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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第十章 ポートブリッジ計画
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フランス南東部コート・ダジュール地域圏トゥーロン湾

 日本国海上自衛隊所属の輸送艦〈おおすみ〉は、目的地であるフランス共和国海軍地中海艦隊の司令部のあるトゥーロンに入港を果たした。トゥーロンは地中海のトゥーロン湾に臨み、王政の時代から現代に至るまでフランス共和国海軍の基地がおかれている軍港であり、地中海艦隊の司令部以外にも海軍工廠があり、さらに軍艦を維持管理するために必要な造船・化学・繊維・機械・食品加工・兵器などの産業が発達していた。

 トゥーロンの軍港には、日本国でいうところの護衛艦クラスの軍艦が何隻も港に接舷されていた。その中でも目を惹くのは、輸送艦〈おおすみ〉と同じように艦首から艦尾まで通じ全通甲板でありながら、輸送艦〈おおすみ〉よりも全長で100メートルほど巨大な軍艦である。飛行甲板に戦闘機が並べられており、甲板上で働く人の数は他の軍艦とは比較にならないほど多いその艦は、フランス共和国海軍地中海艦隊が誇る航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉である。

 輸送艦〈おおすみ〉は、まるで巨大な壁のように聳え立つ航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の傍を通り過ぎようとしていた。全通甲板上に車両を乗せている見慣れない艦は、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉側の水兵からも注目を浴びていた。

 輸送艦〈おおすみ〉からラッパの音が聞こえると、甲板上の乗員が一斉に航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉へ直立不動をとり、敬礼をした。航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉からも日本国の軍艦であることがわかると、最高指揮官が答礼をしているのが見えた。さらに、『こんにちは。お会いできて嬉しいです』というメッセージを無線で送ってきた。

 トゥーロンの統制の取れた軍艦は、一見頼もしそうにも見えた。これだけの軍艦があれば、この戦争に勝てるかもしれないとセリア・ケイは信じたかった。そう、この混乱は彼女にとっては、戦争なのである。しかし彼女の本心は、このトゥーロンすらも、いずれルシファーによって蹂躙されるという危惧しか湧かなかった。映画や小説でしか見たことがない軍艦どうしの敬礼シーンは、まるで死亡フラグを立てるためのおきまりのシーンにも思えた。

 港の岸壁には、フランス共和国海軍の制服組がセリア・ケイを迎えに来ているのが見えた。ケイは艦が完全に止まるのを待って、艦橋の藤森多聞艦長に今までの謝辞を伝えるとともに、日本に無事に帰れることを祈っていると伝えた。

 一方、艦内はそわそわしていた。入港のためではない。ゲストのケイが、いよいよ退艦するからである。自衛官たちからは、いろいろな餞別をほぼ無理やりにケイに手渡し、彼女は荷物がいっぱいになってしまった。

 輸送艦〈おおすみ〉の船体側面のサイドランプが開かれるとともに、舷梯が下ろされた。重そうな荷物を抱えて舷梯をひとり降りるケイに、自衛官たちから「元気でな」と応援されると、立ち止まり振り返った。自衛官たちの中に伊藤夏音2等海士の顔も見えた。和田継矢曹長の姿は見えなかったが、任務中で離れられないに違いない。

 彼女は「みなさんも」と笑顔で返答した。短い間ではあったけれども、親切にしてくれた人と分かれるのは寂しいものである。

 迎えのフランス共和国海軍の制服組の前へ進むケイの姿は、輸送艦〈おおすみ〉に救助されて乗り込んだ時の弱々しく頼りのなさそうな姿ではなく、背筋を伸ばし凛とした姿になっていた。

「私がセリア・ケイです。助け出して頂いて感謝しています。そして、その理由も聞いています。今度は私が恩をお返しさせて頂く番です。オランダを脱出し、フランス北部で、私が見続けてきたことを、すべてお話します」

 彼女は答えた。

「私は国連連絡将校のフランス共和国海軍のディック・クレイグ少佐です。長旅をお疲れでしょうが、いっしょに同行をお願い致します」

 ケイは、もういちど、輸送艦〈おおすみ〉を振り返ると、甲板上ではまだ自衛官たちが見守り続けていた。彼女は輸送艦〈おおすみ〉に向かって丁寧にお辞儀をすると、迎えの車に乗り込んだ。


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