フランス共和国大統領官邸エリゼ宮殿
侵攻する来攻性生物をワーテルローラインにて阻止するという防御を意図した作戦は、ドラゴンの参戦により、ベネルクス3国の地上軍の車両と人員の大半を失うという状況に陥っていた。その事実がフランス共和国国防省にもたられると、その報告は大統領にも、ただちに伝えられた。大統領は「次は、フランスだな」と答えただけであった。
ヨーロッパ大陸では地上戦において、第二次世界大戦以降は機甲戦が最重要な面を持つとみなされていた。機甲戦は戦車戦とも呼ばれ、装甲戦闘車両を投入することである。第二次世界大戦まで装甲戦闘車両は重戦車、中戦車、軽戦車、豆戦車、駆逐戦車など多様であったが、戦車の設計開発は装甲と主兵装の大型化から、より重量のあるものへと発展していった。そしてその行きついた先は、戦車にあらゆる任務をこなせるように求められ、走攻守をバランス良く備えた主力戦車となった。
しかしながら、この戦いは今までの戦闘の常識が全く通じなかった。主力戦車が搭載している大口径の105mmおよび120mm主砲は、空を自由に飛ぶドラゴンの機動性に追随できず、攻撃力を生かすことができなかった。逆に、ドラゴンが口から吐く火球は、地面という平面を動く目標をなんなく捕らえることができた。
さらに、ドラゴンの表皮を覆う固い鱗について驚くべき報告がもたらされた。基本的には硬質タンパクのケラチンを主体とした角質で構成されている鱗は、単独でも非常に硬いにもかかわらず、厚い鱗の下の真皮に魚の鱗と似たような皮骨(骨片)が形成されているために、装甲という面において非常に優秀であるという事実である。この鱗と皮骨の構造は、現代戦車の複合装甲と同等の機能を簡易的に有していることになる。主力戦車の砲弾の成型炸裂弾は、モンロー効果の有効距離がわずか数十センチ程度であり、外側の鱗により内側の皮骨に達するまでに威力が大幅軽減されてしまう。このため、主力戦車でもっとも効果があると思われている成型炸裂弾、装甲筒付翼安定徹甲弾であっても、ドラゴンの鱗を貫通はしているが、一撃で致死に至らせることができないのである。
現代戦車並みの攻撃力、現代戦車並みの防御力、それは空を飛翔する主力戦車のようなものであった。
フランス共和国国防省では、壊滅寸前のワーテルローラインにただちに援軍を派遣することが検討されたが、ドラゴンが参戦した敵性来攻生物の攻撃力は未知数であり、想定以上の敵に対抗できる大戦力を即時に動員することは不可能であった。それでもフランス共和国国防省は自国に迫る脅威を排除するために以下のような防衛作戦を立案した。
1. ワーテルローラインの防衛部隊は後退させるが、防衛計画の第二段階の一部を変更し、敵性来攻生物を北部ノルマデンディに誘引を目的とした作戦として続行する
2. 多国籍軍は予定通りに北部ノルマデンディに集結するが、ワーテルローラインの防衛部隊に合流するのではなく、北部に誘引する敵性来攻生物を包囲殲滅するための迎撃作戦に参加する
3. 今後の戦場はフランス北部の広範囲が想定されるため、フランス北部に残されていた民間人は、あらゆる手段を講じて脱出させる。このため、艦船、鉄道、さらには航空機を総動員する。周辺国にも最大限の協力を求める
国防省の計画変更に、大統領は次の1項目を追加させることで承認を与えた。
4. 前例のない敵に対し、あらゆる兵器の使用の可能性を否定しない
簡単な一文ではあったが、大統領は「神の御加護を」とささやいていた。その意味するところは、国民の生命と財産を守るという覚悟の現れであったのかもしれない。




