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第58話 2-25 目隠し結婚 2

「止まれ!! 今すぐ止まれ!」

 リースは自分の体に命令するように叫んだが、今やその体はもう彼のものではなかった。

 ゆっくりと執事の仮面をかぶった男の後をついて廊下を歩いていく。

 その先にあるのは、エリゼの待つ部屋だ。

 彼の体が一歩一歩進むたびに、残された時間はどんどん短くなっていく。


「くそっ!!」


 リースは自分を縛りつけている透明なガラスに拳を叩きつけた。

 体の中では、彼の魂が一つの部屋に閉じ込められていた。

 外と中を繋ぐ丸い窓が一つあるだけで、それを通してしか外を見ることができない。

 ねばねばした腐臭のする粘液が膝まで満ちていて、体を動かすのもままならない。

 彼は必死にその窓を叩き続けたが、何も変わらなかった。

 もしエリゼのいる部屋に着いてしまったら、この操られた体は一体何をしてしまうのだろう?

 リースの想像の中で、最悪の光景が狂ったように浮かび上がった。

 もしこの体が力ずくでエリゼの体を傷つけたら。

 もしこの体が黒い魔法を放ち、エリゼを自分と同じ状態にしてしまったら。

 そして最悪なのは……この体が……。

 何があっても、そんなことが起こるのを絶対に許せなかった。

 もしそんなことが起きてしまったら、彼はどうやってエスタの顔をまともに見られるというのだろう。

 いくらガラスを叩いても効果がない。

 それでもリースは諦めなかった。彼は拳を限界まで振りかぶり、肺いっぱいに息を吸い込んだ。

 普通に叩いてもどうにもならないなら、特別な方法を使わなければならない。


「固まれ! 速くなれ!! 強化する!!!」


 彼は自分自身に三つの強化魔法をかけ、渾身の力を込めて拳を打ち出した。

 大きなガラスの窓は、びくともする気配がない。

 しかし彼の腕にはひびが入り、一部がガラスのように砕け落ちた。

 魂の欠片が腐臭のする泥の中に落ちていく。


「うっ……」


 激痛が全身を駆け巡った。あたかもその腕が体から引きちぎられたかのように。

 リースの魂の体は歯を食いしばり、ねばねばした泥の中にへたり込んだ。

 彼は片手でひび割れた腕を押さえ、痛みを堪えながら体内の魔力を感じ取ろうとした。そして苦しげに回復魔法を紡ぎ出した。


「あぐっ……ヒール……」


 しかし、淡い青い光が広がったにもかかわらず、ひび割れは全く癒えなかった。


「最悪だ……回復魔法が使えないなんて……」


 リースは長い間息を荒げていたが、ようやく腕の痛みを抑え込むことができた。

 彼は再び苦労しながら立ち上がった。


「くそっ!!!」


 丸い窓の向こうを見つめながら、彼は叫んだ。


 /

 エリゼ・ミランドは、豪華に飾られた部屋の中にある大きな木製のベッドに横たわっていた。

 彼女にできるのは、その天蓋付きベッドの天井をじっと見つめ、静かに息を吐きながら、ただ時間を流していくことだけだった。

 優美な彫刻が施され、金色の装飾が施された大きな天蓋付きベッド。

 ベッドサイドのティーテーブルも、決して普通のものではなく、同じくらい豪華な作りだった。

 このレベルのものは、マルキス邸の中でも簡単に見られるものではない。

 まさに王族レベルの品だった。

 しかし、どれほど豪華で居心地が良くても、ここは本当は牢獄だった。

 窓は固く閉ざされ、どんなに力を込めても微動だにしない。外側も何かに覆われて真っ暗で、外からの光が一切差し込んでこない。

 エリゼはここにいて、心の底から恐怖を感じていた。部屋のドアが開くたびに、びくりと体を震わせてしまう。

 屋敷の使用人たちは、まるで命のない人形のようだった。命令に従ってただ歩き回るだけ。彼女たちは目が虚ろなまま作業をし、作業そのものに目を向けることすらなかった。

 それでも、仕事は正確で完璧にこなしていた。

 それでもエリゼは彼女たちが怖くて、部屋に入ってきたときはベッドの上で体を縮こまらせてしまうのだった。


 それでも、エリゼはこの部屋の扉を開けて自分を助けに来てくれる人物を、何よりも恐れていた……。

 もし入ってきたのがエスタなら……彼女は迷わずエリゼを剣で刺し殺すだろう。

 もし入ってきたのがアルティシアなら、彼女は裏切り者の囚人として連れ戻されるに違いない。

 そして、もしリースだったら……あの人は自分を助けてくれるだろうか?

(リース……あなたはまだ、私を諦めていないよね?)

 彼女は心の中でそっと呟き、まるで魂が抜けたような様子で体を起こして座った。

 エリゼはベッドから足を下ろし、天蓋のベッドと浴槽を遮る衝立の方へと歩いていった。

 服を脱ぎ捨て、隠されていた白く滑らかな魅力的な肢体を露わにし、浴槽に浸かった。

 浴槽の水は魔法によって常に温められていた。しかし、湯に浮かぶ花の香りは、疲れ果てて暗くなった心を癒すには全く足りなかった。

 彼女は丸みを帯びた浴槽の縁に背中を預け、首をぴったりと支えるための台に預けながら、つい先ほどの出来事を思い返した。


 アルティシアからアッシュズブルックへの休暇の招待状を受け取ったその同じ日、謎の人物に彼女は拉致されてしまったのだ。

 最初、エリゼはこれが身代金目的の誘拐か、政治的な攻撃だと思っていた。

 しかし違った。彼女は豪華なレストランの個室に連れてこられた。

 そこでエリゼは、仮面をかぶった男――アルトニオと初めて出会った。


「私はあなたを王子と結ばせてあげられますよ。ただ、少しだけ協力してくれればいいんです」


「少しだけ……ですか?」


「ええ。ただ、あなたの友人であるアルティシア・ランドールと、個人的に一度会う約束を取り付けてほしいだけです」


 当初はそこで話が終わると彼女は思っていた。

 しかし事態は彼女の手に負えないほどに大きくなってしまったのだ。

 当初はそこで話が終わると彼女は思っていた。

 しかし事態は彼女の手に負えないほどに大きくなってしまったのだ。

 彼女はアルティシアを罠に誘い込み、しかも彼女の護衛の二人を死なせてしまった。


「ローク……ザール……ごめんなさい……」


 エリゼの口から小さな嗚咽が漏れた。

 失われた二つの命は、彼女が支配から逸脱しないための警告だった。

 彼ら二人は、エリゼの幼なじみであり、召使いであり、非常に親しい友人だった。

 それなのに、彼女が新しい二人の友人と道を踏み外したというだけで、殺されてしまったのだ。

 エリゼの心は罪悪感に沈み込み、胸の奥から何かが込み上げてきた。彼女は慌てて浴槽から立ち上がり、おまるに向かって吐いた。

(おまるなんて本当に気持ち悪い……でも今の私の方が、よっぽど気持ち悪いわ)

 エリゼは心の中で自分を嘲りながら、吐いたせいで溢れた涙を拭った。

 もう誰も助けてくれないだろう。

 彼女は完全にアルトニオ・アッシュズの『道具』になってしまったのだ。

 顔と体を浴槽の水で洗い、近くのラックに掛けられていたタオルで体を拭った。


 クローゼットの中には美しいドレスがたくさん並んでいたが、エリゼはそれらを冷たい目で見つめ、下着だけを取り出した。

 彼女はあの値打ちの高いドレスには一切手を触れなかった。下着を着けた後、彼女は元に戻り、古い服……エスタがくれた服を身に着けた。

(エスタ……リース……)

 彼女は胸に手を当て、そっと呟き、苦々しく笑った。

 以前はカレンが服を着せてくれていたのに、今では彼女は自分でスムーズに着られるようになっていた。

 その服を着終わると、彼女は手で靴を取ってベッドの方へ戻った。

 部屋の中は寒くなく、床には大きな絨毯が敷かれていたため、彼女は靴を履きたくなかった。


「リースはどうなっているのかしら……」


 彼女は彼のことを思いながらベッドに体を投げ出した。


 /

 その時、ドアの開く音がした。エリゼは慌ててベッドの中央まで這い上がり、体を硬直させた。

 白いカーテンは薄く、中に入ってきた人物をはっきりと見ることができた。


「エリゼお嬢様でございます」


 リースの声が響いた。彼は甘く滴るような、まるで口説いているかのような声で言った。


「リース……」


 エリゼが名前を呼ぶと、リースは軽やかでゆっくりとした、まるで生気のない足取りで部屋の中に入ってきた。

 大きな扉が閉まり、外側から鍵を下ろす音がした。

 彼女は自分が目の前の青年と一緒に閉じ込められたことを悟った。

 リースは大きなベッドの柱のところまで歩いてきて、そこにぴたりと止まり、細めた目で彼女を見つめた。

 それは、貴族の追従者たちがエリゼを見る目と全く同じだった。


「愛しいエリゼ、僕ね、お父様と話してきたよ」


「お父様?」


「ええ。公爵アッシュズ、アルトニオこそが僕の本当の父親なんです」


 リースの声は、彼が『お父様』と呼ぶ人物を偉大な存在として大げさに持ち上げるかのように高らかだった。

 しかし、その声は空虚で何の感情も感じられなかった。

 それでエリゼはすぐに悟った。

 目の前にいるものは、彼女が知っているリースとは全く違う存在だということを。

(この人は、私の知っているリースじゃない……!?……)

 彼女の心臓は恐怖で激しく鼓動し、シーツを強く握りしめた。

 息が喉に詰まり、吸おうとしても何かに塞がれているようだった。


「リース……いや……あなたはリースじゃない……」


 彼女はほとんど言葉にならないほど震える声で言った。

 その時、『リース』と呼ばれる者の手が、薄い白いカーテンをかき分けた。


「僕はエリゼと結婚します。一緒に家族になりましょう」


 エリゼはベッドの端から逃げようとしたが、もう遅かった。

『リース』は薄い白いカーテンを引き裂き、破り捨てた。


「来ないで!!」


 エリゼが叫ぶと、『リース』は飛びかかってきた。彼は彼女を覆っていた毛布を掴んで足元に投げ捨てた。

(嫌……嫌……嫌……)

 彼女は心の中で叫びながら、『リース』の胸を押し返そうとした。

 しかしその腕には力が入らず、まるで石の壁を押しているかのようにびくともしなかった。

『リース』の腕が彼女の体を押さえつけ、逃げられないようにした。

 彼女がもがけばもがくほど、目の前の青年はますます強く彼女を押さえつけた。

 彼のもう片方の手がエリゼの肩の部分の服を掴み、引き裂いた。

 左側の胸から上半身が露わになった。


「やめてぇ!!!!!!」


 エリゼは絶望の叫びを上げた。

 思考が粉々に砕け散っていく。

 彼女は必死に身をよじり、死に物狂いで逃れようとした。

 しかし、それも全く無駄なことだった……。


『あとがき』

まずは、更新が丸二日遅れてしまったことをお詫び申し上げます。

不幸は三度続くと言いますが、まさにその通りでした。

この二日間にいろいろなことがありましたが、ようやくすべてが落ち着きました。

次回の更新では、リースがこの状況を打開できるのか、そしてエリゼがどうなっていくのか、ぜひ見守ってください。

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