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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第三章 アムステルダム
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ベームスター干拓地ミサイル爆発事故現場

 オランダ北部で発生したベームスター干拓地ミサイル爆発事故による大規模火災の現場では、消火活動の邪魔にならないように周辺一帯を消防警戒区域が設定され、やじうまなどの民間人に消防警戒区域の外側へ退去が命じられた。ロープによって隔たれた消防警戒区域の中では、駆け付けた消防隊の8台のポンプ車が運河に横付けされ、汲みあげた水を利用することで絶やすことなく放水が続けられていた。沈下したばかりの火災現場は、未だに煙がくすぶっていた。

 大規模火災の現場中央付近で、逃げ遅れていた姉妹が発見されていたが、幸いにも早い時点で助け出されていた。しかし、妹には打撲と見られる内出血が認められ、搬送先の病院で死亡が確認された。姉は命にこそ別状が無かったが、妹の死に茫然自失となっていた。

 病院に到着後も、姉は煤と泥に汚れた姿のまま、動かなくなった妹の隣から離れようとしなかった。悼まれなくなった看護師に休むように言われても何の反応もなく、妹が目を覚ますのをいつまでも待ち続けていた。意識や感情が欠落してしまった姉の様子は、まるで魂の抜け殻のようであった。

 火災の発生時には消火活動や人命救助がいちばん重要なのは言うまでもないことであるが、火災原因や延焼状況を調査して、今後の防火技術や消火活動に生かすことも重要である。今回はミサイルの爆発という重大事故であり、大規模な火災であるため、火災現場一帯の現場検分には、消防関係者や地元警察から構成された一団だけでなく、首都アムステルダムから陸軍関係者やオランダ国家警察も応援として派遣されてきた。

 火災現場の倒壊や焼損状態などから火元を特定し、延焼の状況などを調べて火災原因を導き出さなければならない。さらに死者が出ている場合には、通常であれば火災保険等の保険金詐欺についても疑う必要があったが、今回に限ってはミサイルの爆発が直接あるいは間接の火元である。このため放火や失火を含めた事件性を考慮する必要は無さそうであったが、犠牲者が死に至った原因については事故の状況や事故現場の様子などを明確にして実況見分調書を作成しなければならない。

 爆発により発生した火災が、どのように延焼していったかを焼け跡の中で調査することは至難の業である。すべてが焼け落ちた瓦礫の中から手掛かりとなるものを発掘したり、残存物の焼け方、残り具合などを検分する。このような調査や鑑定には、専門的な知識と熟練の技、そして経験が求められた。それらを兼ね備えた火災調査のプロフェッショナルである火災調査官も参加していたが、今回の火災には爆発事故としては不自然な点が多く、火災発生後に延焼が一気に拡大したことの説明が困難であった。今までの常識が通じない火災であったからである。まるで、火災の火元が同時多発的に発生したかのように見えたからである。

 火災発生時は、多くの人によって急速に立ち込める雲が目撃されている。天候の急激な変化があったことが事実であれば、火災調査官によるとミサイルの爆発のほかにも複数の落雷による同時出火の可能性もないわけではないとの説明であった。ただし、雲が急速に立ち込めるという目撃はここだけの話ではなく、警察官のいた首都アムステルダムでも同様であったので、いささか火災調査官の説明は腑に落ちない部分もあった。

 ただし腑に落ちないのは、それだけではない。調査を進める過程で、にわかに信じがたい目撃報告が多数に寄せられ、頭を悩ます結果になっていた。伝説上のドラゴンを目撃したというのである。確かに地面には巨大な足跡が残されていた。さらには、首都アムステルダムの上空にも飛翔するドラゴンの目撃情報が寄せられていた。

 このため、終末高高度防衛ミサイル爆発事故現場は、違った意味でもオランダの新聞に掲載されることになっていた。未確認生物が地上で目撃された唯一の場所として一躍有名になったのである。それゆえに、一連の目撃情報を総称してベームスター干拓地ドラゴン事件と呼ばれることになるのである。

 これらの無視できないほどの数に膨れた目撃情報の裏には、なんらかの理由が必ずあるはずである。これだけ多い目撃情報ゆえに単なる悪戯である可能性は限りなく低い。火の無いところに煙が立たないように、ここベームスター干拓地こそが一連の事件の現場であると警察官の直感が教えていた。ドラゴン、いやドラゴンを連想させるような大型生物が本当に現れたかどうかは別として、やはり、警察官にとって自分が納得できるまで念入りに調査する必要がありそうなことは認識していた。

 火災現場となった果樹園には、焼け焦げたカラスの死骸が大量に残されていたが、驚くことに、一晩でカラスの死骸にカビの菌糸のようなものがびっしりと繁殖していた。さらに、たくさんの棘を持った楕円形の胞子嚢を実らせた小さな植物が生い茂っていた。オオオナモミの小さな果実のような形であり、棘の先端部には太い棘が二本あることまでそっくりであった。オオオナモミの棘は防御のためというよりは、動物の毛に絡みついて運んでもらうためのものであるが、類似する形状であることから似たような役割をもっているに違いない。しかしながら、オオオナモミがそうであるように、この目の前の小さな植物は特段に危険には見えなかった。

 やがて、現場検分が終わったため、鑑識がカラスの死骸の片づけ作業を始めた。警察官が後片付けを手伝う際に、誤って素手で菌糸に触れてしまったため指に痺れるような違和感が走った。菌糸は指に絡みつくようにくっついてきたように見えた。しかしすぐに痺れは収まったため、大事には至らないだろうと気にも留めることもなかった。警察官は残っていた仕事を片づけると帰路に着くことにした。警察官はアムステルダムの自宅に早く帰宅したかったのである。


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