表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェアリーリング  作者: 坂井美春
第十章 ポートブリッジ計画
PR
67/75

ケルト海上、日本国海上自衛隊輸送艦〈おおすみ〉

 輸送艦〈おおすみ〉は北大西洋東側を南下するべく、イギリス海峡を抜けてアイルランド南沖のケルト海を横断していた。

 セリア・ケイは輸送艦〈おおすみ〉の艦内で不可思議なものを見つけていた。首をかしげながら、ガラスの中を覗き込んでいる。日本語が読めない彼女は、中に置かれているサンプルの図柄から中身を判断するしかないのであるが、その理解に苦しんでいた。

 どう見ても、それはコーンスープやコンソメスープの缶にしか見えないのである。それが自動販売機の陳列棚に置かれている事実を素直に受け入れていいものか訝っていた。しかも、押しボタンにホットと書かれているという事実は、冷たい飲み物といっしょに熱いスープを1台の自動販売機で売られているとしか思えないのである。

 オランダにだって自動販売機は、もちろんある。しかし、スープを売っていることはないし、ましてや、温かいものが買えるというのは、非常に衝撃的なのである。ここまで機能を追求することが立派なのか、やり過ぎなのかよくわからなかったが、確かに便利ではある。いずれにしても、輸送艦〈おおすみ〉にお世話になって、日本文化に初めて触れることになったのであるが、これこそが最も驚かされたことであった。

 しかしながら、日本文化の魔訶不思議なものを探して、ここへたどり着いたわけではない。目的はミネラルウォータであった。所持していたオランダの通貨を日本円に交換してもらっていたので、自動販売機で一本のミネラルウォータを購入すると、強く握りしめた。

 今まで別世界事としか考えていなかった核兵器が、自分の目の前で使用され、その立ち上がるキノコ雲を目撃することになるまで、その爆発による威力を全く知らなかった。威力が強すぎて実戦には使えない巨大な爆弾としか考えていなかったし、ましてや過去に日本国内の都市に使用されていたことを知らなかった。

 今回の爆発は、間違いなく人が居る場所で使用されている。彼女は伊藤夏音2等海士に頼んで、輸送艦〈おおすみ〉のパソコンに保管されていた戦争証言アーカイブ・ライブラリを見せてもらった。広島や長崎で起きた悲劇、やけどで皮膚が捲れた両手の腕を、こすれないように突き出し、大勢の人が爆心地の方から、よろけるように歩きながらやってくるという生存者の証言がCG映像によって再現されていた。やけどを負った人々は体内の水分が急激に奪われ、水を求めて彷徨っていた。市街は火災に溢れ、水はどこにも無く、水を口にすることなく力尽きていくのである。彼女は最後まで見ることができなかった。

 ルーアンに水を届けてあげたい。居ても立ってもいられないそんな気持ちがケイにミネラルォータを買わせる行動に走らせた。しかしできることはそこまでである。彼女にはそれ以上のことはなにもしてあげることができなかった。一本のミネラルォータすら持っていってあげることができない非力な自分の存在に気づかされるだけであった。彼女は多くの命が苦しんでいる事実を知っているにもかかわらず、今回もなにもできない自分を責めた。彼女は未練がましくミネラルォータを強く握りしめるだけであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ