フランス西部ノルマンディー地域圏ルーアン
真正粘菌ルシファーの菌糸の生活環は、この世界の粘菌の生活環と似ている。子実体によって胞子をまき散らし、胞子から発芽したアメーバ細胞は、餌を狩るために活発に動き回る。その方法が独特で、餌を効果的に捕獲するため、動物に寄生して寄生した身体の前肢、後肢などを道具のように操って狩りに利用する。寄生した動物の神経系をのっとることで、最初は不器用であるが、試行錯誤を重ねて学習をすることで、道具となった前肢、後肢などを徐々に上手に利用し始める。この状態では、寄生された動物に意識はなくなり、まるでゾンビのような動作を行う。
多国籍軍の兵士に、寄生されてゾンビ化した兵士が急速に増えていった。ルシファーはこの地のルーアンを苗床と化して繁殖することで、さらなる遠方に拡大するための拠点にするかのような動きであった。そして同じような巨大な苗床を新たな地で形成し、さらに遠方に拡大していく。これを繰り返すことで、この世界の大地すべてに繁殖するつもりなのかもしれない。
敵性来攻生物とともにルシファーの感染が拡大しているという噂は、またたく間に多国籍軍内部に拡がった。寄生された兵士の存在によって、多国籍軍に味方、敵の区別があいまいになってきていた。これは多国籍軍ゆえに複雑な組織、言語の違いは、混乱にさらなる拍車をかける事態に陥った。隣の部隊が、隣の兵士が、いつ寄生され、挙動がおかしくなるのか全く予想ができず、疑心暗鬼が広がっていた。本来の作戦はそっちのけで、隣の部隊を、隣の兵士を、相互に監視する事態となっていた。
さすがに現場でも異変が起きていることが認識されるようになると、ここに至ってルシファー感染者は敵として認識されることとなり、軍事目標の第一優先攻撃対象はドラゴンではなく、ルシファー感染者にとって代わった。
今回の戦いでは、もっとも原始的な戦いのみが繰り返された。来攻生物にしろ、ルシファーに寄生された感染者にしろ、自分の目で敵を見つけ、自分が手に持っている武器で敵を倒すのである。戦いの主役は歩兵であり、戦車や装甲車は敵から立て籠もるために使用されるのが関の山であった。
さらに、大部隊の集結が裏目に出ていた。ルーアンの戦いにおいて、大部隊、すなわち、数の優位は全く意味がなかった。戦いは常に局所的に行われ、大部隊のほとんどが戦闘に参加することなく遊兵となっており、少しずつかじり取られるかのように兵員が失われ続けた。
昼は群れをなす敵性来攻生物が襲ってきた。夜はルシファーに寄生された兵士が忍びよってきた。多国籍軍の兵士は、連日の不眠不休による戦闘と、何時攻撃されるかわからない恐怖と緊張が強いられた。戦闘をコントロールできない状態は、恐怖と緊張が続くことで、兵士の中に精神的な疾患が現れ始めるようになっていた。ルール無き戦いによって、死の恐怖にさらされ続けた兵士に、死傷者以上のストレス・トラウマ症候群が発生した。精神的に追い込まれた兵士は、戦闘を拒否し、ふさぎ込んだり、奇声をあげたり、戦闘のプレッシャーに耐えられる状態ではなかった。
こうして、ルーアンに集結した多国籍軍は、不十分な情報のため、ルシファーの感染者により当初のドラゴン包囲殲滅戦を達成することなく、戦闘機能を急速に失っていったのである。




