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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第五章 ワーテルローライン
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ワーテルローライン二日目

 戦いから一日経過し、再び周囲が明るくなっても、ヴイーヴルは街の奥に潜む作戦に徹し、攻撃してくる気配はなかった。ワーテルローラインを守リ切り、ヴイーヴルの進撃を止めることには成功していたため、オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊の指揮官たちは、今回の作戦の勝敗が決したと楽観的になっていた。

 このため、ベネルクス連合軍はヴイーヴルを丘陵地帯へ誘い出す当初の作戦は失敗しているにもかかわらず、この決定的な時点で、指揮官たちは置かれた状況を考慮せず、前日の状況を過去のこととして顧みることなく、自制することも予備を配置することもしなかった。なにしろ、最初の一日目の戦闘で市内の半分を確保できたのであるから、残り半分は今日一日で確保できると考えていたのである。今日こそ、ワーテルローの奪還に成功することを確信していた。

 実際には、ヴイーヴルから大量に分泌された警報フェロモンと血液は、夜間のうちに仲間を呼び寄せており、前日を超える数が集まっていた。さらに前日の失敗から、彼らなりに作戦を変更していた。機動力を生かして野戦に持ち込むことは止め、いかなる挑発にも無視を決め込み、ワーテルロー市街の奥に潜み、有利に戦うことができる市街戦に引きずり込むことを狙っていた。平地では的になりやすいヴイーヴルであるが、障害物の多い市街地では射線や視線が通りにくく、強固な遮蔽物によって脆弱性が補われるのである。

 現代において戦場の実情を知らない世論は、軍事作戦といえども民間人の私有財産に被害を出ようものなら平然と問題視する。報道関係者も見ている中では、街ごと破壊するような砲撃をするわけにはいかなかった。しかしながら、市街戦は建造物や放置車が障害になっているため車両が侵入しづらく、また建造物に立て篭もった敵には砲爆撃が通用しにくいという事情がある。

 大火力で建造物ごと破壊することができないというのであれば、ひとつひとつの家屋に歩兵が突入し、しらみつぶしに家屋を掃討しなければならなかった。このためヴイーヴルは待ち伏せするだけで、出会い頭の近接戦闘を仕掛けやすくなり、歩兵への肉薄攻撃が頻繁に発生することになった。

 世論の目を気にした私有財産を気遣う戦いに対して、現場からは当然のように反対意見があげられた。重砲で地区ごと破壊するようなことをしないまでも、民間人や無関係の施設への被害を避けるため、誘導爆弾などの精密誘導兵器を大量に用いて攻撃対象を限定して使用する許可を求めたが、否認されてしまった。

 オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊は、ワーテルロー市内の残り半分に向かって前進を開始すると、経路が狭まった市内を通過することになるため、随伴歩兵を伴って、縦隊隊形にて前進した。縦隊隊形は部隊行動の統制が容易であり、側面に対する射撃にも適しているため、経路が狭まった市内戦では標準的な隊形であったが、正面の敵に十分な火力を発揮することができない。

 未知の敵に対して、この隊形による進軍が適切であったかは定かではないが、想定外の敵にあたっては仕方がなかったというよりも、敵は単なる大型の爬虫類にすぎないという油断が未だにあったのかもしれない。

 歩兵は遮蔽物の死角からの奇襲を警戒したり、あるいは建物内部を調査することが多くなるため、突発的な接近戦に対応する必要が迫られた。しかしながら、歩兵が携行できる火器類では、ヴイーヴルを一撃で行動不能にすることは難しく、一撃で行動不能にできなければ窮鼠と化したヴイーヴルによって返り討ちにされることが頻発した。

 二日目の結果も散々たるものであった。わずか一区画も市内を新しく確保できなかった。正確には全く確保できなかったわけではないが、一時的に確保しても、すぐに予想外の場所からヴイーヴルが現れ、逃げ出すしかなかった。

 ワーテルロー市内の奪還に失敗したベネルクス連合軍は、私有財産の損傷について制限を解除し、大火力で建造物ごと殺傷せざるをえないと判断した。その判断は遅すぎた感があったが、部隊を市内から退避させると、市内の徹底的な破壊のため、その日の夜の暗闇に乗じて、連合軍はヴイーヴルに対して一晩中の夜間砲撃を繰り返した。

 その夜はヴイーヴルの役目を終えた仲間に対する尊厳死の儀式こそなかったが、彼らは集団で羽音を立て続けていた。人類に怒り狂い、威嚇していたのである。


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