第十話 なにしてるんですか、お姉ちゃん!?
「そ、それで、あとほかに聞きたいことはないの?まあ、あんたの貧弱な頭脳じゃ思いつかないでしょうけど」
尾崎さんのからの貴重な罵倒、ありがたい。
「尾崎さんの3サイズ!」
声もなくにらまれた。これはもはや蔑みの視線だ。ありがとうございます。
「じゃなくて、マナが閾値を超えなきゃこの世に顕現できないってことは、目に見えない状態でも魔物は存在している、ってこと?」
「へえ、あんたにしては鋭いじゃない。そのとおりよ」
「うげっ…なんか見えないところにいるゴキブリみたいでやだな…」
そこら中にあの触手ウネウネや八尺様が漂っているかもしれないと思うと、けっこうなデンジャラスワールドだ。この世には知らないほうが幸せなことが多い。
「そういう目に見えない状態の魔物を私たちは影と呼んでいるわ」
「影…」
なんて中二病的な呼び方だ、かっこいい。
「影もやっかいでね。基本的には魔法少女以外には見えないし無害なんだけど、波長の合う人が通りかかるとその姿が見えたり取り憑かれてしまうことがあるの」
「取り憑くってなにそれ、幽霊みたい」
「そうね、心霊現象の大半は影の仕業でしょうね」
「ええー、意外な幽霊の正体…。あっ、でもそっか。さっき魔物は心霊スポットとかに現れやすい、って言ってたもんね。幽霊としてたまたま目撃されてた影が、魔物に育ったって感じなのかな」
「そう思っていいでしょうね。だから迂闊に心霊スポットに近づいちゃダメよ。うぇーいとか言ってバカみたいにカメラ回して、魔物に襲われても知らないからね」
「しないって、そんなこと」
中学生の頃にユーチューバーを目指して心霊スポット巡りをしてたのは黙っておこう。本気で怒られそうだ。ちなみに何をしても登録者数は百人にすら届かず、高校に行かずユーチューバーとして食っていく夢をひっそり諦めた。
「で、話を戻すと、影に憑かれた人は負の感情、怒りとか憎しみとかが増幅されて、いわゆる『魔が差した』状態になりやすくなるの。突発的な犯罪の大半は影の仕業と思っていいでしょうね」
「ええ、それも大事じゃん。影もとんでもないな…」
「そうね。だから影を退治するのも魔法少女の重要な責務なのよ」
「そんな霊媒師みたいなこともしてるんだ。魔法少女すげえ」
思っていたよりもあたしたちは魔法少女から守られていたのかもしれない。サンキュー魔法少女。マッサージとかしてあげたい。念入りにリンパを流してあげたい。
「ちなみに影を操ることができる魔物もいて、魔物に操られた影を私たちは使い魔と呼んでいます。使い魔は取り憑いた人を使って、主人である魔物に捧げる生贄を集める性質があってとても危険です」
あ、尾崎さん勝手に喋り方を戻したな。まあ飽きてきてたからいいけど。やっぱりいつもの尾崎さんが落ち着く。塩むすびみたいで。
「あっ、この前の愛実がそんな感じだったかも」
そうか、だから愛実はあたしを八尺様のところに案内していたのか。あれは愛実特有の奇行ではなくて影の仕業だったのか。それを知って安心。これからもいい友だちでいられる。
ちなみに愛実はあの日、高校を出て以降の記憶を失っただけで尾崎さんとのBL関連の記憶はしっかり残っていた。なので今でも教室で尾崎さんとBL談義を交わしている。尾崎さんの正体に関わらない記憶まで消す必要はないのだろう。
「てかそもそもどうして魔物はそんなに人を襲いたがるの?やっぱ、食べるの…?」
八尺様からしたらあたしたちなんてうまい棒みたいなものかもしれない。尾崎さんは桃味だな。ズルい、あたしも食べたい。
「全身をマナで構成されている魔物に食事は必要ないはずですから、おそらく捕食目的ではありません」
「捕食…」
人間相手に使われるとかなりエグい単語だ。
「目的なんてなくて、ただ人を襲うという行為そのものを愉しんでいるような印象を私は持っています。恐怖に怯える人間の顔を見て、愉悦に浸るのが目的ではないかと」
「確かに、八尺様もそんな感じしたかも」
あたしと愛実なんか赤子の手をひねるように簡単に殺せたろうに、あいつはじっくり反応を愉しんでいるみたいだった。
魔物ってやつはとんでもなく性格が悪いらしい。友好的な魔物とかいないのかな、サキュバスみたいなのとか。あれもエロいだけで別に友好的なわけではないか。いやでも、めくるめくエロ体験のためなら多少は…。
「さてと、これで私の知ってることはだいたいお伝えしました」
「うん、ありがとう尾崎さん。おかげでいろいろわかったし、尾崎さんが何をしてきたのかも知れて嬉しいよ」
伸びをする尾崎さんにお礼を言うと、はにかんだような顔になった。
「ま、まあ、寺島さんには知ってほしいと思っていましたし、お礼を言われる筋合いはありません」
「なにそれ、まだツンデレしてんの」
「も、もう、知りません!」
ぷいっとそっぽを向きつつ、ちょっと嬉しそう。ほんとにからかいがいのある人だなあ。
「それよりせっかくカラオケ来たんだから何か歌おうぜー!尾崎さんなに歌うの?セックスマシンガンズ?」
「なんですかそのハレンチな名前!?マシンガンのように種をばらまくんですか!?」
「尾崎さん、種って…。真顔でBL 読んでたり、実は尾崎さんってけっこうむっつりだよね。むっつり魔法少女だよね」
「そ、そんなわけありません!私は品行方正な正統派魔法少女です!」
「いや正統派とは程遠いような…」
尾崎さんをからかって楽しもうとすると、さっきからばか騒ぎをしていた隣の部屋からひときわ大きな笑い声が聞こえてきた。
『おいなんだよこのコスプレ女!』
『店員さんウケる!なにそれプリキュア?』
『こいつステッキまで持ってるし!ホンモノじゃん!』
『ねえねえ、なんか魔法少女っぽいポーズしてよ』
いったいどういう状況なんだろう、非常に気になる。
「ねえねえ尾崎さん、隣も魔法少女だって。そうゆうの流行ってんのかな」
尾崎さんを見ると、雷で打たれたように背筋を伸ばして目を見開いていた。
「この反応、ウソ…」
「尾崎さん…?」
心配になって手を伸ばすと隣の部屋からカラオケ特有の奇声ではなくて、マジの悲鳴が聞こえてきた。
『ヨシキ!?おいヨシキ!しっかりしろ!ヨシキー!』
『し、死んでる…!?』
『あなたなんのつもり!?』
険しい顔をして部屋を飛び出した尾崎さんを追って隣室に飛び込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
見るからにカラオケで騒ぎそうなハデハデヤンキーの男女三人が、漆黒のゴスロリ少女を前にミーアキャットのように身を寄せ合って怯えている。床に尻を突き出して倒れている鼻ピアス男がたぶんヨシキなのだろう。
彼らが怯えるのも無理はない。なんせ漆黒のゴスロリ少女の手には、身の丈ほどもある大鎌が握られているのだから。
「アタシが望む静寂の世界に、あなた達みたいなノイズはいらない。消えて」
大鎌が振るわれようとしたその刹那、魔法少女になった尾崎さんがゴスロリ少女の腕を掴んで止めた。そして驚くべきことを言った。
「なにしてるんですか、お姉ちゃん!?」




