第十二話 あなたはもう、魔法少女じゃないの
「闇魔法ですって…!?」
こういうひとは注目されるのが好きなはずだから、大げさに驚いておけばたぶんベラベラ喋ってくれるに違いない。だって悪役ってそういう説明してくれるものだし。
「フフッ、漆黒の闇じゃなくて、病気の方の病みで病み魔法よ」
ほら、なんか丁寧に漢字の解説してくれてる。きっと誰かに聞いてほしかったんだろうな。
尾崎さんとは別のベクトルで友だちいなさそうだもんな、ブラックメシア。話してみれば面白いタイプだろうにもったいない。
マイクじゃ死ねないと諦め、今度は生き恥を晒しているとグスグス泣き出した尾崎さんの背中をぽんぽんしながら話を聞いた。
「病んでいる方の病み魔法ですって…!?」
中二心がいちいちくすぐられる。お姉ちゃんって何歳なんだろう。高校を卒業しているくらいには見える。身内だったらちょっと心配しちゃうかも。
「そう、病み魔法。ブルーナイーヴは対象者の精神を蝕み、常に暗く落ち込んで些細なことでもキズつきやすい状態にする魔法。自称感受性が豊かな人なんて比じゃないくらいの、超繊細状態にね!」
自称感受性が豊かな人になにか恨みでもあるのか、ブラックメシア。カッと目を見開き、濃いめのアイシャドウのせいでやたらと眼力が強い。
ついでにまたもやマイクがハウリングして顔をしかめ、もういいいやとスイッチを切って放り投げた。
「な、なんて恐ろしい魔法なんだ!でもブラックメシアは尾崎さんのお姉ちゃんなんだろ!?どうして妹にそんな魔法を使うのさ!?」
ブラックメシアは大鎌の背を撫でて、あくどい顔をして笑った。
「これは仕方のないこと。だってワタシのシメイを果たすためには、魔法少女たちはジャマだもの。だから超繊細状態にしてチカラを封じているの。それは妹だからって関係ないこと。ワタシがシメイを果たしたらその枷を解いてあげるからイイコにしてなさい、はるか」
くっ、なんて意味ありげなセリフ。そそられるじゃないか。いろいろ匂わせやがって、このやろう。
「力が使えないなんて、そんなわけ…!」
ブルーナイーヴに抗ってステッキを持ち上げようとした尾崎さんの手が上がらない。
「なんで!?うそでしょ!?どうしてこんなに重いの!?」
鈍器だからだよなあ。
「おい、どうしたんだい、私の筋肉!?」
腕や額に血管が浮き出て汗が滲むほど尾崎さんが力を振り絞っているのに、ステッキが持ち上がらない。片手で軽々とぶん回していた鈍器ステッキが、まるで船を繋ぎ止める錨のように持ち上がらない。
ああ、ちょっとだけ、尾崎さんの首筋に浮いた玉のような汗を舐めてみたい。ちょっとしょっぱくて、でも甘いんだろうなあ。っていかん、あたしがそんな闇落ちみたいな思考をしてどうする。
「言ったでしょう、はるか。今のあなたでは、ココロのチカラである魔法を使えない。あなたはもう、魔法少女じゃないの」
「あ、ああっ…!」
悲痛な声とともに尾崎さんのドレスとステッキがホタルみたいに淡い光を放った。ドレスもステッキもキラキラと輝く砂のようになって宙を舞い、夢みたいに消えてゆく。後に残ったのは力なく床に座り込む、制服姿の少女だった。
「なんで!?どうして!?お願い!マナよ、私に応えてっ!」
いくら尾崎さんが叫んでも、しかしMPが足りないって感じでなんの変化も起こらない。
「はるか、あなたはもう休んでいなさい。ワタシがシメイを果たす、そのときまで」
「そんな…私はみんなを守るって、決めたのに…こんな私じゃ、生きてる価値なんてない…」
泣きじゃくる尾崎さんを抱きしめながら、ブラックメシアを見上げた。
「あんたの使命って、いったいなんなの?」
「ワタシのシメイはただひとつ、静寂の世界を作ることよ」
「それと人を襲って、妹を傷つけることと、なんの関係があるって言うの?」
ヤンキーズが連れて行ったヨシキの、廃人になったような姿が脳裏に浮かんでいた。すべての人をあんなふうにもぬけの殻にすることが、静寂の世界とやらなのか。
「魔法少女なら尾崎さんと協力して、一緒に魔物と戦えばいいじゃないか。なんでこんな酷いことをするんだよ」
ブラックメシアは尾崎さんとそっくりな凛とした眼差しで、あたしの目を射抜いた。
「ワタシはワタシの正しさに従って行動しているだけ。ソレが例え、人からは悪と呼ばれるようなコトでも。それに間違えないで。ワタシは闇魔法少女。魔法少女とは違う魔法の使い方を選んだの。そう、ワタシたち姉妹の道は、分かたれたのよ」
強い意志の宿ったその眼差しに、あたしは何も言い返せなかった。
あたしには尾崎さんみたいにみんなを守ろうっていう正義感も、この人みたいに自分の中にある絶対的な正しさも、何もない。
あたしは尾崎さんといちゃいちゃできればそれでいいだけの、ただの小娘だ。
「ええ、わかっているわ、そろそろシオドキね」
ブラックメシアは誰かと会話するかのようにつぶやくと大鎌をブンと振り回した。するとめちゃめちゃになっていた室内が時間を巻き戻したかのように復元された。床に散らばったポテトすらカゴに戻り、揚げたてですみたいな面をしている。
尾崎さんが失った、魔法の力。
「ツーサイドアップガール、妹のことをよろしくね。すぐ死にたいとか言い出すけどフリだけだから。超繊細状態では命を断つほどの気力は出ない。でも気にしてあげないとスネちゃうから、適度にかまってあげてね」
「そんなのあんたに言われなくても、あたしは尾崎さんの友だちだから」
「そう、それはよかった。はるかにはいい友だちがいるのね」
目を細めるとブラックメシアは大鎌を縦に一閃させた。太刀筋からブワッと暗黒空間的なものが開き、中に足を踏み入れようとするのを細い声が引き止めた。
「お姉ちゃん」
振り向いたブラックメシアに、尾崎さんは涙の跡が残る顔で宣戦布告した。
「私、負けないから。超繊細状態を克服して、何が何でもお姉ちゃんのこと止めてみせるから」
ブラックメシアは目を見開き、悲しそうに細めた。
「そんなあなただから、ワタシは…」
揺れる瞳を閉じて、ブラックメシアは暗黒空間に消えていった。
一悶着あったとは言え支払いというものはしなきゃならない。
「姉がご迷惑をかけたのでここは私が払います」と恐縮する尾崎さんに、なんとか割り勘を承諾させて受付に行くと誰もいない。
ベルを鳴らそうとすると奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前なにやってたんだ!?ポテト届けに行くだけでなんで何十分もかかってんだよ!」
「す、すいません店長…!部屋へと続く暗黒空間が捻れていて…!」
「なに訳わかんねえこと抜かしてやがる!バイトだからってサボってるとクビにするからな!」
「ひいぃ!それだけはご勘弁をお!なにとぞ!なにとぞお!」
どうやらここでも一悶着らしい。やだなあ、誰かの怒られてる声って。こっちまで縮こまっちゃうよ。まったく、どこもかしこも世知辛い。
「すいませんすいません、生まれてきてすいません…」
声に怯えてなぜか謝る尾崎さんをなだめつつ呼び鈴を鳴らすと、ドタバタとどんくさい足音とともにお店のエプロンを付けた店員さんが走ってきた。
「お待たせしてすいません。生まれてきてすいません。お会計でしょう…か…?」
たぶん今、あたしと尾崎さんは鏡で映したように、目を丸くして口をあんぐりと開けていることだろう。
だって店の奥から走ってきた店員さんは、ついさっきカッコよく消えていったばかりのブラックメシア、尾崎さんのお姉ちゃんだったから。




