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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第三章 アムステルダム
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ベームスター干拓地ミサイル爆発事故現場

 ルシファーの最初の感染源を探るべく、疾病捜査官は2つの感染ルートの接点となるベームスター干拓地に到着していた。そして、警察官が現場検分を行なった終末高高度防衛ミサイル爆発事故の火災現場、さらに、カラスの死骸があった周辺を徹底的に捜索した。

 そこで見つけたものは火災現場の近くにあったフェアリーリングであった。火災の熱によって周囲の草が焦げているにもかかわらず、フェアリーリング自身には火災による損傷が見当たらなかった。

 フェアリーリング、それは地面に生えている茸の輪である。民話ではフェアリーたち妖精が輪になって踊り、草を踏み均した痕跡であると語られている。民話が本当であるかどうかは別として、疾病捜査官の関心を引いたのは、その大きさと周囲の状況であった。フェアリーリングは今でも成長を続けながら拡大しつつあるようであり、周囲の植物さえも、異常と思えるほどに大きく成長していた。フェアリーリングは科学的には土壌伝染性病病害と知られ、いわゆる土壌の病気であるとされている。疾病捜査官は直観的にフェアリーリングが今回の感染源に関係しているのではないかと予感した。

 土のサンプルを採取しようと疾病捜査官がフェアリーリングに近づこうとすると、カチカチと硬いものが何度もぶつかり合うような音が聞こえてきた。聞き慣れない音に立ち止まったものの、周囲にはなにも見当たらなかった。疑問に感じながらも、再びフェアリーリングに近づこうとすると、今まで見たことのない生き物が、前方から飛び出してきた。その生き物は人間よりもやや大きく、疾病捜査官たちの周りをしつこく飛び回り始めた。

 先ほどから聞こえてきたカチカチという音は、この生き物が顎を鳴らす音であった。トカゲのような体つきをしているが、前脚はこうもりのような翼になっていた。もちろん、このような生物を見たことがあるはずもなく、どちらかというと、伝説や神話に出てくるような生物である。その生物は口を大きく開けて「シャー」と息を吐きかけてきた。威嚇のつもりであろう。

 終末高高度防衛ミサイル爆発事故以降に、実はこの生物による被害が周辺で発生していたが、正体がつかめずに、野犬のような生き物が潜んでいると思われていた。

 疾病捜査官たちにとって、威嚇を繰り返すその生物は、その大きさから恐怖を感じずにはいられなかった。疾病捜査官たちは敵対行動をとってくる生物にパニックに陥り、本能的に追い払おうとした。ある者は助けを求めて走り出し、ある者は追い払おうとして手に取った棒を振り回した。相手が一体しか見えなかったために、見くびっていたのかもしれない。

 見慣れない生物は攻撃を受けたと認識し、ついに本格的に襲い掛かってきた。顎で噛む攻撃、毒を散布する攻撃を執拗に繰り返してきた。

 疾病捜査官たちは、たまらず退避することにしたが、攻撃を避けながらフェアリーリングからゆっくりと退散すると、その生物はどこかに去ってゆき、見えなくなっていた。てっきり追いかけられるかと思ったが、なんとか難を逃れることができたのである。

 疾病捜査官が遭遇した生物は、その蝙蝠のような翼と鷲のような足、さらに蛇の尾を持つ形状からフランスに伝わるドラゴンの一種であるヴイーヴルと呼称されることになった。捜索中のドラゴンとともに、ヴイーヴルは人間を攻撃する危険な生物と判断され、この情報はただちに、オランダ王立陸軍に伝えられると、ドラゴン捜索任務にあたっていた部隊が駆け付けることとなった。

 オランダ王立陸軍は目撃現場周辺にて山狩りならぬローラー作戦による捜索を開始することとなり、兵士がフェアリーリングに近づくとヴイーヴルが再び姿を現した。兵士はH&K HK417自動小銃を携帯しており、即刻にヴイーヴルを射殺したが、ヴイーヴルは射殺される直前に毒液を空中に散布していた。

 ヴイーヴルの臭覚はとても鋭く、敵を臭いで感知するとともに、毒液には警報フェロモンが含まれており、フェロモンで互いに交信をすることができた。毒液の散布は仲間に助けを求める呼びかけでもあったのである。すぐに別のヴイーヴルがフェアリーリングから現れた。フェロモンと仲間の死体によって、直ちに興奮状態となり、非常に攻撃的になると警報フェロモンにより、さらに仲間を呼び寄せようとした。

 仲間の呼びかけの応じたヴイーヴルがフェアリーリングから次々と現れ始めた。フェアリーリングは、まるでどこか別の場所とつながっているとしか思えなかった。ヴイーヴルの群れとオランダ王立陸軍との間に戦闘が続く事態となり、オランダ王立陸軍の攻撃によって興奮したヴイーヴルが、さらに多くのヴイーヴルを呼び寄せるという悪循環を引き起こした。

 疾病捜査官たちは、ヴイーヴルの死骸を確保するとともに、入念に調査することに成功したが、ヴイーヴルの死骸から真正粘菌ルシファーは発見されなかった。しかしながら、現在のフェアリーリングの状況から、真正粘菌ルシファーもフェアリーリングになんらかの関係があることは、ほぼ間違いないであろうことは容易に推察できた。

 今や、ベームスター干拓地には様々な未知の生物が現れ始めていた。まるで未開のジャングルと化してしまったようであった。未知の生物の出現場所が、いずれもフェアリーリングであることが確認されたため、これらフェアリーリングから進入した敵対生物を総称して、敵性来攻生物と呼ばれるようになった。敵性来攻生物は未知の生物というよりも、正確には伝説や神話で語られる生き物を連想させる容姿をしており、まるで伝説の生物が現代に忽然と現れたかの様相となっていた。

 出現したヴイーヴルの数は、次第にオランダ王立陸軍の部隊を圧倒し始めていた。オランダ王立陸軍は作戦を中止し、一時後退せざるを得なかった。それは周辺の住民も避難しなければならないことを意味し、事態の収拾のために行われた戦闘が皮肉にも戦闘地域を拡大する結果となっていた。

 敵性来攻生物の問題は、深刻な危機と認識されつつあった。なぜなら、ベームスター干拓地から首都アムステルダムまで、わずか30KMしか離れていないのである。

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