第十四話 紐パンって持ってる?
あたしと尾崎さんの所属する私立ハルモニア女学園二年C組のCは、カオスのCだと言われている。
基本的には品行方正、成績優秀なお嬢様の集う由緒正しい女子校のはずなのに、なぜか二年C組はクセが強い。白鳥の群れに紛れ込んだハシビロコウのごとく異彩を放っている。
まず担任の名前のクセが強い。
磯野益生。通称マスオちゃん。国民的アニメキャラのパチモンみたいな名前をしている。でもあのアニメのキャラの名字はフグ田だ。騙されてはならない。
真面目な若手教師でいい人ではあると思うけど、いかんせん笑い声が気持ち悪い。イヒヒとマッドサイエンティストとサイコパスを足して2で割ったみたいな笑い方をする。
多少見た目は良くとも百年の恋も冷める笑い声だ。あれに惚れる女はイカれている。
そのマスオちゃんの授業中。ジャイ子の内職が見つかった。
「桜沢さん、どうして授業中に漫画を描いているんですか」
桜沢麗子、通称ジャイ子。漫画家になると公言し、常に漫画を描いてばかりいるからジャイ子。家はみすぼらしい商店ではなくて老舗呉服店の超お金持ち。
見た目も全然ジャイ子じゃない。スラリとしたモデル体型に加えて顔立ちは気品のある強気系で、自社の着物モデルになるくらいの超絶美人。カワイイじゃなくてキレイ。名前の通り麗しい。ジャイ子様って感じ。
そして見た目の通り、我が強い。
「じゃあ逆に聞くけどマスオちゃん、将来オサムテヅカのような漫画の天才になるこのアタシが、高校の授業なんて受ける意味があるのかしら」
クラスメイトたちの前で堂々とこんなことを言い返せるメンタルの強さ。さすがジャイ子。
そしてこんな言い回しもいつものことだから、クラスの誰も突っ込んだり笑ったりもしない。まあジャイ子だもんな、と納得している。
「なんで手塚治虫をアメリカンに言ってるのかわかりませんが、漫画を描くならあらゆることを知っておいて損はないと思います。知識が多いほど内容に説得力が増すものです」
「あら、それならマスオちゃん、アタシの描いた漫画を読んでからも同じことが言えるかしら」
「今は授業中なので、後でじっくり拝見させていただきます」
「それなら問題ないわ、短いから」
「いや、しかし…」
強気なジャイ子を応援する声があちこちから飛んできた。ジャイ子の漫画はみんなの愛読書だ。もちろんあたしも読ませてもらっている。
絵柄は昔の少女漫画と劇画調をミックスしたような感じで独特の味がある。ストーリーはなんというか、ひと癖もふた癖もあるジャイ子ワールドだ。
「読んであげてよマスオちゃん」
「そうだよ、おもしれーから」
「はあ、それならちょっとだけ…」
見るからに嫌そうな顔をしながらジャイ子の漫画を読み始めたマスオちゃんが、五秒くらいで例の笑い声を発した。
「イーヒッヒッヒッ!確かにこれは傑作です!フラダンス教室でデスゲームって、設定が斬新すぎます!」
「だよねー、才能あるよね。あたしレイ(首や頭に飾る花)で必殺仕事人みたいに暗殺するとこ大好き」
「うちはウリウリ(装飾のついたマラカス)で鼓膜破壊するシーンだなあ」
「私はカラアウ(二本一組の棒状の打楽器)を鼻の穴に突っ込んで自殺するとこが一番笑ったなあ」
みんなが盛り上がるなか、ジャイ子はだんっと机を叩いた。突然の大きな音に教室はシンと静まり返る。
「失礼ね!アタシはギャグ漫画を描いているつもりはないわ!魂が震え、命と命がぶつかり合う、緊迫のデスゲームを描いているだけよ!」
プリプリ怒るジャイ子にマスオちゃんとみんなが謝り、ジャイ子はなんとか機嫌を直した。
「ふん、見てなさいあなた達!アタシの漫画が評価されてからサインをねだられてもしてあげないんだから!」
「おう、がんばれよジャイ子ー」
「未来のオサムテヅカー」
「また続き読ましてよー」
「なによ!みんなしてバカにして!絶対に吠え面かかせてやるんだから!」
これだ、このジャイ子の無謀なまでの大胆不敵さ。まるで根拠が何もないのに、何を言われても揺るがない鉄壁の自信。自分の将来を信じて疑わない自己肯定感の塊。
これらが尾崎さんの超繊細状態を克服する鍵になる、かもしれない。
「おーい、ジャイ子フスキー」
昼休み。猛烈な勢いでGペンを走らせるジャイ子に声をかけると、射殺すような眼差しでにらまれた。一重美人の眼力は強い。
「なによチョウ子、チャイコフスキーみたいな呼び方して。あなたまでアタシをバカにしにきたの」
「いやいや、そうじゃないよ。尾崎さんがジャイ子の漫画読んだことなくてさ、ちょっと読ませてあげてくれないかな」
「いいけど尾崎さん、アタシが描いているのはBLじゃないわよ」
「ううっ、すいません…。教室でひっそりBLなんか読んでてすいません…」
「いや、そんなことアタシに謝らないでいいわよ。別に悪いことじゃないんだし」
超繊細状態の尾崎さんに涙ぐみながら謝られ、珍しくジャイ子が動揺している。
「というか最近はもうあけっぴろげに愛実と受け渡ししてるじゃない。好きなら堂々と読めばいいのに。愛実みたいに」
ジャイ子の視線の先には窓辺の席でそよ風に吹かれて読書する美少女愛実。垂れてきた髪をかきあげて耳に流す仕草が色っぽく、横顔はつややかな朱に染まっている。桜色の唇から漏れ出した吐息の先には、ガチムチレスラー体型の男が二人。リングの上ではなくベッドの上で熱く激しく組み合っている。
尾崎さんが愛実に貸した、『ベッドの上のライバル』というBL漫画だ。同時期にデビューしてライバル関係にあるプロレスラーの二人がひょんなことから睦み合う関係になり、そのせいで本気でリング上でぶつかり合えなくなってしまい、愛や性欲とレスラー人生のどちらを取るべきか…という意外としっかりしたストーリーで面白かった。
堂々とそんな漫画を広げていても、机をくっつけてご飯を食べている姫華も翠も自然と受け流し、ダラダラとしゃべくっている。
「翠さあ、紐パンって持ってる?」
「いや、ないな。オレはTバック派だ」
「おお、予想の斜め上を行く強烈な回答…。さすが翠だぜ」
「どうしたんだ姫華。紐をほどいてほしい相手でもできたのか?」
「いや、なんとなく。翠なら持ってるかなあって思って」
「そういうのはオレよりも愛実だろ」
「三枚持ってるよ。白、ピンク、紫。姫華ちゃんに履かせるなら、やっぱり白かなあ。えっ、姫華ちゃん今日うち来るんだよね?」
「おっ、姫華の紐パンを拝む会か。ぜひ参加したい」
「いや、そんないかがわしい会一生開催されないし。というか愛実、三枚も持ってるんだ」
「愛実だからな」
「備えあれば憂いなし、だよ」
「なんの備えだよ…。えっ、てか放課後暇ならカラオケ行こーよ。天城越え歌いたい」
「いいぞ、今日は部活もないしな」
「さんせーい。COCCO歌おっと」
がっつり話を聞いてしまった。こいつら真っ昼間からイカれた会話をしているからつい聞いてしまう。でもカラオケはちょっと参加したい。
しかし行くとなると学校から一番近くて安いマッスルシンガーなんだよなあ。尾崎さんのお姉ちゃん、ブラックメシアがバイトしている。
いやでも待てよ、だからこそ行く価値があるのかもしれない。あたしと二人じゃなくて、みんなと一緒に。
などと考えていたらちょうどよく姫華と目が合った。
「おっ、チョウ子たちも行く?行っちゃうカラオケ?」
さすが姫華、目と目が合っただけでポケモントレーナーみたいにカラオケに誘ってきやがる。
「行く行くー!いいよね、尾崎さんもジャイ子も」
「いやアタシは漫画を…いや、何事も経験、ネタになる、か。ふっ、いいでしょう。その挑戦、受けて立つわ」
「おまえはカラオケをなんだと思っているんだ」
髪をファサッとかき上げて承諾するジャイ子に翠が呆れた顔を向けた。
「わ、私なんかがみなさんとカラオケなんて…天罰が当たらないでしょうか…」
おずおずとしながらも、尾崎さんこの反応は行く気まんまんだ。
「天罰って、尾崎さん面白いこと言うね。尾崎さんとカラオケ楽しみだな」
「こんなことで天罰なんて当たらないから。一緒に楽しも、尾崎さん」
姫華と愛実に優しく言われて、尾崎さんははにかんだような顔をしてうなずいた。
さて、果たしてこの作戦、吉と出るか凶と出るか。どちらに転がるのかわからないけど、尾崎さんが嬉しそうにしているから楽しめればいっか。魔法少女にも息抜きは必要だ。




