カレー沖、日本国海上自衛隊輸送艦〈おおすみ〉
和田継矢は生きていた。彼はドラゴン殲滅作戦に参加する陸上自衛隊の車両を日本から運んできた輸送艦〈おおすみ〉に帰還することができていた。
オランダ王国のアムステルダム・スキポール空港に民間機で向かった派遣陸上自衛隊の自衛官と、彼は合流するべくオランダ王国に入国していたのである。ところが、オランダ国内の混乱により、合流を果たせないまま民間人の避難者たちとともにフランス北東部ダンケルクまで逃れた後、そこでフランス共和国海軍に拾われたのである。
輸送艦〈おおすみ〉は、日本の法制に基づいた自衛隊の指揮系統が存在する一方で、国連事務総長特別代表の下に実施されているドラゴン包囲殲滅ミッションである軍事司令官の指揮系統にも所属している。このため、フランス共和国政府から緊急要請を受け取ることとなった。
現地の民間人女性の身柄を最優先で保護する依頼である。保護した民間人女性をフランス南東部のトゥーロンにある海軍地中海艦隊司令部へ、海路か空路で送り届けるように依頼した要請であった。
国際連合安全保障理事会に新しく組織された敵性来攻生物対策委員会が定める特定秘密保持事項に対処できる重要な情報を持つゆえに、必要な人材であると判断されたのが理由であった。その現地女性の名前は「セリア・ケイ」、カレーから海岸沿いにブーローニュ=シュル=メールへ徒歩で向かっている可能性があるとの情報であったが、情報はそれだけであった。
緊急要請自体は、フランスの複数の友好国に送信されていたが、欧州周辺国の陸海空軍は戦闘状態であり、いちばん近くにいて、民間人を救助できる能力を有するのは、輸送艦〈おおすみ〉だけであった。しかし、緊急要請を受けるには、欧州に民間機で向かった派遣陸上自衛隊の自衛官の捜索を一時的にせよ中断しなければならない。もともとの任務を中断することに、かなりの抵抗感があったが、もはや派遣陸上自衛隊の自衛官を見つけ出すには世界が混乱しすぎており、絶望的であった。それに比べ今回の依頼は民間人の保護であり、人命の救助である命令に輸送艦〈おおすみ〉の乗員は従うことにした。
輸送艦〈おおすみ〉には、今回の欧州派遣に備えてヘリコプターSH-60Jを搭載している。ただちに、「セリア・ケイ」がいると推測される場所の候補が検討され、飛行計画が立てられた。しかし、輸送艦という艦種ゆえにヘリコプターSH-60Jを護衛するための戦闘機は乗せていない。一度出発すれば、ドラゴンに遭遇しても身を守る術はない。それでも、「セリア・ケイ」本人を見知っている和田継矢曹長は志願した。




