第十五話 あんまぎいいいぃぃぃごおおおぉぉえええええぇぇぇぇええ
「いらっしゃいま、せ…」
あたし、尾崎さん、ジャイ子、愛実、姫華、翠の六人でマッスルシンガーに入店すると、受付には尾崎かなたが立っていた。
営業スマイルが消えて口をぽかんとおっ広げてフリーズしている。
無理もない。次に会うときには決着をつけるぞ、って感じで別れたのに、普通にお客さんとしてやって来るとは夢にも思うまい。しかもこうして、友だちを大勢引き連れて。
あたしもこんなことになるなんて思っていなかった。
「あっ、すいません、六人なんですけど大丈夫ですか?」
姫華が尋ねると、尾崎かなたは滑らかに営業スマイルを取り戻した。いま心を無にしたな、となんとなくわかった。でもエプロンの裾のあたりをきゅっと握ったのを、あたしは見逃さなかった。動揺しているな、尾崎かなた。
「はーい、大丈夫ですよー。ちょうどパーティールームが空いているので、そちらにお通ししますねー」
「おっ、スーパーラッキー。ありがとうございまーす」
尾崎かなたは手続き中、一度も尾崎さんの方を見なかった。姫華をじっと見つめて、努めていつものように業務を遂行した。だけどあたしは気がついた。さり気なく腕で名札を隠していることに。
尾崎さんの方は姉をちらちら見ていたが声をかける気はなさそうだった。
それならば。
「ごゆっくりお楽しみくださーい」
「ありがとうございまーす。尾崎さんのお姉ちゃーん」
手続きが終わってやっと送り出せると油断したところで、大きな声で呼びかけた。
尾崎かなたの顔が営業スマイルのままぴしりと凍りつき、みんなの好奇心丸出しな目が集まる。
「えっ、うそ、尾崎さんのお姉さん?」
「確かに、言われてみれば顔が似ている」
「姉妹丼、か……」
低い声でつぶやく愛実の目がマジでちょっと怖い。
「姉妹。なるほどシスターズ。これはネタになりそうね」
望まぬ注目を集めた尾崎かなたは額に汗を滲ませ、引きつった笑顔を浮かべた。
「あっ、はい。どうも、妹がお世話になっております…」
思った通り、業務マニュアルにない対応は苦手なようで声が小さくなっている。あっ、はい、って人見知り特有のテンポの悪い返事をしている。
尾崎かなたの顔には早く部屋行けよという思いがありありと浮かんでいた。尾崎さんはちょっと照れくさそうな顔をしている。
「あっ、お仕事中ですよね。邪魔してすいません。行こっか、みんな」
姫華が空気を読んでみんなを促して部屋へと向かう。あたしはさり気なく最後尾について尾崎さんの腕を掴んで引き止めた。
「なんですか寺島さん。みんな行っちゃいますよ」
あたしはしーっと指を立てて尾崎さんを静かにさせた。そして腕を引いてカウンターから見えにくい位置まで廊下を戻った。
すると尾崎かなたがカウンターに肘をついているのが見えた。両手をぎゅっと握ってくううと歯噛みしている。ハンカチを持たせたら噛みついてくれそうな見事なまでの歯噛みだった。
「なんなのいったい、はるかのやつ。マウントなの。友だちいるマウントなの。アカミーしか話し相手がいなかったワタシへの当てつけなの。ええ、わかってるわよ。そんなのあなたに言われなくたって」
えっ、こわ。誰かと会話してる風なひとりごとこわ。中二病が極まってるな、尾崎かなた。
「一緒にカラオケに行ける友だちがあんなにいて羨ましいなんて思ってなんていないわ。ワタシは闇魔法少女ブラックメシア。ワタシには大切なシメイがあるのだから、友だちなんて…友だち…ううぅっ…!慰めなんていらないわよ…!」
あっ、なんか思ってたよりダメージ受けてる。目薬のCMくらい目うるうるさせてるし、なんか悪いことしちゃったな。
尾崎かなた、まさかイマジナリーフレンドと会話する癖があるなんて、ガチで友だちいないんだな…。そっとしておいてあげればよかった…。
「お姉ちゃん…」
尾崎さんはそんなお姉ちゃんを見て切ない顔になって胸を押さえた。
だけどあたしは、心を鬼にして言わなければならない。
尾崎さんの肩に手を置いて、尾崎はるかを指差した。
「見てごらん、尾崎さん。お姉ちゃんはブラックメシアなんて名乗っているくせに、実は妹から友だちマウントを取られただけであんなに落ち込んで、イマジナリーフレンドと会話する癖があるほど繊細なんだよ。そう、まるではんぺんみたいに繊細で弱いんだよ」
「お姉ちゃん…味がよく染みそう…」
あっ、はんぺんは違ったか。
「尾崎さんごめん。はんぺんは忘れて。言葉のあやだ」
「でも私、おでんで一番はんぺん好きなんです…」
超繊細状態のくせに我が強いな、こいつ。
「うん、美味しいもんね、はんぺん。味がよく染みて。でも今は、はんぺんのことは一回忘れようか」
「そんな、忘れられません…一度意識すると食べたくなってしまうやつです…コンビニで買える手軽さが、私を堕落させてしまいます…」
くっ、尾崎さんの食いしんぼうめ。実はよく買い食いとかするのかな。一緒にしたい。放課後にコンビニの前でダベるって、素敵やん。
「うんうん、わかるよそれ。肉まんとかぴざまんとかも意識すると食べたくなっちゃうよね」
「ごめんなさい…それは、わからないです…」
なんでだよ。
「なんでだよ」
あっ、心の声が外に出ちゃった。だけどこればかりは譲れないから仕方がない。超繊細状態の尾崎さんと言えど、手加減はできない。
「えっ、ちょっと待って。同じカテゴリの食べ物でしょ、コンビニのまんじゅう系とおでん系って。肌寒い日に食べたくなるやつ」
「ぜ、ぜんぜん、違います…。解釈違いにもほどがあります…」
こいつ、涙ぐんでるくせに我も言葉も強いじゃないの。
「おでん系はあったかいおだしもついて、スープの役割も担えます…。冷えた体躯を内側からあっためてくれます…。おまんじゅう系にはない明確な、強みです…」
「うっ、それは、確かに…」
寒い日に飲むおでんのおだしって超うまいんだよなあ。まさに五臓六腑に染み渡る。
「そもそも、寺島さんのカテゴライズが間違っている気がします…おまんじゅう系はホットスナック系と同じ、おでんはあったかい飲み物と同じにカテゴライズするのが、妥当ではないでしょうか…」
「くうぅっ…!」
尾崎さんめ、なんて完璧な論破だ。思わず逆転裁判みたいなリアクションを取ってしまったじゃないか。
「勝負、ありましたね」
「ああ、あたしの負けだよ。完敗だよ、尾崎さん。そう、全部あたしがやったんだ」
「なんの犯人ですか」
おっと、うっかりやってもいない罪の自白をしてしまうところだった。
「さっ、そんなことよりも早く部屋に行きましょう。みんな待ってますよ」
「うん。って、あれ…?」
尾崎さん、いつもの調子に戻っているな。
これはひょっとして、あたしを論破して自信を取り戻したことで超繊細状態を克服できた、ってことなのでは。
なんてことだ。あたしの計画では、『尾崎さんジャイ子から無駄に強気な精神を学ぶ』、『尾崎さんお姉ちゃんに友だちいるマウントを取って見下す』、『尾崎さんカラオケではっちゃける』、とサザエさんのような豪華三本仕立てで超繊細状態を克服させるつもりだったのに。
まさかあたしが踏み台になるだけでよかったなんて。灯台下暗し、いや、案ずるより産むが易し、いや、棚からぼた餅…まあなんでもいいや。
「よーし、いっぱい歌っちゃうぞー」
とにかく尾崎さんの快気祝いだ、素直にカラオケを楽しんじゃおう。
「あれ、部屋どこでしたっけ?」
「あっ…」
しまった、尾崎さん復活計画に夢中で部屋番号がわからない。カラオケの廊下で立ち尽くす女子高生が二人。
いっそもう二人で抜け出してコンビニで買い食いしようかと思っていると、これでもかとこぶしの効いた歌声が、確かな圧を持ってビリビリと響いてきた。
「あんまぎいいいぃぃぃごおおおぉぉえええええぇぇぇぇええ」
奥のパーティールームから聞こえてくる、殺したい男の二三人くらいいそうな情念の籠もった天城越え。
この歌声は間違いなく姫華だ。




