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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第九章 ルーアン上空
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ルーアン沖、日本国海上自衛隊輸送艦〈おおすみ〉

 セリア・ケイは、再び士官室に案内された。伊藤夏音2等海士は満面の笑みである。その理由は、今晩の夕食がカレーライスであるからである。曜日感覚のない護衛艦勤務では「曜日感覚を忘れないため?」なのかは諸説があってわからないが、いつの頃からか週末にカレーライスを食べる慣習が定着している。実際には、そんな説明はどうでもよいのであるが、ケイというゲストがいるから、カレーライスなのである。

 伊藤夏音2等海士のカレーライスを目にした時の満面の笑顔は、艦内でも有名になっていた。女性の笑顔は、やっぱり癒されるものである。なんの屈託もない笑顔は、男性目線でかけがえのない萌え的な要素のひとつであり、それを目当てに食堂に集まる自衛官は少なくはない。特に今回に限っては、振る舞いが上品で、スラリとしたスタイルのお姉さんタイプの若いオランダ女性もいるのであるから、ちょっとした騒動になってしまった。

 ケイはカレーライスをテーブルに置くと、腰掛けるときにスカートの後ろ側を押さえて、シワにならないように座った。その仕草は男性には無縁な動作で、とても新鮮に見え、おしとやかな印象があった。さらに、両脚を綺麗に揃えて座っている姿はエレガント品を感じさせ、一挙一動が男性の心を鷲掴みし、声に出ないため息が士官室に溢れた。

 いっぽう、伊藤夏音2等海士は、椅子に座っているとき、普通に立っているときに、体が凝り固まらないようにストレッチを始め、体を左右にひねる癖があった。どうやら背骨が歪みがちであるため、骨を鳴らすとスッキリするのである。この仕草は体の曲線が強調されるので、なんか色っぽい仕草であり、これはこれで萌え的な要素なのかもしれない。さらに、リスみたいな小動物っぽい食べ方のため、控えめ女の子っぽさを醸し出しており、こちらも十分に注目を集めてしまっていた。

 護衛艦の勤務はそれこそ食事しか楽しみがないこともあり、食事のどんなメニューにも味には徹底的にこだわりがあるという。特にカレーライスは、自衛官の健康を第一に考える調理員のこだわりがたくさん詰まった本格派で、香りも高く本当に美味しい。輸送艦〈おおすみ〉に限ったことではないが、海上自衛隊のカレーには各部隊、各艦艇で独特の隠し味があり、赤ワイン、ミロ、茹で小豆、インスタントコーヒー、コカコーラ、チョコレート、ブルーベリージャム等さまざまである。このように工夫を凝らしていることもあり、味の評価が高い。伊藤夏音2等海士が輸送艦〈おおすみ〉の配属を希望した理由は、実のところ供されるカレーライスの美味しさに惹きつけられたという噂である。

 カレーライスの香りが二人の女性の気持ちを鷲掴みにする一方で、できるだけ失礼にならないように、男性自衛官たちがチラリと見るというまるで子どもたちの集まりのような士官室に、世界の緊迫感が嘘のようにすら感じられた。しかしながら、士官室の壁に掛けられた時計がそうであるように、全世界はこの瞬間にも1秒1秒を刻み続け、さまざまな思惑で世界は動き続けていた。

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