7.私と猫と月と告白
「ガシャン。」
ドアチェーンの可動域の先。10cm程度開いたドアの隙間から外を伺う。突然のインターホンに仕事着のまま出てきてしまった。隣の部屋の人…とは交流がないし、宅配を頼んでいた記憶もない。誰だろう。
「こんばんは…何かご用…あっ!ルナちゃん!」
私は突然の来訪者を警戒しながら声をかけるが、彼に貫禄たっぷりで抱かれている愛猫を見て納得した。昨晩から姿をくらませて散々心配をかけたのに、まさか捕獲されて帰ってくるなんて…ちょっとかわいい。
きっとこの親切な青年は、猫を保護してくれたんだ。私は急いでチェーンロックを外して、お礼を言おうと上を向く。
…驚いた。数時間前に職場で会ったお客さんだ。
「夜分にすみません。外でこの猫ちゃんと会いまして、住所が書いてあったのでお届けに…」
少し困ったような下げ眉。絶対ワックスの付け方を失敗している髪は、目にかかっており、ワイシャツは少しシワが寄っている。薄い唇に、こちらを伺う三白眼。
間違いない。目が合った瞬間に体が熱くなる。
「あっ…ご迷惑おかけしてすみません!」
何故か、この人を見るとドキドキする。本当になんでかは分からないけれど、脳内がキャーってなる。キャー…ルナちゃんと目が合う。
私は無意識に顔を抑えていた手で愛猫を受け取ると、にまにまを隠すように猫毛に顔を埋めた。(ごめん、ルナちゃん。)愛猫に「ブニャ」と声をあげて抗議される。
「本当に…ありがとうございます。」
やっぱりどうしても顔は見れないので、下を向きながらお礼を言う。失礼だとは分かっているのだが、こっちは目を合わせると心臓が張り裂けそうになるのでしょうがない。
それにしても、ここまで届けてくれるなんて優しい人だ。エプロンの手作りの刺繍だって、昨日ルナちゃんを探し回っても見つからなくて、眠れないから願掛けに縫ったものだ。涙で上手く針が刺さらなくて、ぐちゃぐちゃな猫になってしまったのに、この人は褒めてくれた。
あの言葉に私は少し励まされたのだ。愛猫を撫でながら言葉を続ける。
「あの…この刺繍…この子をイメージして縫ったんです…」
「へえ。そうなんですね。」
「さっきは、かわいいって言ってもらえて…嬉しかったです。ありがとうございました。」
最後の方は少し声が震えてしまった。もしかしたら、お世辞で言ってくれたのかもしれない。でも、嬉しかったから、伝えたかった。
私の腕の中でルナちゃんが少し苦しそうに身をよじる。無意識に腕に力が入っていたらしい。慌てて緩めると、彼女はやれやれといった様子で体勢を変えた。(本当にごめん、ルナちゃん。)
「…なんか、ちょっと運命みたいですね…ルナちゃんが連れてきてくれたみたい。」
私が愛猫を見つめると、彼女は満足そうにこちらを見返した。瞳の中のお月様がキラキラと輝いている。
本当に君が連れてきてくれたのかな?
見つからないと泣いた昨日を、励ましてくれた人が届けてくれた宝物。お店を急いで出て行く姿に、出勤中だからと連絡先を聞けなかったことを後悔した。まさかルナちゃんが合わせてくれるなんて、突然すぎてまだ心臓は鳴り止まない。
あの時…「月が綺麗ですね。」お店でそう言った時、彼の顔は真っ赤だった。私をまっすぐ見つめる瞳には熱がこもっていて。私は驚いて下をすぐ向いてしまったけど、彼の握りしめた拳が小さく震えているのに気付いてしまった。
鼓動が早くなる。
あの返事を、私はできていない。
少しの沈黙。相変わらず顔は見れないけれど、もしかしたら。
…もしかしたら、あなたも同じ気持ちなんだろうか。
満月が優しく降り注ぎ、どこからか聞こえてくるピアノの音が心地よく耳に馴染む、そんな夜。
私は、きゅっと口を結んで上を向く。目の前の彼の瞳をまっすぐ捉えて。
「死んでもいいわ………」
小さく呟くと、火照り顔のまま目線を落とす。
「……なんて。」




