第十三話 ひと思いにコロスがいいわ!
格好はもちろん普通の格好。ティーシャツの上に、ポパイみたいに上腕二頭筋を強調したおじさんのロゴが描かれたお店のエプロンをつけている。頭にはリボンとフリル付きのカチューシャが乗っている。唯一残るゴスロリ要素。きっとお気に入りなのだろう。
「お、お姉、ちゃん…?」
尾崎さんに呼ばれ、バイト中のブラックメシアは見事な営業スマイルを作って明るい声でハキハキと返事をした。
「申し訳ありません、お客さま。人違いではないでしょうか。ワタシは生まれてこの方、天涯孤独です。孤独には慣れていた、むしろ望んでいました」
名曲の歌詞を引用して堂々とウソをついている。さり気なく悲しい過去まで付与するなんて見上げたやつだ、ブラックメシア。
「えっ、でもお姉ちゃんだよね。だって名札に、尾崎かなたって書いてあるし…」
ブラックメシアの本名って尾崎かなたなんだ。妹がはるかで姉がかなた。二人でワンセットみたいな名前だ。
よく見るとブラックメシアの右目の下にぽつんとひとつ泣きぼくろがある。左目の下に双子みたいな泣きぼくろがある尾崎さんとの対比、素晴らしい。やはり姉妹推しできる。
「あら、よくある名前ですよ。ここでバイトして一年くらいになりますけど、同姓同名の人物にもう二十人は会ってきました。そのたびに『へえ、あんたもかなたってゆーんだ』って言っていきました」
「二十人も!?えっ、それは…まさかほんとに私の勘違い…?」
尾崎さん、真に受けて本気で人違い説を信じ始めてしまった。超繊細状態になると猜疑心がなくなるのだろうか。
それはなんとも、悪用できそうだ。
あれやこれやをリンパの流れを良くするためと言ってごまかせばグヘヘヘ、って今はそんな場合じゃない。あたしがしっかりしなくちゃ。
あたしが尾崎さんを守らないと。これまで尾崎さんがあたしを守ってくれたように。
「ちょっとあんた、変な言い逃れしないでよ。どう見てもブラックメシアじゃん」
「へっ、ブラック飯屋?ブラックな企業の経営する飲食店のことでしょうか?あいにく当店はそういったものとは無関係でして。たまに店長が横暴だと思うことはありますが、筋肉を褒め称えてあげれば基本人畜無害ですし…」
「アクロバティックなごまかしはやめなさい、ブラックメシア。この写真を店長さんに見せてもいいの?」
「ひっ…!」
スマホを突き出すとブラックメシアは頬を引きつらせたて青い顔をした。
あたしが突き出したスマホに写っているのは、大鎌を持ってヤンキーたちと対峙するブラックメシアの勇姿。
「勤務中に楽しそうに闇魔法少女してるこの姿を見たら、店長さんはどう思うかなあ。首の皮一枚で繋がっているブラックメシアは、どうなっちゃうのかなあ」
「こっ、この卑怯者!人の弱みに付け込むなんて、恥を知りなさい!」
「うーむ、まさにどの口が言うかって感じだね。それで、どうするの。あたしは今すぐ店長さんを呼んでも構わんのだが」
「くっ、こんな辱め…ひと思いにコロスがいいわ!」
「オークに追い詰められた女騎士かあんたは。あたしはただ尾崎さんの超繊細状態を解いてもらえればそれで…」
「やめてください、寺島さん…!」
自分でも知らなかった交渉の才能を発揮していると、尾崎さんが涙目になりながら割って入ってきた。
「お姉ちゃんは高校からずっと引きこもりで生粋の社会不適合者で友だちもいなくて、高校を中退してからは家で廃人のようになっていました…。ドアの前にご飯を置かれるドキュメントとかで見るガチのやつで、話し相手はペットのミシシッピアカミミガメのアカミーだけの悲しい人だったんです…」
「ちょっとはるか、その話はやめ…」
面白そうな話を邪魔しようとするブラックメシアの前にスマホをちらつかせると、くうっとうなって大人しくなった。
「だけどある日、ワタシは魔法少女になると宣言して家を出てそれっきり帰ってきませんでした。警察に捜索願を出しても見つからず、もう二年も音信不通だったんです。それがこうして偶然、やっと出会えたんです。生きてバイトまでしている、お姉ちゃんに…」
うっうっと嗚咽を漏らす尾崎さんの肩にそっと手を置いた。こんなお姉ちゃんでも心配だったんだね、尾崎さん。
「闇魔法少女は意味わかんないですけど、私嬉しいんです。ちゃんとバイトをして、社会に出て、人々と関わって生活しているお姉ちゃんに会えたことが…だってもう、お姉ちゃんと二度と会えないんじゃないかって、社会復帰できないんじゃないかって、思っていたから…」
落涙する妹を見てさすがに良心が咎めたのか、尾崎かなたはバツの悪そうな顔をして毛先をクルクル指に巻き付けている。
「それは、心配かけてごめんなさい…」
「ねえ、家に帰ろう、お姉ちゃん。お父さんもお母さんも、すっごく心配しているよ…。アカミーだって、大きくなったよ…もう手のひらに乗らないんだよ…」
ミシシッピアカミミガメってけっこう大きくなるよな。小学校のころ教室で飼っていて、すくすくと大きくなっていくのがなんか気持ち悪くて、つい近所の用水路に逃がしちゃったのを思い出した。ごめんね、名も無きミシシッピアカミミガメ。
「はるか…」
妹の伸ばす手を掴みかけて、姉は頑なに唇を噛んだ。そして表情を殺して、その手を弾いた。
どこかの部屋から物悲しい歌声が流れてくる受付にパンと乾いた音が響き、姉妹の道が分かたれる。
「それはできない。ワタシはまだ、シメイを果たしていないから」
そして姉はキリっとした顔と声で、お会計を促す。
「さあ、早く代金を支払って出ていきなさい。従業員割引しておいてあげたから」
「意思は、固いんだね…。あっ、ポイポイでお願いします」
妹は悲しげに目を伏せ、決済アプリで代金を支払おうとする。
「ええ。ワタシを止めたければ、チカラづくで止めてごらんなさい。こちらにタッチお願いします」
ポイポイとコミカルな電子音が鳴り、支払いが終わってレシートが出てくる。
「レシートは、ご入用ですか?」
「はい。出納帳、つけているんで」
誇らしげな妹に姉はふっと笑い、懐かしそうに目を細めた。
「あなた、昔からそういう子だった。お小遣い帳をキチンと付けてる子だった」
「お姉ちゃんはすぐにお小遣い使い切っちゃって、お母さんに泣きついたり私にたかったりしてたよね」
妹がちゃかすように言って、姉がふっと髪をかき上げる。
「宵越しの銭は持たない主義なの。いつ終わっても、いいように」
「終わらせないよ、お姉ちゃん。私がお姉ちゃんを倒して、お父さんとお母さんとアカミーの前に引きずり出してあげる。アカミーのお世話は、お姉ちゃんの仕事でしょう」
強い決意のこもった顔をした妹を見返して姉は不敵に笑い、深々と頭を下げた。
「楽しみにしているわ、はるか。ご来店、ありがとうございました」
一歩一歩を踏みしめるように退店する尾崎さんの後に続いて、あたしは我に返った。
あれ、なんだったの、さっきの時間。夢?夢じゃないよね。
いろいろツッコミどころ満載だった気がするけど、なぜか聞き入ってスルーしちゃった。尾崎姉妹ワールド、おそるべし。
「寺島さん」
尾崎さんが振り向き、確かな光が宿った目で言う。
「私、絶対にお姉ちゃんを止めたいです。だから寺島さん、手伝ってくれますか?」
「うん、もちろん!」
尾崎さんが初めてあたしを頼ってくれたのが嬉しくて、犬みたいにうなずいていた。
「一緒にブラックメシアを止めよう」
「はいっ!あー、でも私なんかに止められるでしょうか…。魔法少女にすらなれない、私なんかに…」
花のような笑顔を浮かべたと思うと、尾崎さんはすぐに表情を曇らせた。
まずはこの超繊細状態を克服しないとな。うーん、なにかいい方法はないものか。
「あっ…」
あたしの脳裏に繊細さとは無縁の人物の顔が浮かんできた。あいつなら超繊細状態を克服するためのヒントをくれるかもしれない。




