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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第二章 フェアリーリング
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アムステルダム防衛線北部要塞近郊

 アムステルダム防衛線にある南西部の要塞に潜入していた工作員の分遣隊は、ミサイル配備の動かぬ証拠となる写真の撮影に成功していた。このため目的は達成となり、他の分遣隊と合流して潜水艦に帰還し、写真を諜報機関に引き渡せば任務の完了となる。

 ところが、北の分遣隊は未だに問題が続いていた。北の分遣隊は合流地点に向けて撤収を始めていたのであるが、要塞内で起きた説明のしようがない事態とは別の問題が発生していた。何者かが追跡してくるのである。それは何者かとしか言いようがなかった。工作員の指揮官である軍曹は、はっきりと敵の存在を感じていたが、敵はまるで獣のような行動をとっており、オランダ王国軍の兵士ではないように思えた。

 少なくとも、追跡者を合流地点に連れて行くわけにはいかなかった。部下を先に合流地点に向かわせると、軍曹はもう一人の部下とともに追跡してくる敵を待ち伏せすることにした。証拠写真を本国に持ち帰る任務は、南西部に向かった分遣隊や中央の街に残った分遣隊へ託すことにした。

 ベームスター干拓地は日の入が遅かったように、日の出も早い。周囲がすっかり明るくなっている中、工作員の軍曹は花畑に身を潜めて敵が通るのを待ち構えた。

 花畑の中をなにかが突き進んでくるのがわかる。敵は思ったよりも大きく、大型の犬などの動物にも思えた。それならば、軍用犬という可能性もある。そうであるならば臭いを辿られてしまうため、逃げきることが難しいであろう。やはり、ここで憂いは絶たなければならない。

 こちらが待ち伏せしているのがわかるのか? まっすぐこちらに近づいてくるようであった。敵の2体が接近してくるが、目の前の追跡者以外にも敵が迫っている可能性があるため、銃声を聞かれることは可能な限り避けなければならない。

 軍曹は武器にバリスティック・ナイフを選択した。長い刀剣があれば、振り下ろすだけで、その長さと重さで相手を殺傷できるため扱いが楽であるが、手持ちの武器には無い。短く軽いバリスティック・ナイフでは、切先の加速も重さによる切断力も生じにくい。近距離で刺突する際には、それなりに力を入れなければ一撃で致命傷を与えることができない。軍曹はバリスティック・ナイフを逆手持ちに握りなおし、力を込めて振り下ろす準備を整えた。

 気配だけでは本当に軍用犬なのかがわからない。それほど大きい軍用犬でないのであれば、バリスティック・ナイフでも一撃で決着が着くはずである。幸か不幸か、敵はなんの躊躇もすることなく、まっすぐ突進してくる。やはり、こちらの位置がわかるのか? 今になって自分が風上に位置していたことに気づいた。

 敵がこのまま突進してくるのであれば、それを逆手にとることができる。目の前に飛び込んで来る瞬間さえ避けることができれば、避けざまにバリスティック・ナイフで相手に一撃を与えることができる可能性がある。

 花畑をかき分けながら近づいてくる音が次第に大きくなってきた。目の前を遮っていた花が押し倒された瞬間に、追跡者の姿が曝け出された。軍曹がバリスティック・ナイフを振り下ろすと、狙いは的中し、十分な手ごたえがあった。決着が着いたはずであるが、軍曹は念のため、反撃を警戒して敵から間合いをとった。そして、相手の正体を見極めた。 

 軍曹は思わず絶句した。それは額の中央に一本の角が生えた馬に似た生き物であった。角は造り物に見えない見事な骨質であり、姿だけを見れば、伝説のユニコーンなのである。ユニコーンは背中から血を流しながら、深手の傷で倒れていた。それでもこの場から逃げようとしているのか、立ち上がろうともがいている。

 こんな状況下で悪戯なのか? 誰かが北海に生息するイッカクの角でも白い馬につけたのであろうか? 軍曹はそんなことを考えるよりも、近づいてくるもう一体に注意を戻した。2体目も同じように自ら飛び込んでくる勢いで その瞬間を察知するべく待ち構えた。

 次に飛び込んできたものを目視した時、軍曹が思わず怯んだ。生き物のようではあったが、それは形容しがたい生き物であった。生物の形態としての常識に欠けた生き物と言えばわかりやすいであろうか? まるで、なにかの胴体にいろいろな生き物の手足を寄せ集めた全く出鱈目としかいいようのない生き物だった。腐った肉の臭いが鼻を刺激するところから推測すると、外見どおりの死体から寄せ集めた生き物なのかもしれない。

 瀕死状態に倒れていたユニコーンが、その生き物を見ると、重度の負傷にもかかわらず、怯えたように暴れ出した。ユニコーンは、この生き物から逃れようとしていたのである。

「なんだ、こいつは?」

 あまりのおぞましい姿に近づくのが躊躇われた。幸いにも相手の身体は小さい。バリスティック・ナイフでも、急所に当たれば殺せるに違いないと判断した。バリスティック・ナイフの最大の特徴は内部に仕込まれた強力なバネにより、刀身部分のみを射出することが可能なことである。軍曹は生き物の胴体と思われる部位に向けて、刀身を射出した。射出された刀身の飛翔速度の時速60kmほどで、生物の生身の身体には楽々と奥深くまで突き刺さり、普通の標的であれば十分な殺傷力がある。

 その生き物は不自然な場所にある目で、自分に刺さったバリスティック・ナイフの刀身を見つめ、手のような部位を動かして、刀身を引き抜いた。そして、あろうことか、その刀身を握ると振り回し、使い勝手を試しているように見えた。それは軍曹が最初に行ったナイフの格闘術を真似しようとしているようにも見えた。

 その生き物の視線が軍曹に向いた。どうやらバリスティック・ナイフの使い方の練習が終わったのであろう。

 軍曹は拳銃を構えた。相手に武器を合わせる義理はない。追跡者や住人に銃声を聞かれるかもしれないが、そんなことを気にしている場合ではないという判断であった。そして、理解しがたい形状の生き物と睨めっこしている場合でもなかった。すかさず、拳銃を撃った。

 複数の弾は生き物に確かに命中し、手足の一部の骨を砕き、だらしなく垂れ下がった。しかしながら、その生き物は、自分の身体が破壊されていることなど全く関心がないようであり、軍曹の動きを見つめ続けていた。

「くそ、効かない」

 その生き物は、バリスティック・ナイフと拳銃の違いがわからないのか、軍曹が拳銃を構えて撃った時の動作をバリスティック・ナイフの刀身で真似するかのように持ち替えた。拳銃を撃つような動作を繰り返しているが、もちろんバリスティック・ナイフの刀身から弾が発射されることはない。

 その生き物は、バリスティック・ナイフの刀身から一向に弾が出ないため、突然にヒステリーに怒りだし、バリスティック・ナイフの刀身を地面に叩きつけた。

 そこに、軍曹とともに残っていた部下の兵士が応援に来た。もちろん、彼も生き物の姿を見て絶句した。

「殺せ」

 軍曹が命令すると、部下の兵士が小銃を連射し、相手の身体がバラバラに砕け散った。しかし、それでは終わらなかった。もともと、相手を殺して奪った身体や手足なのである。そんな手足が砕け散ったことで、その生き物にとってはかすり傷のダメージ程度に過ぎなかった。その生き物の本体はそれではないのである。

 その生き物には人間のような感情はなかったが、使い慣れていた身体を潰され、怒りに近い興奮が沸き起こっていた。それは、すぐに貪欲な食欲の本能に昇華された。

 その生き物は、自分の本体の仮捕捉手を動かし始めた。移動するには不便な仮捕捉手ではあるが、餌を補足し、侵食するには、仮捕捉手のほうが都合がよかった。狩りを意識すると、恍惚とした本能に昇華され、これから空腹を満たすことに酔いしれた。

 花畑に断末魔の悲鳴が轟いた。

 わずか数分後、二人の工作員の遺体とその生き物は、身体を融合していた。とても生物とは思えない様相を示していた。生き物は使えそうな部位だけを集め、細胞自身の修復機能を活発化させた。そこには、元の体型や種の境界など関係なかった。その生き物は何億年もかけた進化により、獲得した生き物の身体を有効活用する術を身に着けていたのである。

 しかしながら、工作員が相打ちで、その生き物の不格好な身体を粉砕することに成功したことは、結果的にその生き物の行動を制限することになっていた。今までの身体は、長い学習時間をかけて身体に慣れていたため、手足の数や重心の位置に合わせて上手に動くための学習が終っていたからである。たった今、無作為に融合させた新しい体型は、その生き物にとっては初めての身体となる。効率を考慮した身体の配置にならないため、すぐにはさきほどのように迅速に動くことができないのである。

 まずは新しい身体で、赤ん坊のように、よちよち這うことから練習しなければならなかった。この結果、次の被害者が出るまでに時間の余裕ができたのであった。


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