第57話 2-24 目隠し結婚 1
リースの体は椅子に縛り付けられ、頭には麻袋が被せられていた。
今の体はすでに麻酔薬の毒から回復していたものの、彼は自分の体を椅子に固定しているものを引きちぎることができなかった。
強化の魔法を使っても、やはりどうにもならなかった。
リースは、自分が体を動かそうとしたときに響く擦れる音が金属の音だと気づいた。
おそらく彼を縛っているのは鉄の鎖だろう。
そうとわかると、彼は抵抗するのをやめ、新しい方法を探し始めた。
(……待つしかないな。ただ、機会を待つだけだ……)
そう思い、彼はただじっと耐えながら待つしかなかった。
どれだけの時間が経ったのか、わからない。
普通の人なら正気を失い、泣き叫ぶか暴れ出すところだろう。
だがリースは、ずっと冷静さを保っていた。
回復の魔法陣を刻まれたときの激痛に比べれば、これは些細なことだった。
長い時間座って待ち続けていた後、ようやくドアの開く音が響いた。
リースの椅子は優しく押されて移動させられた。
リースは凹凸のある通路を通って一つの部屋へと連れていかれた。
ドアの蝶番が擦れ合う音が、押し開けられる際に響き渡った。
それは過去の呻き声のように耳にこびりつき、言葉にできないほど悲しげで、胸に染み入る響きだった。
頭に被せられていた麻袋がゆっくりと外された。
リースの目の前にいたのは、白いスーツを着て仮面を被った男だった。
灰色の髪はリースのそれと同じく目立っていた。
左の肩には、金糸で美しく刺繍された茶色のマントを羽織っている。
「ようこそ、エリゼの同志よ」
彼は詩を詠うような声で言いながら、両腕を大きく広げてみせた。
わざとらしく不自然に高く加工されたその声は、この男が今どんな感情を抱いているのか、まったく予想がつかなかった。
しかしリースは、沈黙を答えとした。
彼がその男に向ける視線は落ち着いていて、先ほどのような敵意は微塵も感じられなかった。
まるで全く知らない相手を見るような、ただの無表情な目だった。
「なかなかいい目をしているじゃないか」
謎の男はリースの視線を受け止め、皮肉たっぷりの言葉を返した。
リースは内心で不快感を覚えたものの、今回は賢く戦わなければならないと、自分を必死に抑え込んだ。
内面的な感情を顔に出してはならない。
そう考えたリースは、軽く頭を下げて丁寧に答えた。
「ありがとうございます」
仮面の男は少し沈黙した後、再び口を開いた。
「さてリース、まずはお互いを知り合うことにしようか」
「仮面をかぶったまま知り合うんですか?」
耳障りな甲高い声が響いた瞬間、リースは即座に言い返した。
返ってきたのは怒りの咆哮ではなく、楽しげな笑い声だった。
短く笑った後、男は再び言った。
「まさかマリッサがあんたをあんな風に教育するとは思わなかったよ」
言い終わると、彼は片手を上げて合図した。
後ろに立っていた男がリースの体を縛っていた鎖を外した。
鎖がすべて取り外されると、その男はすぐに部屋から出て行った。
呻くような音を立てていたドアが閉められ、外側から閂を下ろす音が響いた。
これで二人は部屋に閉じ込められたことがわかった。
もし相手がモンスターなら、リースはすぐに強化の魔法を唱えて飛びかかっていただろう。
しかし目の前にいるのは、正体も知れない狡猾な男だった。
おそらく罠はすでに張り巡らされている。
でなければ、こんな簡単に鎖を外すはずがない。
今ここで戦うのは、愚かなことのように思えた。
高貴な男は銀色の仮面を外し、それを目の前のテーブルに置いた。
すると、整った顔立ちが現れた。
鋭い瞳、細長い顎、そして落ちくぼんだ頰が、健康が優れないことをはっきり物語っていた。
「さて、これで普通に話そうか」
彼は先ほどのような詩を詠うような声ではなく、温かみのある普通の声で言った。
リースに向ける視線は優しく、マリッサがリースを見る時とまったく同じだった。
「私はアルトニオ・アッシュズ、現当主であるアッシュズ公爵だ」
リースは頷いたが、何も言わなかった。
彼の知る限り、アッシュズ公爵は反乱を起こして倒されたはずだった。
それなのに目の前の男は、まだ崩れ去った地位に固執しているようだった。
リースが無言のままなので、アルトニオは言葉を続けた。
「リース、君は自分がアッシュズ家にとって重要な血筋であることに、まだ気づいていないかもしれないな」
「実はもう知っていますよ」
リースは目の前の男と視線を合わせたまま答えた。
実はリースは確信など持っていなかったし、知りもしなかった。
だが今は「はい」と答えるしかなかった。
その言葉を聞いた瞬間、男の口元に美しい笑みが広がった。
彼は片手を胸に当て、身を乗り出して、嬉しそうに微笑んだ。
「私は君の父親だよ、リース」
「ええ、そのことなら……僕も一応考えてはいました」
リースは素っ気なく答えた。
それだけでアルトニオの笑顔が消え、眉が下がり、目には寂しげな色が浮かんだ。
そして長いため息をついた。
「マリーナの人間にずっと吹き込まれてきたことを、信じているんだろうね」
「吹き込まれた話、ですか?」
「そう」
アルトニオはもう一度、長いため息をついた。
両手が震えるほど強く握りしめられていた。
そして、重い声で言葉を続けた。
「私の父……君の祖父は、ずっと私に話してくれていた。若い頃、アリアルデルとパイソン帝国の間で戦争があったんだ。しかしアッシュズブルクは軍を派遣しなかった。マリーナの司祭たちはその隙をついて我々を陥れ……そして倒した。その出来事でアッシュズ家のほとんどが死んだ。生き残った者たちは街の闇に身を潜め、最後には散り散りになった。残ったのは私の父だけ……彼は今も公爵の名を背負い続けていて……それが私に受け継がれたんだ」
アルトニオの声は震え、かすれていた。
彼は言葉を切り、うつむいて激しく息を荒げた。その瞬間、リースは口を開いた。
「では、なぜ先代公爵は戦争に兵を送らなかったのですか……?」
「我々は常に隣国との戦いを強いられていた。他の側も逆さ塔に対処しなければならず、時間も資源もなかったんだ……」
アルトニオはまだうつむいたまま答えた。
リースは彼を見つめながら、徐々に混乱と動揺を覚え始めた。
もしアルトニオの言うことが本当なら、アッシュズ家の反乱はでっち上げだったということになる。
この忌まわしい出来事は、マリーナの教会が引き起こしたものなのか?
では、どちらが正しいのだろう……。
何が真実なのだろう?
しかしその混乱の中にいた時、
アルトニオが顔を上げた。
彼は懇願するような声で口を開き、リースは思考の渦から引き戻された。
「リース、君は私たちの唯一の希望だ」
「唯一の希望……?」
「生みの父として、私はお願いする。エリゼ嬢と結婚し、アッシュズ家をもう一度、力ある家として築き上げてほしい」
アルトニオの声は震え、嗚咽が混じっていた。
顔は歪み、目からは涙が溢れ出していた。
その顔と目を見た瞬間、リースの視線が再び下がった。
心の奥底で何かが、彼にアルトニオの懇願に従うよう告げていた。
少年は静かに口を開き、息を吸い込んで声を出す準備をした。
しかし何かが彼を突き刺し、軽い雷魔法に打たれたようにビクリと震えた。
『境界の橋を破壊しなければならない』
エスタの言葉が突然頭の中に響き渡り、リースは慌てて口を閉じた。
(そうだ、まだ境界の橋を破壊するという任務が残っている)
エスタの明るい声は山のように大きく、リースがアルトニオに抱いていた哀れみの感情を一瞬で押しつぶした。
もしエリゼと結婚を選んだら、エスタとの冒険を続けられるだろうか?
エリゼの気持ちはどうなる? 彼女はリースがその道を選ぶことを喜ぶのだろうか?
拒否する理由が次々と浮かび上がり、それは十分すぎるほどだった。
リースはアルトニオの懇願を振り切るだけの覚悟ができた。
リースは重々しい声で言い切った。
「お断りします!」
アルトニオの顔は、拒絶の言葉を聞いた瞬間、固まった。
しかし彼は怒り狂うことも、声を荒げることもなく、涙を拭い、穏やかな笑顔に戻った。
そして冷静な声で言った。
「どうやら、軽い精神操作の魔法が君には効かないようだね。だが、それでも即座に拒絶してきたことは、とても印象的だったよ」
「つまり、先ほどおっしゃったことは全部嘘だったんですね?」
リースは即座に言い返した。
しかし返ってきたのは、狂ったような笑い声だった。
「いいえ、全部本当ですよ~」
アルトニオは再び詩を詠うような調子で言いながら立ち上がり、体をくねらせた。
「そして、それが全部本当だからこそ、君の拒絶を許さないんですよ~」
詩を詠い終えると、アルトニオは手を叩いた。
すると周囲から儀式の詠唱が響き始め、リースの足元に紫色の光が広がり、魔法陣の紋様が彼を囲んだ。
(やっぱり、隠れていたんだな)
そう気づいた瞬間、リースは素早く立ち上がった。
彼は車輪付きの椅子を押しやり、前方に飛び出した。
しかしリースは、座っている間ずっと気づいていなかった。
両足が三尺ほどの長さのワイヤーで繋がれていたことに。
勢いよく踏み出した瞬間、ワイヤーが彼を引き戻し、リースは即座に転倒した。
「言い忘れていたよ、抵抗は許可しないよ」
アルトニオは嘲るように言い、それから狂ったように笑い声を爆発させた。
大きな魔法陣の中で、腐った肉のような濃い紫色の液体が湧き上がってきた。
それらはリースの口と鼻に狂ったように流れ込み始めた。
リースは溺れているかのように苦しんだ。
必死に抵抗し、吐き出そうとしたが無駄だった。量が多すぎ、勢いが強すぎた。
彼の体は激しくのたうち回りながら、その汚物が体内に流れ込んでいった。
リースの目が見開かれ、最後には白目をむいて上を向いた。
恐ろしい闇の詠唱が終わり、床の光がすべて消えた。
リースの体が再び立ち上がった。
彼の瞳は不気味に濃い紫色に輝いていた。
「はははっ」
アルトニオは勝利の笑い声を上げ、体をくるりと回してから、動かなくなったリースの前に止まった。
指でリースの顔を掴み、左右に振りながら確認すると、命令を下した。
「行け、リース、私の息子よ。エリゼを我が家のものにしろ!!」
「はい」
リースの体は短く答え、大きな扉を軋むような音を立てて押し開けると、そのまま去っていった。
『あとがき』
まず、1ヶ月以上も間を空けてしまったことを、皆さんに深くお詫び申し上げます。
実は、別の作品をコンテストに応募しようと無理をして執筆していました。
しかし、募集要項を十分に確認できていなかったため、結局応募することができませんでした。
とはいえ、執筆したもう一つの作品も納得のいく分量になりました。
そのため、これからは本編の執筆に戻り、早急に第二部を完結させる予定です。
--------------------------------------------
もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価 ☆ などで応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。




