ワーテルローライン四日目
曙とともに、ヴイーヴルの群れは再び襲い掛かってきた。留まることを知らないヴイーヴルは、まさしく死神と化した。地面を、空を、ヴイーヴルが覆っていた。さらに参戦するドラゴンの数も増えていた。
戦闘に参加したオランダ王立陸軍レオパルト2A6戦車、フランス共和国陸軍AMX-40戦車は、いずれも現代の最新鋭の戦車であり、他の国々や地域と比べても性能面で引けを取らず、搭乗員は十分な訓練も受けていた。任務に忠実であり、愛国心にいささかの疑いもなかった。しかしながら、戦車の中に入った搭乗員は、外の様子はとても分かりにくい事情がある。比較的に周りが見えるのは戦車長だけで、操縦手は前だけ、砲手は大砲の向いている方向しか見えていない。現代の戦車には、テレビカメラやセンサー類が発達してきているが、上空から接近してくるドラゴンやヴイーヴルの発見が遅れることもある。
戦車の主砲の120mm滑腔砲は強力であるが、直接見える敵しか狙えない。搭乗員から見えない位置から接近してくるドラゴンやヴイーヴルに反撃するのは困難なのである。これらが現れたら友軍に対処してもらうしかない。戦車部隊が戦闘任務を遂行するには、そうした脅威に対し、戦車を援護する砲兵、戦車の見えにくい場所をカバーする味方歩兵、敵の航空機に反撃する対空部隊など、いろいろな職種の部隊が随伴するのは、そのためである。
このように最新鋭の戦車といえども、完全無敵の防御などというものは存在しない。たとえ厚い正面装甲であったとしても、特定部分には装甲が柔らかい場所が存在する。この数日の戦いで戦車の特性を学習したドラゴンやヴイーヴルの戦闘方法に変化があった。
ヴイーヴルは次々に戦車や装甲車にとりつき、肉団子のように囲い込んで車両の動きを封じ込んだ。するとドラゴンは動きが封じられた車両の上に上空から飛び降りると、砲身の砲塔接合部を力任せにへし折った。そこは砲身の可動部分であり、可動部分はどうしても構造的に脆くなってしまう弱点がある。さらに、現代の戦車には、主砲を撃った後、筒の中に有害物質を一時的にためて後ほど排出する排煙機がついている。これを破壊されると主砲が発射できない状態となり、無理に発射すれば撃った際に有害な煙が車内に充満するという重大な問題が発生する。戦車は正面からの直撃に耐えうる十分な装甲を備えているのであるが、ピンポイントの脆い部分に対する強い衝撃は想定外の攻撃なのである。
砲身が使用不能になった戦車は、ただの鉄の塊にしか過ぎない。攻撃の手段を失った戦車は、体当されたかと思うと、横倒しにされたり、ひっくり返されたりと、逃げるしかなかった。
また、ヴイーヴルの死を恐れない攻撃は、まさしく死ぬための戦いであった。一方、ベネルクス連合軍は生きるための戦いであった。ドラゴンを除けば、たいていの敵は爪とか牙とか、そんな原始的な武器しかない。それでも、死をいとわぬ戦いをしかけるとなれば、原始的な武器でさえも、十分な脅威となった。兵士には、それがわかっていた。
今回の戦いが、どれほど無慈悲で狂気に満たされているか、参加したすべての兵士たちは、再認識することとなった。彼らとの戦いに、ジュネーブ協定は何の意味もない、慈悲もない、まさしく殺すか殺されるかの戦いは、死を恐れる人間にとって恐怖そのものであった。そう、この戦いは恐怖そのものであった。
しかし、ここを突破された場合、パリまで遮るものはない。ここで敵を食い止めなければ、多くの民間人に犠牲者が出ることは確実であった。少なくとも、フランス北部に集結しつつある多国籍軍の攻撃準備が整うまでの時間を稼ぐ必要があった。たとえ勝てなくても、時間稼ぎが必要なのである。結局、ベネルクス連合軍の兵士は踏みとどまった。
この日の三度目となる空軍による空爆に先立って、全兵士にガスマスクの着用が命令された。誰もがその意味を理解していたが、この戦いを終わらせることができるのであれば反対する理由もない。
雨のように降り注ぐ爆弾は、爆発の連鎖を続け、丘陵地帯では竜巻が起きたように死体が撒き散らされた。やっと爆撃が終わったかと思うと、丘陵地帯に今まで見たことも無い黄緑色の煙が広がっていった。煙に包まれたヴイーヴルは、突然に暴れ出し、ところかまわず激しくぶつかった。その音は、まるで壁をハンマーで打ち付けるように、ドスンドスンという音があたり一帯から響いていた。その断末魔の苦しみに悶える音は途切れることなく、いくつも重なり合って聞こえてきた。その音は空気を震わせ、頭の中に直接に響くようで、とても不快にさせた。
どのヴイーヴルも地面に落ちると、手足をぴくつかせて動かなくなった。地面がヴイーヴルの死骸で埋め尽くされて、かろうじて生き残ったヴイーヴルの群れに、やっとのことで退却を強いることができた。
黄緑色の煙は、化学兵器である塩素ガスである。塩素ガス爆弾、すなわち毒ガスが使用されたのである。それは、今回のみの限定的に使用されるはずであったが、それは今後の戦いにおいて次第に大量殺傷兵器の使用にエスカレートしていく先駆けとなっていった。
ベネルクス連合軍は、とりあえず押しとどめることには成功したかもしれないが、部隊の死傷者の消耗率が非常に大きかった。かろうじて守り切ったワーテルローラインを友軍に引き継ぐことなく、ただちに後退し、戦力の立て直しが図られることとなった。
全軍の後退とともに、戦闘続行可能な兵は所属部隊にかかわらず集められ、しんがりを務めることとなった。負傷兵はフランス北部に集結しつつある多国籍軍の医療班のもとに、優先的に移送されることとなった。
後退を開始したベネルクス連合軍に秩序はあるようで無いも同然であった。我先に後退を始めるXA-180装甲兵員輸送車にめがけて、一匹の野犬のような生き物が飛び込んできた。些細な事故であったが、XA-180装甲兵員輸送車は急停止すると中にいた兵士が確認のため外に出てきた。轢いてしまった生き物を確認しようとしたのだが、死骸は見つからず、XA-180装甲兵員輸送車の側面に何か得体のしれないものが、こびりついていることに気づいた。兵士は装輪で野犬を押しつぶされてしまったために、犬の身体の一部が張り付いてしまったと考えた。
今は時が時であり、可愛そうであったが埋葬する時間もない。兵士は十字を切って冥福を祈り、XA-180装甲兵員輸送車の中に戻ると、ノルマデンディ地域圏に向けて出発した。しかし、その得体の知れないものを落ち着いて観察していたならば、アメーバのようにゆっくりとXA-180装甲兵員輸送車の上部に回り込み、中に入り込む隙間を探しているような動作が見えたかもしれなかった。




