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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第二章 フェアリーリング
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アムステルダム防衛線北部要塞

 サラ・ケイは見知らぬ大人たちが何をしていたのかについては興味がなかった。しかしながら、乱暴に腕を掴まれ、一時的にせよ自由を奪った怪しい男たちが悪者であることを彼女は確信していた。腕を掴まれた時に痛い思いをしたのであるから、仕返しをする気で満々であった。しかし、子供の自分が数人の大人に勝てるわけがない。彼女がフェアリーに助けを求めるのは、理にかなっていた。

 フェアリーは、もともと悪戯好きである。悪戯の絶好の機会を見逃すわけがなく、悪戯するのがもっとも愉快な仕返しになると提案した。その方法はフェアリーらしいものであり、フェアリーリングからピクシーを召喚するだけである。

 ピクシーたちは夜になるとダンスを始め、彼らの踊りにでくわした人間を迷わせ、一緒に踊らせてしまう。時間の観念をなくしてしまうので、知らず知らずに夜通しに踊らされて、くたくたに疲れさせるというのである。また、怠け者を見つけると、物を動かしたり、音をたてたりとポルターガイスト現象を起こして驚かせるという悪戯も行なうことがあるのである。

 フェアリーは、ピクシーたちがサラにまで悪戯をしないように、ピクシーよけのおまじないを付け加えた。そのおまじないとは、上着を裏返しに着ることである。

 サラに悪者とされた大人たちは、北の要塞に向かっていた工作員の分遣隊であった。彼女は、この悪戯がとても気に入った。ただ、夜に行われるので大人たちが驚くさまを自分の目で確認ができないのが残念であった。フェアリーに任せて、翌日の朝にフェアリーから結果を聞いて、いっしょに大笑いするつもりであった。そう、これは単なる悪戯なのである。

 地平線近くに見える満月は、目の錯覚により大きく見えると言われているが、その晩はまさしくそんな月であった。日没前の紫に輝き始めていた雲の狭間から月は妖しく輝き、フェアリーによって召喚されたピクシーたちが、北の要塞の至る所に出没していた。もしもその姿を人間が見ることができれば、あまりの数の多さに、小さな妖精たちを可愛いと感じるよりも、不気味さを感じたに違いない。

 戦争という概念を持たないピクシーたちには、侵入してきた工作員が、隅に隠れて息を潜めているのは、仕事を怠けて隠れているとしか見えなかったに違いない。深夜になると、ピクシーたちの悪戯はついに解禁された。

 工作員の暗視装置が奇妙な赤外線が照射されていることを感知した。肉眼で見えない赤外線は、暗視装置などが監視目的で相手に察知されないように照射される場合がある。自分たち以外に赤外線が照射されているのであれば、敵が自分たちを探していることになる。

 同僚からも同様の報告を得た工作員の軍曹は、作戦が危険にさらされていると判断し、ただちに退却ポイントまで一時後退せざるをえなかった。しかし、不思議なことに見張りを務めていた他の同僚には、この赤外線の照射が最初から最後まで全く反応がなかった。

 工作員が一時後退したわずかな隙に、姿の見えないピクシーたちは、輪を描くように踊り始めていた。それとともに、工作員が突入しようとしていた北の要塞は、ピクシーたちの支配する幻想の世界に取り込まれつつあった。

 工作員が当初の作戦を遂行するため再び動き出した時、幻想の世界にオランダ王国の警備兵がいるわけもなく、いるはずの警備兵の姿が一向に見えない状況に、工作員たちは疑心暗鬼に陥ってしまった。工作員は勿論自分たちが幻想の世界に迷い込んでいるとは思いもよらなかったため、「作戦が露呈し、待ち伏せされているのではないか?」と兵士たちの緊張状態がいつも以上に高まっていた。工作員たちはあらゆる異変も見逃すまいと全神経を研ぎ澄ました。

 兵士たちは金属が擦れる音に気づき、暗闇の中、音のする方向を注視した。扉が勝手に開き始めていた。扉は開ききると、今度は勝手に閉じ始めた。まるで見る者を小馬鹿にするように、笑っている口のように扉が勝手に開閉しているのである。

 それだけでない、物がぶつかり合うような音が周囲から聞こえ始めた。工作員の軍曹はオランダ王国軍の警備兵に囲まれたと誤認した。その結果、チームは、動く物、大きな音を警備兵の動きと勘違いした。彼は警備兵が配置されているこの要塞こそが核ミサイルが配備されている本命に違いないと考えた。そうであるならば彼の考えることはひとつである。過酷な任務を何度も遂行してきたこの部隊であれば、強行偵察が可能と判断した。

「敵の援軍が来る前に終わらせる」

 工作員の軍曹は前進を指揮した。その意味するところを部下の兵士たちは十分に理解していた。音が聞こえてきた場所にめがけて、無差別に撃ち始めた。

 しかし、あまりにもおかしかった。敵が撃ち返してくるどころか、人の気配が全く感じられないのである。銃弾を浴びた壁や扉が崩れるだけで、全く手ごたえがないのである。それでも、周囲の奇妙な音が鳴り止まなかった。

 彼らは歴戦の兵士たちゆえに、今までがそうであったように、過去の知識を総動員して対処方法を見つけようとしていた。それは今回に限っては正しい現状分析を妨げるだけであった。これは戦闘というものではなく、ポルターガイスト現象であったからである。

 ピクシーたちに物理的な攻撃である銃撃は意味がない。彼らは人間の目には姿が見えないことをいいことに、工作員たちのまわりで一晩中輪を描いて踊り始めた。ピクシーたちは、輪を描くように踊りながら、大きな音をわざとたてたり、物を動かしたりと、悪戯を繰り返した。彼らの踊りに工作員たちは一緒に踊らされる結果となり、時間感覚を失念してしまった。時間が瞬く間に経過しているにもかかわらず、長い長い夜となった。

 誰一人として手を触れていないのに、物体が目の前で移動したり、すぐ横で物をたたく音が聞こえたり、銃火のような発光、発火などが繰り返され、工作員は夜どおし見えない敵と戦い続け、正確には迷い続け、疲労困憊し、やっと目の前の現象が通常では説明のつかない超自然的な現象であることに気が付いた。

「これはポルターガイストだ!」

 工作員たちが我に返ることができたのは、空が明るくなり始め、ピクシーたちの踊りが終わったからに過ぎない。幻想の世界から解放された工作員たちは、何もない要塞に取り残されていた。この要塞は目的の場所ではなかったのである。

 この時までに自分たちの発砲した弾の跳弾により、外傷と骨折により負傷者が三名という数字から工作員たちのパニックが推測できるほどである。工作員は核ミサイルの警備兵は精鋭に違いないと考えていたことに加え、赤外線の照射を誤認した際に、警備兵がいると思い込んでしまっていた。そのため、ここが目的の場所でないことを判断できなくなっていたのである。

 工作員の軍曹は作戦を中止し、ただちに脱出する決断をした。しかし、そこにピクシーたちの最後のいたずらがあった。建物に「お化け屋敷、呪われる前に立ち去れ」と書かれた看板が置かれていたため、昨晩の影響で超自然的な現象を信じるようになっていた工作員たちに再度パニックになった。

 役目を果たしたピクシーたちは、フェアリーリングの先に通じる元の世界に帰っていった。これで昨晩から続いたフェアリーの悪戯は、工作員たちには夢幻として泡沫のように終わりを告げることになった。

「……」

 なにかが違った。ピクシーたちが帰っても、フェアリーリングは開いたままであった。昨晩は夏至の日であり、フェアリーリングは一年でもっとも力が増す日であり、フェアリーリングは一晩で力を使い切ることなく、力がまだ蓄えられていた。

 開きっぱなしのフェアリーリングから数本のグロテスクな昆虫の足のようなものが見えていた。昆虫の足のようにも見え、なにかの生き物の仮捕捉手にも見えた。

 それは出口を探るように、フェアリーリングの外側の様子を探っていた。この世界に渦巻いている軍事的な緊張がもたらす、憎しみ、怒り、妬み、僻み、疑いなどの強い負の感情に惹きつけられていたのである。これらがあるところには、必ず戦いがあり、餌となる死体があるからである。

 この事態は、フェアリーの本人が予期していなかった出来事であり、混乱していた。仮捕捉手の動きが大胆になり、まるで蠢いているように見えていた。仮捕捉手の本体は、外が安全であることを確認できたのか、醜い身体を露出させた。そこには、目玉が見えているが、本来の身体に比べ大きさが不似合いである。まるで、後からとってつけたような目玉であった。

 その生き物は目玉でフェアリーリングの外の世界を眺めていたが、突然、外に向かって飛び跳ねたかと思うと、素早い動きでどこかへ隠れてしまった。

 フェアリーは正体がわからない生き物を招き入れてしまったことに動揺を隠せなかった。見たことのない生き物は、とても友好的とは思えなかった。フェアリーは、招かざる生き物を連れ戻すべく、後を追った。


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