ベルギー中部ワーテルロー
オランダ王立陸軍は事態を楽観視していたため、敵性来攻生物の侵入に対して、戦力の逐次投入による対処を繰り返してきた。それは単に敵性来攻生物も仲間を呼び集める結果となり、敵味方の双方の数が増えるだけの繰り返しとなり、結果的に問題が先送りになってしまっていた。
問題の収拾にはほど遠い状態となっている事態を憂慮した国際連合安全保障理事会は、現地で進められていた敵性来攻生物包囲作戦を引き継ぎ ネーデルランド地域を中心とした各国から構成されるベネルクス連合軍の編成を強化し、敵性来攻生物の早急な排除を目的とした防衛計画を発動した。発動された敵性来攻生物包囲作戦は次のとおりである。
防衛計画の第一段階は、敵性来攻生物の出現場所であるネーデルランド地域を西部と東部の2つの阻止線によって挟み、これ以上の拡大を阻止することを目的とする。
この作戦計画を受けて、西部阻止線の中心戦力となるベネルクス連合軍は、ベルギー北部ワーテルロー一帯に陸上戦力を集結し、阻止線を構築することとなった。通称ワーテルローラインと呼ばれる防衛線である。ベネルクス連合軍は、ベネルクス3か国が中心戦力となり、オランダ王立陸軍からは第11空中機動旅団、第13機械化旅団、第43機械化旅団が参加し、ベルギー王立陸軍からは第1旅団、第7旅団が参加した。さらにはフランス共和国陸軍からも第7機甲旅団、第132歩兵大隊が参加した。この結果、ベネルクス連合軍の地上軍戦力は、6個旅団1大隊の将兵約35,000名となった。
地上部隊だけでもベネルクス連合軍の総力による大戦力であったが、さらに空からの支援として、ベネルクス連合軍の各国空軍以外にも、イギリス王立空軍も作戦に参加することになっていた。
防衛計画の第二段階は、さらなる大戦力によって反撃に転じ、敵性来攻生物をオランダ北部まで追い詰め、北海の海に追い落とすというものであった。アメリカ合衆国軍が主体となり、イギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)、オーストラリア連邦などが加わる有志連合によって組織された大規模な多国籍軍が、反抗作戦に参加するために、フランス北部に上陸する準備を進めていた。
第一段階のワーテルローラインに戦力の集結が始めると、ヴイーヴル側にも新たな動きがみられた。ヴイーヴルは単なる爬虫類の群れではなかった。人類の反抗作戦の動きに気づいたかのように、ヴイーヴルも集結しつつあることが確認されたのである。彼らは自分たち種族に共通する敵の存在を認識し、共同で対抗する術を知っているのである。
オランダ国内から国民の脱出がほぼ完了したことを見込み、イギリス王立空軍はヴイーヴルが潜伏している可能性のある森や林などを絨毯爆撃するとともに、ユーロファイター タイフーンによる地表目標の探知走査が行われた。
ベルギーのブリュッセルにあるカンブルの森にヴイーヴルの大規模な集団が発見されると、ただちにベネルクス連合軍にデータリンクされた。連合軍部隊は安全な遠方に布陣していたため、データリンクされた情報では目視すらできなかったが、現代戦においては目視する必要もない。探知走査した位置情報をもとに砲兵は正確な照準が可能であり、ベネルクス連合軍の大砲列80門によるロングレンジ砲撃が開始された。
カンブルの森は地面が軟弱で、砲撃による跳弾効果が妨げられた。さらにベネルクス連合軍砲兵はカンブルの森の全域をカバーせねばならず、砲撃の集弾性が低くなった。しかしながら、この時のベネルクス連合軍は余裕に満ちており、「敵を驚かせ、戦いの主導権を握り、敵の士気を萎えさせる」ことさえできれば良いという考えであり、敵に大きな物理的損害を強いることは優先されなかった。
この砲撃は敵性来攻生物の出現後に行われた初めて大規模な攻撃であった。続く今後の作戦によって敵性来攻生物の拡大を抑え込むことができると誰もが信じていた。しかし、人類の敵が目の前のヴイーヴルに代表される大型爬虫類だけでは無いことが、この後の展開に大きな影響があるとは、この時点では誰も予想できていなかった。第一段階のワーテルローラインの戦いは、全世界を巻き込んだ大規模な戦争の前哨戦に過ぎなかったのである。




