西欧各国状況
真正粘菌ルシファーは、個々の生き物と見るよりも、群れをひとつの生物としてみるほうが理解しやすい。ひとつのルシファーは、種族を繁栄させるため、他の個体のため、あるいは、群れのために行動する。行動原理の本質は個性よりも集団なのである。
核兵器の爆発は、地上のすべてのルシファーの個体を焼き殺したわけではないが、群れとしてのルシファーに大打撃を与え、再び群れとしてまとまるために苗床の養生に集中することとなった。この影響により、ルシファーは一時的ではあったが、その感染を拡大させる勢いが急激に衰えたのである。大規模な感染拡大が再開されるまで時間の猶予ができたのである。
正午にフランス共和国大統領から声明が流れる中、大統領はフランス北部に発生した大規模な事案に関して、原因不明の大異変ともいうべき大災害が発生したことの声明を発表した。大異変による犠牲に哀悼の意を示し、フランス北部は立ち入りが禁止区域に指定した。一部の有識者は、大統領の声明に疑問を感じたが、すぐにルシファーの危機を知ることとなり、もっとも深刻な問題の前にして、闇の歴史として忘れ去られることとなった。
同日午後、先の大戦以後、パリに初めての空襲警報が鳴り響いた。ドラゴンはたやすくパリ上空に進入し、巨大なドラゴン4頭が市内上空を飛翔する姿が目撃された。市民は逃げ惑ったが、幸運にも市内への攻撃は無かった。
フランス・テレビジョンは、パリに現れたドラゴンの姿を全世界に発信するとともに、大陸に残された人に向けて、パリに集結し反撃に参加するように呼び掛けを始めた。フランス共和国は首都パリ周辺に西欧の戦力を集結し、徹底抗戦の構えをとるつもりであった。パリは、戦いのため、兵士も看護師も、とにかくあらゆる人材を求めていた。早くからドラゴンとの戦端を開き、一進一退のとても長い戦いが始まるのである。
一方、イギリスは、イギリス王立空軍によるイギリス海峡上空の国防作戦の結果、英国とドラゴンの戦いは、ドラゴンの迎撃に成功をおさめ、イギリス側の優勢が続いていた。イギリスは、広がる西欧各国の戦火に対し、積極的に避難民を受け入れるとともに、ルーアンの事案以降もノルマンディーに集結しつつある多国籍軍の参加に注力していたが、その勝算が望めない戦いに本土防空に専念するようになっていった。
しかしながら、国内でルシファーの感染者が発見されると、その後の大混乱は国家レベルの緊急事態となり、政府機関が安全地帯へ移転を繰り返すという事態に追い込まれた。最終的には大陸における一切の軍事作戦に参加することはなくなってしまったのである。
極東の日本国は西欧から地球の反対側に位置するため、ドラゴンやルシファーの脅威に現時点ではさらされていなかったが、他の国々と同じように、それも時間の問題であるとの予想が大半の意見であった。




