カレー沖、日本国海上自衛隊輸送艦〈おおすみ〉
セリア・ケイは日本国の海自衛隊輸送艦〈おおすみ〉の艦上にいた。海上は穏やかに見えていたが、艦上ではかなりの横揺れがあった。狭い艦内ではあったが、ケイは久しぶりに文明的で快適な生活に戻ることができた。彼女は長い避難生活で身だしなみがおろそかになっていたことを思い出し、セミロングの髪をさわってみた。見た目はかろうじてサラサラで、華奢な手からこぼれる髪は艶やかで健康的な柔らかいままであり、とりあえず及第点といったところであった。もしもこのまま危機から脱出することが許されるのであれば、今後は規則正しい食事や睡眠にこころがけるとともに、シャンプーにも気を遣う必要がありそうであった。
輸送艦〈おおすみ〉は、日本国政府から新たに秘密指令文書を受け取っていた。それは特定秘密保持事項とされ、強度に暗号化されていた。艦長の藤森多聞2等海佐のみに閲覧を要するという緊急親展であり、こういうものは多くの場合に厄介ことを招くものである。
予想はあたっていた。輸送艦〈おおすみ〉は、保護した「セリア・ケイ」をフランス南東部のトゥーロンにあるフランス共和国海軍地中海艦隊司令部へ送り届けた後、ドラゴン包囲殲滅ミッションの作戦から外れることとなった。トゥーロンにて日本人引揚者を乗船させ、横須賀まで無寄港により帰国するように厳命を受けた。理由については一切の説明がなかった。
輸送艦〈おおすみ〉は、おおすみ型輸送艦の1番艦として建造され、艦内格納庫は90式戦車であれば10両、普通科3個中隊の装備・物資を運ぶスペースがあり、さらに艦内に330名分の陸自隊員宿泊設備や医療設備を持っている。派遣陸上自衛隊のために積載していた車両・物資などを降ろせば、格納庫も加えると約1000人程度の収容能力がある。これらはおもに災害時の避難者収容・物資輸送や救援活動に使用されるのであるが、民間輸送が停滞した世界において、欧州に取り残された日本人にも帰国の手段が必要なのは確かであり、輸送艦〈おおすみ〉にはその能力があった。
輸送艦〈おおすみ〉は未だに派遣陸上自衛隊に車両を届けるという当初の任務を達成していなかったが、藤森艦長以下、全乗員は命令に従うしかなかった。カレー沖に停泊していた輸送艦〈おおすみ〉は、寄港地を当初の陸揚げ予定地をル・アーヴルから変更し、トゥーロンに向けて航海を始めた。
ケイは輸送艦〈おおすみ〉の士官室で艦内の生活に関しての細かな説明や注意を受けると、艦内の案内役として伊藤夏音2等海士を紹介された。伊藤夏音2等海士は主計科に所属しており、艦内で補給や事務の業務に携わっている。艦内でケイと同年齢の女性であるために案内役に指名されたのである。
天井に何本もの管がむき出しになっている艦内の通路は、まるで迷路のようであった。ケイは伊藤夏音2等海士に連れられて艦内の奥に進むと、女性専用の居住スペースにある2~4人部屋の士官私室に案内された。いわゆる、ケイは士官待遇のお客として歓迎されているわけである。女性専用の居住スペースの入り口にはインターホンがあり、男性の視線を気にしなくてよい環境が実現されていた。護衛艦は事実上の軍艦であるから、艦内環境はあまり期待していなかったにも関わらず、少なからず驚かされた。今まで寝泊まりしてきた一時避難所の生活に比べれば、はるかに快適である。
士官私室のベッドの形状は上下2段で、ベッド周辺はカーテンでぐるりと囲うことが可能なので、睡眠時のプライベートな姿を隠せるように配慮されていた。伊藤夏音2等海士は艦内では先輩にあたるため、慣習的には階級上位者が下段を使用するのであるが、ケイに下段を使用することを勧めた。上段ベッドは備え付けの階段で昇降するので、艦の揺れが激しい時などに落ちることがあるので、気を使ってくれたのである。
狭い士官私室は逆を言えば、無駄を省いた構造になっている。何といっても全て1~2歩で手が届く範囲にある。ベッドの最下部には引き出しがついており、各個人用の引き出しを使用して着替えなどの衣類を収納することができた。航海中は、必ずしっかり引き出しをロックしておくように伊藤夏音2等海士に言われた。もしも忘れていると、大変なことになると、その惨状は、さながら空き巣が入った室内のようになると脅された。
荒天対策として、転落防止柵と体を固定できるベルトなどの使用方法の説明を受けると、ケイは少し休ませてもらうことにした。彼女が横になるとベッドはギリギリのサイズで、男性の体格には小さすぎるという印象であったが、それでも身体を休める場所としては、布団は柔らかく、風も吹きつけないし、なによりも明るかった。ただ一つの例外はあったが、それを考えても今の彼女には最高の場所であった。
その例外とは、どすんどすんと外舷に打ち寄せる波の音が激しく聞こえているのである。輸送艦〈おおすみ〉は目的地に向かって高速でぐんぐん突き進んでいるために仕方がないことであった。
一晩ぐっすりと眠ると、藤森艦長を表敬訪問することとなった。ケイは、セミロングの髪を結んだり、ほどいたり、どうにも落ち着かなかった。見た目で人の価値が決まるわけではないが、見た目で印象が決まってしまうのも現実である。結局、髪を結はずに、気取らない自然な髪形のまま会うことにした。
狭い通路を歩く際、日本国の海上自衛隊の自衛官は、ゲストの彼女の通行の邪魔にならないように、できる限り縮こまって通路を譲ってくれた。日本人は物静かであり、優雅であり、そして礼儀正しかった。ゲストの彼女が困っていることがあると進んで助けてくれた。日本人は移民であれ、留学であれ、世界中で歓迎されているという話を聞いたことがあるが、十分に納得できた。
ケイは艦橋に向かっていると思っていたが、案内されたのは士官室であった。輸送艦〈おおすみ〉の士官室は、他の護衛艦でも同じであるが、戦闘時には戦時治療室になる場所である。ところが士官室は軍艦の一室であることを忘れてしまうほどの清潔な会議室といった感じであった。
藤森艦長は応接スペースでケイを出迎えた。応接室も清潔で、照明や絵画といった装飾品も、雰囲気の良さに一役買っていた。壁面に備え付けられた間接照明灯が雰囲気と美しさを演出しており、加えて絵画が高級感と知的な雰囲気を添えていた。ソファーの色はディープブルーで、座り心地は非常に良好であった。ここで寝ることができたら、パイプ椅子で造ったベッドに比べてさぞかしい気持ちよいであろう。いや、そうではなくて、絵画といった装飾品だけでなく、このソファー、絨毯のグレードや色などのセンスが選りすぐって揃えられているのは、文明人の特権でもあり、素晴らしいセンスと言うほかなかった。
応接室のセンスの良さに、セリア・ケイはフォーマルな髪形にしておけばよかったと、自然な髪形のまま来ていたことを後悔した。彼女は髪を気にかけるあまり、無意識に耳に髪をかけてしまったが、その仕草で脇の下が見えるまで肘を上げていたため、不自然に感じられないように腕を膝に戻した。その姿は何とも言えない可愛さがあった。
藤森艦長からは、改めて自分が救助された理由、さらに送り届けられる場所の説明を受けた。ケイには、現在の欧州の混乱は、まだ世界の一部の問題に過ぎないと考えていたため、ピンとこなかった。
続いて藤森艦長は、輸送艦〈おおすみ〉の艦名は南九州大隅半島が由来となったこと、艦内には大隅神社より御分霊を奉祀した艦内神社があることを紹介してくれた。
さらに、輸送艦〈おおすみ〉が1999年9月、トルコ北西部地震の被災者救援のため、補給艦〈ときわ〉、掃海母艦〈ぶんご〉を伴い仮設住宅、テント、毛布等をイスタンブールに輸送した時の自慢話が続く事態となり、「バルチック艦隊を破った日本海軍の末裔が我々の救助に来た」と現地に大歓迎された話題になると、もはや藤森艦長の話は止まらなくなった。それでもケイは、時には質問をし、時にはうなずき、聞き役として上手に立ち回った。
話のストーリーはすすみ、2002年には東ティモールへPKO部隊を輸送したこと、2004年にはイラク復興支援法に基づき、陸上自衛隊がイラクで使用する軽装甲機動車や給水車など車両70台を護衛艦〈むらさめ〉による護衛の下で輸送したことと、年代が現在に近づき、やっと終わりが見えてきた。
藤森艦長は、ケイが助けられるまでの間、想像もできないような苦難に直面しても負けず、こうして生き残り続けたことに敬意を表し、一時的ではあるにせよ、この艦に迎え入れることができて大変な光栄であることを付け加えた。
ケイは、ちょっと照れたような顔をした。その素直な反応に、たまらない可愛いらしさが出ていた。
最後に、艦内で出しているカレーが地元の横須賀の店でメニューになっているという話を紹介して、表敬訪問が終わろうとしていた。
ケイは藤森艦長を含め輸送艦〈おおすみ〉の自衛官全員に対して、任務のためとはいえ遠方からの訪問をねぎらうとともに、保護して頂いたことに感謝を述べた。その口調は、物腰はつつましく、とても優しく、慈愛に満ちた話し方であった。それは、彼女が本当に尊敬に値する人々を見極め、心の本心からそのように考えていたからである。




