アムステルダム上空
ベームスター干拓地でフェアリーが呪文を詠唱した同時刻、オランダの首都アムステルダム市内では、北の空に沸き上がった厚い雲が見る間に全天に広がっていくのが目撃されていた。その光景は、まるで水槽に流したインクが、水槽の底にそって広がっていくような広がり方で、雲の動きとしては不自然であった。本来、雲は温度の高くなった空気が上昇して湧きあがるため、雲ができはじめると上空に向かって大きく膨張していくように発生するものであり、空を這うように広がっていくものではない。不自然な厚い雲は次第に濃い灰色となり、雲の中で閃光が走ると、大気を震わせるような大きな雷鳴が鳴り渡った。
突然の天候の変化に、アムステルダム市内の人々が驚いていると、それは現れた。最初は旅客機が低空で飛んでいるように見えたが、すぐに違うものであることは誰にでもわかった。巨大な翼を広げた物体は、明らかに生き物であった。
市内の人々はパニックになった。その外見から友好的な生き物には見えなかったからである。巨大な生き物が空を滑空しているだけでも不安を煽るには十分すぎるのであるが、口には鋭い牙が見えており、瞳は冷血動物そのものであり、蜥蜴や鰐のような爬虫類を連想させた。
通報を受けた警察が出動した時には、上空に現れた巨大な生き物は飛び去った後であった。アムステルダム市内に被害は出なかったものの、上空に現れた未確認生物の姿をカメラで撮影することに成功した報道機関は、全世界に中継しようとして問題が起きていることに気づいた。
系列各社共同で所有する人工衛星回線が使用できなくなっていたのである。それは単なる自社の機器の故障ではないことはすぐにわかった。系列外の他社の人工衛星回線も使用できなくなっていたからである。それだけではなく、GPS衛星から衛星位置や時刻などの情報も受信できなくなっていた。軌道上に存在するありとあらゆる衛星との通信が突然に途絶えたのである。人々は経験したことのない事態が起きている事実に次第に気づき始めていた。




