ワーテルローライン一日目
ベネルクス連合軍のワーテルローラインの作戦は、突撃や包囲を行なうのではなく、戦闘に有利な丘陵地帯に敵を誘い出し、正面に配置した防御部隊の強力な火力によって敵の数を削ぎ、合流した攻撃部隊によって挟撃するものであった。遮蔽物がない丘陵地帯をキルゾーンに設定し、多数の砲による集中砲火によって敵を殲滅することが基本計画である。
カンブルの森の砲撃後、基本計画に従って、ベネルクス連合軍の地上部隊は、攻撃のために2つに分けられた。オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍からなる攻撃部隊、およびフランス共和国陸軍からなる防御部隊である。本作戦が成功するかどうかの鍵は、キルゾーンに敵を誘い出すための陽動であり、その成否は各部隊の連携が緊密にとれるかどうかにかかっていた。
攻撃部隊のオランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊は、監視するだけの地味な任務から解放されると、いよいよきたるべきものがきたという興奮と緊張が攻撃部隊の兵士のひとりひとりを駆り立てていた。実際のところ、祖国奪還を合言葉に迅速な進撃を行ったのは、ベルギー王立陸軍は自国のワーテルローを奪還することに執着しているからにほかならない。
上空で偵察を行なっていた戦闘ヘリコプターAH-64D アパッチ・ロングボウが、ワーテルロー市内にいるヴイーヴルの小集団を発見すると、オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊のCV9035歩兵戦闘車とYPR765装軌装甲車に乗った機械化歩兵部隊が敵前まで移動して待機した。
第二次世界大戦以降、伝統的となっていた機械化部隊による電撃戦では、事前準備攻撃も重要となる。第二次世界大戦では急降下爆撃、現代では誘導爆弾などによるピンポイント攻撃により、敵の戦力と士気を削ぐのである。
戦闘ヘリコプターAH-64D アパッチ・ロングボウは、さまざまな種類の強力な兵器を搭載していて、まさに電撃戦にうってつけの兵器であった。世界でも最高精度を誇る光学および赤外線センサーと、目標指示用のレーザー照射装置などにより、遠距離にいる目標を識別するとともに、誘導兵器との組み合わせによって敵味方が入り混じった状況であっても、正確なピンポイント攻撃が可能である。
AH-64D アパッチ・ロングボウは、敵から離れた位置でホバーリングしたまま、持てる火器類をつるべ打ちのように打ち出した。大気を切り裂く音は、次々とヴイーヴルの小集団の中に飛び込み、いくつもの爆発が広がった。
オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊は、突撃隊形により前進を開始した。突撃隊形は正面に対して最大限の火力を発揮できる隊形であり、側面に対しても良好な火力を使用することが可能な隊形である。街はずれの若干の建物がある地形や広漠とした地形で敵の部隊に対する突撃に適していた。
オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊の主力部隊が市内に突入すると、ヴイーヴルの小集団が市内のあらゆる方向から現れ、獲物を求めて躍り出てきた。地上を這うように接近してくるヴイーヴルの群れは、まるで台地がうねっているようにも見えた。威嚇のために顎をカチカチと鳴らし、地面をこするような音があたり一帯から聞こえていた。
機械化歩兵部隊と歩兵部隊が連携し、短時間の戦闘の後、昼過ぎにはヴイーヴルの小集団は市内の奥へ逃げていった。これを見たオランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊は、「敵は脆弱。ただちに合流し、ヴイーヴルを挟撃せよ」との通信をフランス共和国陸軍へ送るように命じた。
ワーテルロー市内からの砲声は丘陵地帯の南側のフランス共和国陸軍でも聞かれ、一行に敵が現れない状況に「たかが爬虫類です。我々もただちに銃声の方角へ進軍すべきです」との意見が出ていた。だが、この時のフランス共和国陸軍は「(ヴイーヴルを待ち伏せして)貴官の銃剣をもって敵の正面を突け」との連合軍の最初の命令を遂行するために丘陵地帯でヴイーヴルを待ち構えたまま、市内には突入しなかった。フランス共和国陸軍の指揮官は以前に受けた命令に固執し、彼の麾下の連合軍がワーテルローラインの初日の戦いに参戦しないまま遊兵となっていた。
戦闘により、CV9035歩兵戦闘車に損害が出たため、戦車回収車や救護班の装甲車が出動し、歩兵部隊の半分はXA-180装甲兵員輸送車から降りて散開しながら徒歩前進した。やがて倒れた鉄塔が道路が塞がれているのを発見すると、それはまるでバリケードのように塞いでおり、工兵部隊の出番となった。障害物除去の作業を開始するが、少数のヴイーヴルが神出鬼没の奇襲を繰り返すようになり、その都度に中断することになり、作業がはかどらなかった。
空中から接近してくるヴイーヴルに対しては、ゲパルト自走対空砲が投入された。こうした様々な状況が一度に展開され、ワーテルロー市内には間断なく発砲音が響き渡り、歩兵戦闘車、装軌装甲車が走り回っていた。とにかく敵も味方も激しく動き回り、状況は激しく変わった。
これらの戦闘の様子は、ウェアラブルカメラによって撮影され、司令部のモニター画面に映し出されていた。よくできたゲームのようにも見えるが、モニター画面のなかで動いているのはバーチャルではなく本物の戦車、装甲車であり、兵士たちである。戦車は故障もするし、生身の兵士は疲労もする。リセットボタンは無いのである。
市内のほぼ中央部にまで進出した前哨部隊は、ウェリントン博物館に布陣していたが、移動命令を受けていなかったため、彼らは身をさらすような危険な場所に留まりながらも、正面のヴイーヴルともっとも激しい戦闘を交える結果となった。このヴイーヴルとの戦いは、連合軍の銃剣と、ヴイーヴルの牙や爪が直接に交えるも白兵戦ともいえる近接戦闘となった。次から次へと湧くように出現するヴイーヴルによって空が覆われ、返り血を浴びるような近距離で、四方八方から襲われた。
ヴイーヴルの戦略は不明ながらも、オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊の背後に回り込むことをもくろんでいたようである。突撃を繰り返すヴイーヴルをH&K HK417自動小銃で掃討しようとするが、1体1体は自動小銃の銃弾にもろかったが、倒しても、倒しても、次々と後ろから新しいヴイーヴルが現れた。脚や羽がつぶされても、彼らは止まらなかった。それどころか、身体が引き裂かれても、蠢きながらも前進を止めようとしなかった。ヴイーヴルは仲間の残骸にさらに興奮状態となり、より凶暴になって、同族の屍を乗り越えて前進してくるのである。
ヴイーヴルの群れは、バラバラに突撃することを止めており、まるでローマ軍の重装歩兵のような隊列となって前進してきた。集団行動であるがゆえに迅速な移動はできないという欠点はあるが、先頭1列目のヴイーヴルの体が盾となっていた。2列目3列目までも貫通するほどの殺傷力の強い武器で攻撃しなければ、敵を押しとどめることができなかった。ヴイーヴルの隊列による行動は、H&K HK417自動小銃のような小口径の飛び道具に対して抜群の効果があった。
映画や小説では敵同士が肉薄すると、数分間にわたって全力で殴りあう光景が繰り広げられるが、この戦いでは違っていた。ヴイーヴルは、まずは敵に馬乗りとなることで自重により獲物を抑え込むことを好んだ。力の差を相手にミスリードさせて、戦闘意欲を奪うことが目的である。
人間は戦闘モードに入るとアドレナリンが噴出するため、痛みを感じずらくなり、殴られても簡単にダウンさせられることはなくなる。しかし出会いがしらに、戦闘意欲を奪われると、大抵の場合は恐怖に気合負けをしてしまう。白兵というのは技や武器の優劣よりも、最終的に一番影響するのは戦意の強さである。剣を見て臆しないか、死の恐怖を乗り越えられるか、そういう意味で、ヴイーヴルの戦法の効果は絶大であった。殴りあいが繰り広げられる前に勝敗がついてしまうのである。開戦前の威勢のよい態度とは裏腹に、抵抗らしい抵抗ができずに一方的に噛み砕かれる兵士が続出した。
この状態はさらなる悪循環を招いた。兵士たちは遠くの敵に引き金を引くことには慣れていても、目の前で仲間の手足を食いちぎられ、抵抗できなくなった兵士すらも頭をかみ砕かれるという無慈悲な殺戮に、恐怖におののき、さらに戦闘意欲を奪われることになった。
歩兵部隊の被害が次第に大きくなってくると、オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊は、市内にレオパルト2A6戦車からなる戦車部隊を投入し、建物の影から奇襲してくるヴイーヴルを装甲で防ぎながら迎え撃ちにする作戦に切り替えた。
前哨部隊の死闘と呼ぶにふさわしい活躍により、後続の機械化歩兵部隊が両側に展開し、いくつかの砲兵部隊の支援を受けつつ、市内の中心部を奪回することに成功することができた。しかし、ここでも爆撃の窪みや建物の上に隠れていたヴイーヴルが、突然に襲い掛かり、歩兵に大きな損害が出る始末であった。
ヴイーヴルの徹底的な陽動や伏兵などの戦術的な奇襲により、オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊は本来の作戦計画とは逆に翻弄される側となり、戦力と士気を削がれる逆に入れ替わっていた。損害の多い市内戦の状況から抜け出すため、当初の作戦どおりに丘陵地帯に敵を引きずり出そうと試みたが、ヴイーヴルは挑発に決してのることがなく、市内に留まったまま出ようとしなかった。
増える一方の負傷者数に戦意が徐々に失われつつあり、恐怖よって随伴歩兵の進軍が硬直したため、市内の各部隊は孤立しつつあった。もはや兵士の表情からは開戦前の余裕はどこにも残っていなかった。予想さえしていなかった苦戦に、オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊は歩兵の予備兵力を投入してワーテル市内の半分まで確保したものの、夜になると暗闇から不意打ちを受ける恐れもあり、ワーテル市内の奪還作戦を一時停止せざるをえなかった。このため暗くなる前に市内から一時的にすべての部隊を脱出させることとなった。
殺戮を成し遂げたものの大打撃を受けていたヴイーヴルの群れは、オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊の攻撃に抗しきれずに退却を始めた。しかしそれは、決して戦場から離脱したわけではなかった。ワーテルロー市内の隅々へ退却し、建物の背後の死角に身を隠しただけなのである。
夜になっても戦場の市内は動きがあった。ヴイーヴルは夜の闇に紛れて、味方と敵の両者が睨みあう間に侵入し、戦場に取り残されていた瀕死の仲間にわざわざ止めを刺して苦痛から解放しているのである。最後まで戦い抜いて終末状態で動けなくなった仲間に対する尊厳死は、戦いを引き継ぐものが、役目を終えたものに安らぎを与えるという彼らなりの思いやりなのかもしれない。彼らの価値観が人間に受け入れられないものであっても、それは彼らの信条であり、それは戦いとは関係ない。オランダ王立陸軍・ベルギー王立陸軍部隊もフランス共和国陸軍部隊も彼らの行いを妨害することはしなかった。
しかしながら、ヴイーヴルは負傷した人間に対しても、同じように止めを刺そうとすると緊張が走った。仲間の兵士が気づき、徹底的に抵抗すると、ヴイーヴルは理解したようであった。人間は命ある者を大切にすることが人間の信条であることを……。それ以降、ヴイーヴルは、負傷して戦意を失った人間を放置するようになった。しかし、武器を手に取っている限りは、負傷していても容赦されないことは変わらなかった。




