ワーテルローライン三日目
その日は朝からベネルクス連合軍の空軍機による爆撃から始まった。これまでも爆撃機一、二機による単発的な爆撃は頻繁にあったが、ヴイーヴルが潜むワーテルロー市内全域にわたって徹底的に行なうため、大規模なものとなった。破壊された都市は、煤で真っ黒になった柱や桁が爆弾でえぐり取られ、生な生しい痕跡を見せていた。
隠れ場所からいぶり出されたヴイーヴル側からの攻撃によって、3日目の戦闘の幕が上げられた。北方から、地響きが聞こえてくると、最初は小さかった地響きが、次第に大きくなってくるのがわかった。それに合わせるように砂埃が左右に広がっていった。その数は、前日の数倍になっていた。彼らは一晩中にわたって、羽音を立てていたのは仲間を呼び集めていたのである。数えきれないほどの敵が、ベネルクス連合軍に向かって来ているのは確かであった。これだけの数の敵がどこに潜んでいたのか、まったく理解を超えていた。
ヴイーヴルは昨日までの市街戦こそが自分たちにとって有利な戦闘であることが理解できないのであろうか? 丘陵地帯の開けた場所であれば、人類の銃火器が有利である。突進してくるヴイーヴルに向かって、自動的に装填しながら連続発射できる機関銃で迎え撃てばいいのである。
ヴイーヴルは、まるでやぶれかぶれになって突撃してくるように思えた。爆撃はそこまで追い詰めたのであろうか? そうであればいいのであるが、あるいは、人類が気づいていない彼らなりの勝機があるのかもしれない。
巻き上げられる土埃によって急激に丘陵地帯の先の視界が悪くなったが、大地の震動はさらに大きくなり、敵が近づいてくるのは明白であった。
正面に配置されているフランス共和国陸軍の防御部隊は、やっとのことで自分たちの出番が訪れたことに奮起し、AMX-30B2 ブレンヌス戦車の105mm主砲が土埃に向かって射撃を開始した。接近された時の白兵戦の恐怖を考えると、ありとあらゆる火器を動員し、接近される前に倒すしかないからである。誰もがとにかく撃ちまくった。爆風、砂、火炎の匂い、爆音が周囲を圧倒した。兵士は無我夢中であり、周囲は喧騒に包まれていた。
それは突然に飛んできた。最初は1つだけであったが、土埃から飛び出すと放物線を描いて、フランス共和国陸軍の陣地に着弾した。兵士には何が起きているのかわからなかった。ヴイーヴルは投射機でも使っているというのであろうか? そんなわけがあるはずない。
再び、それが土埃から飛び出してくると放物線を描いて、今度はフランス共和国陸軍のAMX-30B2 ブレンヌス戦車の一台に命中した。それは着弾観測のように最初の着弾地から標的までの誤差を修正して、正確に攻撃するようになっていた。AMX-30B2 ブレンヌス戦車の装甲は火球に耐えたが、装甲表面が燃え続けていた。
今度は、土煙から、いくつもの火球が飛んできた。まったく、理解を超えていた。実は兵士たちは戦闘による興奮のあまり、その地響きが先ほどから聞こえていたにもかかわらず、近づいてくるまで気づいていなかった。
その音は地鳴りというよりも、重量級の何かが足を踏み出した地響きのようにも聞こえた。靴を通して大地の震動が伝わってくる。はっきりと体感できるほどに近づいてくると、大地の地鳴りが止んだ。
「あれは、なんだ?」
兵士が指出す方向には、ヴイーヴルの群れに混ざって、ヴイーヴルよりも遥かな巨大な爬虫類、それは仁王立ちするドラゴンの姿があった。火球を打ち出してきたのはドラゴンなのである。その威圧感は戦場を圧倒した。今までは目撃報告のみであったドラゴンが、まさかこの戦いに参加してくるとは予想すらしていなかった。
ドラゴンが咆哮すると、大気がびりびりと震えた。それが合図であるかのように地上を突進してきたヴイーヴルの動きにも変化が現れた。ヴイーヴルが一斉に動きを止めたのである。顎を鳴らす威嚇行為は続けているものの、敵がたてる地鳴りがピタッと止まった。地鳴りが止まっただけにもかかわらず、非常に静かに感じられることが奇妙であったし、不気味であった。
ドラゴンは翼を広げ、飛翔を始めると、ヴイーヴルがドラゴンに合わせて前進を再開した。大地が再び震え始めた。ドラゴンの周囲には、数えきれないほどのヴイーヴルが取り巻いており、それ以外にもワイバーンを含む未確認の中型や大型の生物が混ざっていた。無数のヴイーヴルの翼が羽ばたく音が、まるで嵐の風のように周囲に轟いた。
ベネルクス連合軍とドラゴンの双方から、火球や弾道が入り乱れて飛び交う事態となり、あちらこちらに火災と黒い煙が立ち上った。
フランス共和国陸軍からなる防衛陣地は、ドラゴンから攻撃を受けるまでヴイーヴルの掃討に成功していた。しかしながら、地上や低高度を徘徊するヴイーヴルの群れとは違い、上空を飛翔する中型ワイバーンや大型ドラゴンの攻撃は、陸空の2面からの攻撃に対処しなければならなくなった。さらにドラゴンの重武装とヴイーヴルの軽武装の連携攻撃の連携は、それぞれの戦闘力を倍増させる効果があった。
ドラゴンは巨体にもかかわらず、飛翔する速さは予想を超えていた。AMX-30B2 ブレンヌス戦車の105mm対戦車砲の照準が全く追いつかなかった。ゲパルト対空戦車の35mm対空機関砲がかろうじて追従するが、弾丸が鱗にはねかえされるだけである。ましてや、近接信管の対空ミサイルがばら撒く破片は、ドラゴンに全くの無力であった。
ヴイーヴルの戦法は、AMX-30B2 ブレンヌス戦車を攻撃する際は、まずは戦車の足を止めること、そして乗員をどうにかして戦車の外にださせることに重点がおかれていた。
現代の戦車には、赤外線レーダーによって数百メートル先でも敵を見つけられることができるが、砲塔の上に設置してある機銃を使うには、車長が車外に出る必要があった。戦車の外に上半身を出そうものなら、数に物を言わせて引きずりだされ、開いたままの上部ハッチから中に潜りこまれた。
ひたすら車内にとじ込もっていても、排気口を塞がれてエンジンを不調にさせられたり、NBC送風機の散り込み口を塞いで酸欠状態にさせられるなどを繰り返し、乗員を強制的に外に引きずり出す方法を学習していた。あとは生身の戦いになるので、結果は察しのとおりである。
一方、ドラゴンの戦法は、猛烈な加速をつけて突進し、前に立ち塞がるあらゆるものを押し飛ばし、破壊する。その攻撃は決して盲目的に直進するのではなく、弾丸が雨のように降り注ぐ中をトビウオのようなジャンプ飛翔を繰り返して走り抜け、衝突する直前に左右に曲がったり、急停止したり、停止したかと思うと急発進するなどのフェイントで翻弄し、相手の脆弱な部分に正確なダメージを与えてきた。そんな攻撃が群れとなって一斉に襲ってくるのである。
一部のドラゴン、それもひときわに体格の立派なドラゴンは、装甲化した戦車部隊との戦闘を好んだ。あえて挑発を繰り返してくるのである。戦車部隊が挑発にのらずに後退すると、ドラゴンはあざ笑うかのような行動をあからさまにとるのである。
ドラゴンの進撃を阻止するため、ベネルクス連合軍は最後の予備戦力も投入して、もちこたえるとともに、空軍の空爆や支援の砲撃を求めた。しかしながら、それらの単発の空爆や砲撃のまっただ中でさえも、直撃にせよ、至近弾にせよ、当たらなければドラゴンには全く意味がなかった。ドラゴンには、仲間の死も、近くの爆発も、まったく進軍を思いとどませることにならなかった。ドラゴンに死の恐怖を見せつけても、全くひるむことがなかった。
フランス共和国陸軍はTRF1 155mm榴弾砲、RTF1 120mm迫撃砲などの火砲を総動員して、防衛線の瀬戸際ともいえる前面に向けて、対戦車砲弾、榴弾による一斉砲撃を実施した。その後、空軍の支援を得たフランス共和国陸軍の反撃により、ドラゴンの進撃はやっと停止したかに見えた。
しかしながら、AMX-30B2 ブレンヌス戦車、AMX-40戦車の主砲弾は、想定をヴイーヴルにおいていたため、榴弾が中心である。部隊が保持していた対戦車ミサイルはミラン3やERYXでドラゴンの鱗を貫通しているはずであるが、即死させることができなかった。鱗によって爆発の効果が弱められていることがわかっただけであった。
ドラゴンは再び動き出した。ヴイーヴルたちはドラゴンを盾にするように後方にまわりこみ、追随してくるのである。ドラゴン側の動きに、統率された戦術が存在しているのである。ドラゴンはさらに接近すると、正面に配置されているフランス共和国陸軍の防御部隊の頭上を通り越し、ベネルクス連合軍の後方部隊を脅かした。ドラゴンはベネルクス連合軍の弱点に気づいていた。砲兵部隊、野戦司令部、さらには、補給部隊が攻撃にさらされていた。もはや、ワーテルローラインの戦場は拡大するばかりである。戦いは前線と呼ばれる線で行われなくなり、面に広がっていた。ここに至って、ベネルクス連合軍は戦力を前面に集中させていたことが裏目になった。
ドラゴンが弾薬集積所に到達すると、その爆発によって、巨大な黒煙が立ち上がった。瞬く間にベネルクス連合軍は統制を失った。
過去の戦闘の常識が全く通じない戦いに連合軍は大混乱に陥った。配下の全部隊たちに対して戦場では自分の命令が常に届くとは限らないので、おのおの自らの判断で行動するよう告げ、「前線に対して支援する行動をせよ」と命じられた。
ベネルクス連合軍は最大限に努力をした。敵に背中に見せた部隊は、ドラゴンによって徹底的に叩きのめされて全滅した。しかし不思議なことに、壊滅状態の友軍をかばうように割り込んできた勇敢な部隊は、それほど死傷者が出なかった。いずれにしても、多大な犠牲を払いつつも、ヴイーヴルの活動時間である昼をかろうじて守り抜いたのである。




