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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第二章 フェアリーリング
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ベームスター干拓地フェアリーリング周辺

 フェアリーリングの周辺は、昨日までの穏やかな日和の面影が消え、周囲は敵意が満ち、見えない負の力が不気味な状況を醸し出していた。あたりは暗く、強く吹きつける風が渦を巻く音を鳴らしながら木々を大きく揺らし、枝から引きちぎられた葉が叩きつけるように舞っていた。

 フェアリーは、その生き物が人間を襲い、カラスと抗争が始まるのを見続けてきた。その生き物は、この世界にとって危険であり、この世界に残しておいてはいけないことを理解していた。

 フェアリーは、不思議な力を生まれながらに持っている。フェアリーリングを開くのも、そのひとつである。しかしながら、その力ではいかなる生き物の命でさえ、直接に生み出したり、直接に奪ったりすることはできない。この世界に残していかないようにするには、フェアリーリングから元の世界に戻すしか方法がなかった。幸いにも、その生き物はフェアリーリングに戻ろうとしていた。

 しかし、フェアリーリングの奥に戻るには、フェアリーリングの掟を守る必要があり、自分の世界から自由に入ることはできても、自分の世界に帰るには簡単なことではなかった。さらに興奮状態になったカラスの群れの攻撃が、その生き物がフェアリーリングに戻ることを妨げていた。カラスの群れは執拗に威嚇や攻撃を繰り返し、次々と仲間のカラスがその生き物に取り込まれていた。その都度にカラスの屍を増やしているにもかかわらず、その生き物は全く冷静そのものであった。それどころか、大量の苗床の下地を手に入れることができて恍惚の目を浮かべていた。

 その生き物は、フェアリーリングから元の世界の苗床に戻るよりも、この場所のほうが、餌になる生き物が豊富にあり、繁殖に都合がよいことを感じていた。

「どこ?」

 フェアリーを探しているサラ・ケイの声が聞こえて来た。サラは、昨晩の大人たちへの悪戯の結果を教えてもらおうとしたが、周囲の敵意に満ちたカラスの群れに驚き、子ども心になにか不吉なことが起きていることを感じていた。そのために、友だちのフェアリーのことが心配で、ひとりでフェアリーリングの近くまで探しに来てしまったのである。

 悪戯の予定に無かったその生き物や、カラスとの間に生じた争いを彼女が知るはずもない。異変に気づくのが遅すぎた。興奮状態のカラスの群れは、全く関係のないサラ・ケイにも、この場にいるという理由だけで刃を向け始めた。

 後方から突然にバタバタと羽音がすると、頭の上に何かが乗った感じがした。その直後に髪が引っ張られる痛みを感じた。彼女はハッとして振り返った。後ろには髪を咥えたカラスと、もう一羽がいた。あっけにとられていると、カラスは林の方向に戻り、引きちぎった髪を林の中に落とした。その林には、さきほどの2羽のカラスだけでなく、数えきれないカラスの群れが林の中に見えていた。

 サラはその光景に恐怖を覚え、うずくまって身を隠そうとした。カラスはまず鳴き声によって威嚇をしていたが、相手が怖がっていると調子に乗った。3羽目のカラスが再び後ろから乗っかろうと近づいてきたが、手で払うと、かろうじて諦めて飛び去っていった。

 カラスは相手の頭上近くまで舞い降りてサッと上昇する行動を繰り返す。サラが子どもであることを良いことに、弄び始めた。それはどちらかといえば、ちょっかいを出して面白がっていようであった。あの生き物との抗争の巻き添えである。カラスはあの生き物との抗争が思い通りにゆかなくて苛立っており、まるで人間と同様に嫌がらせをして憂さを晴らしているのである。カラスはこのような感情的な行動を行なう数少ない動物の一種なのである。後ろから頭を蹴りつけたり、頭髪をつかんで引っ張たり、と次第に嫌がらせ行動がエスカレートしていった。

「逃げてくださいませ」

 フェアリーの声であった。カラスが怯えるサラを狙っていることに気づいたのである。

 フェアリーはサラの危機に、風の精霊シルフの名前を呼んで助けを求めたが、応えてはくれなかった。精霊シルフが一回だけ助けてくれるのは、ずっと遠い未来であったけれども、近い将来でもある。風の精霊シルフは、サラが本当に助けを望む時は、その遠くて近いその時であることを予見していたため、沈黙を守り続けていた。

 フェアリーはパニックになった。あの生き物が無視できない危険な存在であったが、カラスに教われるサラを守りたかった。そのためには、フェアリーは禁句さえも犯すことをためらわなかった。自分の力で直接に命を奪うことができないのであれば、間接に命を奪えばいい。フェアリーは千里眼に似た力で周囲から武器になりそうなものを探した。そう武器はある。たとえば、少し遠いがアムステルダム防衛線の南西部要塞に爆発物が詰まった終末高高度防衛ミサイルも、そのひとつである。フェアリーは見つけたものの中から、もっとも破壊力のある終末高高度防衛ミサイルを選択した。

 終末高高度防衛ミサイルの構造を理解し、その下部構造にある可燃性物質を燃焼させて威嚇できれば、カラスはすぐに逃げ出すし、あの生き物さえもフェアリーリングの中へ追い払えると思えた。もしもフェアリーリングの中へ追い払えない最悪の場合には、相手の命を奪うことさえも覚悟した。


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