ベルギー北西部オーステンデ近郊
翌朝早くから、避難民の多くが一時避難所から出発を始めていた。セリア・ケイもいっしょに行動したほうがいいと考えたので、道中をいっしょに行動してきた避難民のグループの列についていくことにした。
すると、一人の東洋人が、一時避難所の片隅でオランダに向かって丁寧に一礼をしているのが見えた。その方角には既に多くの死傷者が出ている場所がある。とても深々と頭を下げているその一礼の姿は、なにかの神聖な儀式のようにも見えた。
ケイは、その人物こそ、昨晩にガラスコップのランプを置いていった人であると気づいた。
その東洋人は、上体を起こすと、供花台のつもりなのか、白い花の花束をささげた後、もう一度深々と頭を下げていた。
誰か大切な人を失ったのであろうか? 今や珍しくもないことではあったが、今この瞬間を生き延びているのであれば、自分が生き延びることを成さなければならない。妹を失った彼女にも、それは同じことが言えた。
「逃げないと危険よ」
セリア・ケイはその東洋人が悪い人ではないと思っていたので、オランダ語で話しかけたが、相手には言葉が通じなかったようであった。仕方なく、ついていらっしゃいと手招きして、避難民の列に早歩きで追いついて見せた。東洋人に通じたようであり、いっしょに避難する気になったようである。
ベルギーでも最西端にあるオーステンデの街に到着し、フランス国境が近くなると、小型の来攻性生物以外にもドラゴンを頻繁に見かけることが多くなり、外を歩くことが次第に危険になっていた。
さらにそれ以上に深刻な問題があった。一時避難所に残されていた支援物資は、明らかに少なくなっており、飲料水だけでなく、食糧すらも、在庫が尽き始めていた。次第に、避難民同士の助け合いが失われ、赤ん坊や老人がいる家族連れが足手まといとなって故意に置いていかれるようになっていた。
オーステンデの一時避難所は、どこもオープン構造な建物であり、危険な敵性来攻性生物から身を隠すには不向きであった。このため一時避難所は避難民によって即席の土嚢が積み上げられ、まるで退避壕と化していた。それだけこの地域は危険な状況なのである。
この状況では一時避難所に一晩の宿を求めるにはとても安心とは思えなかった。一時避難所の使用を諦め、できるだけ丈夫な建物の中に潜み、来攻性生物から身を隠すことにした。音を立てないようにし、扉という扉、窓という窓には板で補強して、敵性来攻生物が進入してこないようにして、立て籠るのである。
ケイたちのグループが隠れ場所に選んだ建物は都合のよいことにコの字型の構造になっていた。鍵が壊されていたので、簡単に入ることができた。コの字型であれば、中央は両入り口から隠され、危険があれば反対側から逃げ出すことも可能であるため、安全に思えた。
今朝の東洋人が、今度は空き缶から簡易コンロを作成し、簡単な蒸留装置にて飲料可能な水を確保する方法を実演してみせてくれた。幸い、燃料のサラダオイルは十分にあったので、言葉は通じなかったが、ケイは蒸留装置の造り方を見よう見まねで覚え、少しであるが貯えの飲料水を補充することができた。
間もなく、他の避難民たちがやってきたが、同じ境遇であるために助け合うことになり、一方の入口を炊事場として貸すことにした。彼らは場所を提供してくれたお礼にと食糧を分けてくれた。久しぶりに温かい食事と水分補給ができると、避難民全員に穏やかな気持ちが戻った。昼の移動は危険なため、夜を待って移動を再開することになり、避難民はそれまで仮眠をとるなど、思い思いに過ごすこととなった。
セリア・ケイは、やっとのことで、東洋人に礼を言うことができた。きちんと言葉が通じたか自信はなかったが、気持ちは伝わったようであった。そして、名前が和田継矢であることを聞いた。彼は日本人であり、外国の軍人であったが、技官であり、人を探す任務を受けてオランダに来ていたのであった。この任務中、世界の混乱が加速度的に拡がり、目的を達成することができないまま、オランダを脱出し、民間人とともに避難してきたのであった。
穏やかな時間は続くことはなかった。敵性来攻生物は追いついてきており、いつ襲われても不思議がない危険な場所であったのである。建物の外からドラゴンの咆哮が響き渡った。この街にもドラゴンは到達していたのである。
建物を崩される前に外に避難したほうがよいかもしれない。脱出の機会をうかがっていると、近くで爆発が起きたようであった。大きな音とともに、響くような震動が伝わってきた。そして建物が崩れる音が聞こえてきた。
ケイは恐る恐ると外を覗いた。 正面の建物が崩れていた。ドラゴンを攻撃する艦砲射撃の砲弾が落ちたのかもしれない。ここに到着したばかりの時には聳え立っていた建物が、いまは砂埃をあげながら地面に崩れて瓦礫と化していた。周囲の建物も、なんらかの損傷を受け、崩れた壁から内部の室内を露出していた。つい先日まで住民が住んでいた街とはとても信じられない光景であった。
瓦礫の下から、人々の叫び声が聞こえてきた。崩れた建物の中には、別の避難民が隠れていたのである。多くの犠牲者が出ていた。赤ちゃんを抱いている女性は破片で腹部を切り裂かれ、赤ちゃんともども大怪我をしていた。また、別の女性も小さな男の子を抱いたまま負傷していた。瓦礫に埋まった男性もいるようである。
負傷者を案じる家族たちのすすり泣く声に避難民たちは心が痛んだが、慰めの言葉すら出てこなかった。正直なところ、気持ちを慰めて欲しいのは、自分たちのほうであった。明日のわが身かもしれないのである。
赤ちゃんの傷は鉄筋のようなものが大腿部に刺さっている状態であった。大動脈からの出血は少なかったが、鉄筋を抜くと出血や傷口が広がる可能性があった。絶対に動かないように、そのまま固定するしか方法がなく、医療機関による手当てがすぐに必要なのは一目瞭然であった。
家族が「助けを呼んで来て欲しい」と懇願していた。しかし、周囲はドラゴンや敵性来攻生物、さらには、友軍の砲撃や爆撃で歩くのは危険なあり様であった。そもそも、どこに医者がいるのか、誰にもわからなかった。誰にもどうすることもできないのが現実であった。それはケイも同じであった。
誰が言い出したわけではなかったが、その場にいた避難民全員が力を合わせ、瓦礫を取り除き始めた。瓦礫に埋まっていた男性を引き出すことには成功したが、すでに亡くなっていた。
遺体の事でも話し合った。安全な場所まで運び、きちんと埋葬することは不可能であった。棺箱は無かったため、代用の箱を見つけ、男性を荼毘に付した。いずれ平和が戻ったとき、後から探しにくる家族の為に、死亡した日やその状況を書いた立て札を立てておいた。ここでできる限りの方法で弔うことが、できることの最大のことであった。
さらに負傷していた赤ちゃんが亡くなり、母親は赤ちゃんが亡くなったここに残ると言い出していた。この街は危ないと母親を説得する気力は誰にもなかった。母親自身も腹部に深い傷があり、この先の足手まといになるくらいなら、ここに残るつもりなのである。わずかばかりの食糧と飲料水を残し、別れることになった。
怪我した小さな男の子に先ほどまで意識はあったが、今では呼びかけにも反応がなく、ぐったりとしていた。ダンケルクまで約50KMであり、体力のある大人であれば一日でたどり着けるかもしれない。到着できないまでも、近くまで行けば治療を受けられるかもしれない。それだけが希望であった。このため、敵性来攻生物から見つかりやすい日中の危険を覚悟のうえで、有志により母親とともに小さな男の子を連れて、今すぐに移動を再開することになった。危険ではあるが、全員が自ら志願したため、すぐに避難場所を後にすることにした。




