジャイ子には言われたくないんですけど」
「ていうか尾崎さん」
エレガントにくるっと回ってスルーされた。くそう、ジャイ子のやつめ。翻るスカートの裾がそこはかとなく上品だ。同じ制服のはずなのになぜかジャイ子が着ているとワンランク上に見える。
素材か、素材の違いってやつかちくしょうめ。しょせん商店街の肉屋の娘には気品がないのか。どうせなら神戸牛専門の肉屋とかに生まれたかった。
「アタシのことはジャイ子でいいわよ。皆そう呼んでるし、今さら桜沢さんて呼ばれるとなんだかおしりがかゆくっちゃうわ」
「でも、ジャイ子って軽く悪口なような…」
「あら、そんなことないわよ。皆が親しみを込めて名付けて呼んでくれている、素敵なあだ名よ。アタシけっこう気に入っているのよ、ジャイ子って。だって個性的でチャーミングじゃない」
「ジャイ子…」
ジャイ子のやつ、さらりとこんなこと言えるからみんなから愛されるんだよなあ。最初のうちはからかい半分だったけど、今では揶揄するようにジャイ子と呼ぶやつはうちのクラスに一人もいない。
へへっ、今のもジャイ子名言集(ライングループ、ジャイ子も加入済み)に書き加えて、みんなに教えてやらないとな。
「素敵です。さくらざ…ジャイ子さん!」
尾崎さんもすっかりジャイ子に魅了されているみたいだ。裏表がないジャイ子にはついていきたくなる男気みたいなものがある。
「ふふっ、さん付けも新鮮ね」
エレガントに微笑むジャイ子と新しくできた友だちに喜ぶ尾崎さんとドリンクバーではしゃぎ、部屋に入って凍りついた。
六人で使うには広すぎるパーティールーム。薄暗い部屋にミラーボールの明かりがギラギラと飛び交っている。
その真ん中で愛実がマイクスタンドの前に立ち、マイクを両手で握ってアイドルみたいにCOCCOを熱唱している。真顔で。それは普通だ。美少女で美声な愛実がCOCCOを歌うのは妙な迫力があって怖いけど、平常運転だ。
問題は残りの二人、姫華と翠だ。
歌う愛実を真ん中に挟み、それぞれ奇妙な動きをしている。
姫華は両手に持ったマラカスを剣のように構え、ゆったりと中国の舞踊みたいな動きをしている。マラカスがシャンと音を立てる度に「しまった!」と悔しそうにしているから、動きつつも音を鳴らしてはならない遊びなのだろう。
翠はタンバリンを頭に乗せて、両手にカスタネットをはめている。両腕を大きく広げて、曲のリズムに合わせてカスタネットを開いて閉じてを繰り返している。たまにカチッと音がなると悔しそうに顔を歪めて、頭上のタンバリンがシャンと歯噛みするような音を立てる。
そんな変質者たちにサンドイッチされながらも、愛実は真顔のまま完璧に歌い上げている。際どい歌詞の歌を情感たっぷりに歌い上げている。並外れた精神力だ。
「なにこれ、暗黒舞踏会?」
「カラオケってこういうものなんですか、寺島さん?」
「いや、こいつらがイカれているだけだよ」
ジャイ子はスマホで暗黒舞踏会を撮影し、尾崎さんは自分も参加なければと謎の使命感に駆られて手に持てそうな楽器をさがしている。
あたしはちょっと離れたソファに座ってオレンジジュースを飲んだ。姫華たちってカラオケで毎回こんなことしてんのかな。さすがカオスのC組。
尾崎さんがマイ楽器を見つける前に愛実の歌が終わり、ペコリと一礼した。横の二人は額の汗を拭って、互いの健闘を称え合うかのように握手を交わしている。
一緒だと思われたくないのか愛実はそそくさとあたしの隣に座り炭酸入りのジュースを飲んだ。
「腕を上げたな、姫華。もう一流のマラカシアンだ」
「翠こそ、すっかり立派なカスタネッターね」
謎の専門用語を出して褒め合っている。なんだこいつら。
「ねえ愛実、マラカシアンとカスタネッターってなに?」
「さあ、わたしも初耳。パーティールームに負けないようにはしゃごうって翠ちゃんが言い出して、姫華ちゃんが悪ノリして方向性を間違えたとしか言いようがないね」
「なるほど」
あたしたちはいつもライブ感で生きている。
翠はタンバリンの金具に髪が引っかかったのか、痛い痛いと喚きながら姫華に取ってもらっている。
「ダメだこれ、知恵の輪みたいになってるわ。ジャイ子、ハサミ持ってない?」
「おい、あっさり人の髪を諦めるな」
「ハサミはないけどカラアウ(カンカンと良い音がする打楽器)なら持ってるわ」
「なんでだよ」
「そんなの漫画の資料用に決まってるじゃない」
細部にこだわる女、ジャイ子。
「そんなドラムスティックみたいなやつで髪は切れないだろ」
こだわりある短髪の翠、むちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。
「いやでも、こうさ、二本のカラアウに糸巻きみたいに髪を巻き付けてブチブチー!っていけないかな」
「お前はサイコパスか。それはもうただの拷問だ」
いいこと思いついた顔で言う姫華に翠が顔を青ざめさせている。
「そうか、カラアウにはそんな使い方もあるのね。ありがとう姫華、漫画の参考にさせていただくわ」
「やった!カラアウで髪を引きちぎるシーン楽しみ!」
メモを取るジャイ子の横で、姫華が嬉しそうにカンカンとカラアウを打ち鳴らしている。たぶんあれが正しい使い方なのだろう。いい音だ。
「ああもう、しょうがない。店員さんに電話してハサミを借りるか」
タンバリンを頭に乗せたまま電話をかける翠の背中には哀愁が漂っていた。
というか店員さんが来るってことは。
「お待たせいたしま…した…」
営業スマイルを浮かべて部屋に入ってきた尾崎かなたが目を丸くした。
「なんで?」
「いや、ちょっと、悪ノリしすぎちゃって…」
さすがの翠もバツの悪そうな顔をしてハサミを受け取っている。
「えっ、ちょっと待ってあなた。まさか、それ切って取るつもり?」
「はい、もう知恵の輪みたいになっちゃってるんで」
「女の子がそんなことで髪を切るなんてダメよ。ワタシに任せてごらんなさい」
「えっ、でも…」
「だいじょうぶ、こういうのは得意だから」
尾崎かなたは魔法みたいにタンバリンに絡みついた髪の毛をスルスルほどき、見事に知恵の輪を解いてみせた。
「おお、すげえ!ありがとうございます!尾崎さんのお姉さん!」
「髪は女の命。大事にするのよ」
颯爽と部屋を出ていった尾崎かなたに、みんなが湧き上がった。
「神だ…カラオケで神に出会った…」
「良い…尾崎さんのお姉さん、次の漫画に是非とも出したいわ」
「乳の妹に尻の姉…推せる!」
愛実の着眼点はいつもブレない。
「あれをあんなにあっさりほどくなんて、何者なの尾崎さんのお姉さん」
姫華に聞かれて、尾崎さんは胸を張って答えた。
「昔から頼りになる、自慢のお姉ちゃんです」
尾崎さんがそう言うのなら、そういうことにしておいてあげよう。
ここで茶々を入れるのはヤボってもんでしょ。あたしは何か尾崎さんと一緒に歌えそうな歌はないかなと、タブレットを操作した。
その後は普通にカラオケを楽しんだと言いたいところだったが、姫華のカラオケのクセが強かったので特筆しておきたい。
姫華は声が嗄れるまで天城越えを歌い、その後マキシマムザホルモンでデスボイスを出し続けるという、喉への拷問みたいな歌い方をしていた。
どうして姫華が風邪でもないのにときどきしゃがれた声になっていたか謎だったのがようやく解けた。
伝説のしゃがれ声レスラーみたいなボイスで会計をする姫華に尾崎かなたは大いにビビっていた。




